七不思議
~七不思議~
どうして、そんな話しになったのか。俺には分からなかった。いつから始まっていたのだろう。今日と言う日は思えば初めからおかしかった。昨日田川とショッピングモールに言ってかわいいと言うピアスを買うはめになったところからなのかもしれない。いや、もっと前からかもしれない。大河原と吉野の風変わりなメール、暗号のようなあのメールを解読した時からかもしれない。いや、もっと前かもしれない。近藤が無くしたと騒いでいた林間学校の積立金のありかを探した時かもしれない。
いいや、わかっている。全てはあの昼休みがはじまりなのだ。そう、あんな七不思議を探そうだなんて言わなければよかったんだ。でも、言ったのは誰だったのだろう。もう、それすらもあやふやになってきている。いや、覚えている。思い出せるはず。時を戻すだけだ。記憶をはじまりに戻していけばいい。ゆっくりと。ゆっくりと。
「羽島っち、ご飯食べよう」
田川がお弁当を出してきた。横で上野と近藤がびっくりしている。
「え?羽島っちっていつもお昼食べてないよね」
上野がこう聞いてきた。染めたばかりの黒髪は黒すぎることもなくきれいに見えた。どうやらちゃんとしたところで染めたらきれいなものなんだと思った。ちょっと釣り目の狐顔に見えるその顔がちょっとだけ怒っているようにも見える。あれ?何か怒らせることをしたのだろうか?
「ああ、ダイエットと思って食事を抜いていたんだよね」
そう言ったら近藤に笑われた。
「羽島っち、食べなかったら、食べた時余計に吸収されるよ。バランスよく食べなきゃ」
「あ、それ私が昨日言った」
田川がそう言ってお弁当の蓋をあける。そこにはほうれんそうとベーコン、シメジの炒め物にたけのこの煮物。あげと小松菜のお浸し、プチトマトにポテトサラダ。ご飯は雑穀米なのか紫色だがおいしそうだった。
「はい、羽島っちの分だから食べてね」
田川が笑顔で言ってくる。なんだか近藤と上野が変な目で見ているが気にしないようにした。
「でも、本当にいいのか。すごい凝ったお弁当だからもらうのが申し訳ない」
お世辞ではない。家でこんな気合いが入った食事なんか食べたことがない。見た目もそうだが野菜も多いし本当に考えられた食事に見えた。田川が言う。
「いいよ。それにちゃんと羽島っちにはお弁当に見合うだけのものもらったしね」
そう言って耳たぶを触る。
「あれ?そのピアスどうしたの?」
そこには昨日俺が買わされたシルバーの三日月に星が付いたピアスがある。田川が言う。
「これ、昨日羽島っちに買ってもらったんだ。ね」
ああ、そうだ。昨日までこんなにピアスが高いとは知らなかった。
「え?それって、ちゃんとした宝石入ってない?」
上野の言葉でびっくりした。なんだと。だから高かったのか。近藤が言う。
「しかもそれ雑誌で見たことあるけれど海外の有名ブランドのやつだよね。新しくできたショッピングモールに出店したって」
そうそう、そのショッピングモールに連れていかれましたよ。やたらと田川がはしゃいでいたのは。田川が言う。
「まあ、羽島っち。悪いって思っているからのお弁当よ。食べて」
「わかったよ」
確かにお弁当はおいしそうだ。いつも午後の授業は空腹でつらかったのも事実だ。箸をつける。
「おいしい」
つい言葉に出てしまった。田川が笑顔だ。近藤が言う。
「なになに。二人とも。そんなに仲いいならピアスじゃなく指輪でも買えばよかったのに」
近藤を見る。キレてはいないが足でずっとタップを踏んでいるみたいに揺れている。何かを我慢でもしているのだろうか。
「恋人でもないのに指輪はないだろう」
そう言ったら近藤も上野も笑顔になった。一体何があったと言うのだろう。わからない。上野が言う。
「じゃあさ、今度私にも何か買ってよ」
「そんな金はない」
実際、今回のピアスを買って本当に金がないのだ。
「じゃあ、お金があったら何か買ってくれるの?」
近藤が言う。
「いや、そういうわけではないけど。それに田川のは解決できなかったそのお詫びだし、それにお弁当の御代でもあるから」
俺がそう言ったら上野がこう言ってきた。
「じゃあ、明日は私がお弁当つくってきてあげる。それでどう?」
「は?なんで上野がお弁当作るのよ。お弁当は私がつくるから大丈夫」
田川がそう言う。一体なんでこんなことになっているのやら。
「じゃあ、わかった。今度ちょっとしたものを買うよ。それでいいだろう」
俺は上野にそう言った。近藤が言う。
「そう言えば、新聞部がバイトを募集していたよ。なんか取材をして記事が出来たら金一封出すとか」
そう、それに俺は乗ってしまったのだ。今までの俺なら確実にスルーしていたはずだ。心のどこかで赤土さんに「最低、です」って言われないようにしたいと思っているからかもしれない。そう、俺は今回のお金が手に入ったら赤土さんに何かしたいと思ったんだ。けれど待っていたものがあんなものとは思いもしなかった。
俺は放課後近藤とともに2年生が入る真ん中の校舎の端に向かっていた。そういえば近藤はバイトをしていたはずなのにと思った。いつも放課後は急いでバイト先に向かっていたように記憶している。そう、盗み見スキルでいつもクラスを見ていたからだ。
「そういえば、近藤ってバイトしてなかった?」
気になったので聞いてみた。近藤が言う。
「実はね、ちょっとした出来心で画像をアップしたの」
うん、それは知っている。あのハムスターのやつだ。近藤が続ける。
「でね、あの林間学校の積立金が家に合った後に加藤先生に相談したの。そうしたら素直に話すのが一番だって言われたの。そう、その時に加藤先生から今回の件について羽島っちが加藤先生に多分積立金は家にあるはずだから付いて行って欲しいって頼まれたって教わったの。加藤先生には羽島っちはいいやつだから話しかけてみなって言われて、思ったの。羽島っちが解決してくれたのはなんでだろうってね。そう思ったらもっと羽島っちのことが知りたくなった」
なんだか頬を赤らめながら近藤が話してくる。実際何かを考えていたわけではない。ただ教室の雰囲気が悪くて居づらかっただけなのだ。だが、うまく説明できる自信がないからそのままにしておいた。近藤が言う。
「でも、あれからかな。あんまり怒らないようにしているの。結構気を使ってるんだぞ、これでも。ちょっとは褒めてほしいな」
なんだか褒めるって催促をすることなのかわからなかったが、お願いをされたのだから言わないといけないのだろう。
「いや、近藤は頑張っていると思うよ。それに俺はそのほうがいいな」
「ホント?じゃあ、頑張る」
そう話していたら新聞部の部室前についた。新聞部は2年校舎の南側にある。俺らの教室は南側の3階だ。校舎自体は1階と3階が教室で2階はクラブの部室だったり、よくわかわらない準備室という名だったりする。ノックをする。奥から「どうぞ」と声が聞こえた。女性の声だ。俺と近藤は「失礼します」と言ってドアを開けた。そこには何名か机を並べて作業をしていた。奥に女性が座っていた。目つきが鋭く髪は茶色にきれいに染め上っている。プリン状態になっていないので定期的に染めているのか、染めて間なしなのかわからない。肩までの髪がゆれている。前髪はカチューシャで上にあげていて、おでこがきれいにでている。胸にある名札の色が緑だ。2年生なのがわかる。この人以外に後2名人がいる。男性が1名、女性が1名だ。二人とも顔をあげて俺らを見たがすぐに作業に戻った。近藤が言う。
「取材のバイト募集に来ました」
そう言うと奥にいた女性が手前にある机と椅子の所を指差して「座って」と言った。教室の机と椅子と同じなのに座るとひんやりしてなんだか気持ち悪かった。いや、なんだか空気がひんやりしているのだ。もう5月も中旬だ。徐々に暑くなってくる頃なのになんだか空気がひんやりしている。いや、ピリピリしているのだ。カチューシャの女性が椅子に座ってこう言った。
「はじめまして、私が新聞部の部長をしています。新谷いずもと言います。私たちも時間がないので手短に話します。取材をしてほしいのはこの学校に伝わる七不思議についてです。この七不思議は毎年恒例なんです。部外に出すのが。だから、お願いします。一応資料として昨年掲載された内容をお渡ししますが、参考にならないと思います。取材をしていて不明な場合は相談ください。記事まで完成しましたら金一封を差し上げます。と言っても二人でされるのなら一人千円ですけれどね。どうしますか?」
質問をされているがまるで、頷く以外許されないプレッシャーがある。俺も近藤もそのプレッシャーに負けて頷いてしまった。とりあえず昨年のコピーをもらい部室を出る。
近藤が言う。
「あの新谷さん、プレッシャーまじ半端なかった。威圧的でもないのに何なんだろうって思ったわ。田川っちもたまにすごいプレッシャーあるけれどあれはくらべものにならないね。化け物だわ」
俺もそう思った。とりあえず教室に一旦戻ろうという話しになった。教室には放課後なのに田川も上野もまだ教室にいた。田川が言う。
「おかえり~どうだった。私新聞部の部長って聞いている話しだけで苦手だと思ってたんだ」
そういう情報は先に欲しいと思った。あのプレッシャーは相当なものだった。横を見ると近藤も似た感情を持ったんだろう。上野が言う。
「んで、何を取材するの。手伝うよ」
「なんか学校の七不思議を取材しろって話しなんだ」
近藤がそう言ったら上野は「パス」って言ってきた。田川が言う。
「上野っちは怖いの苦手だものね。ってか、私も得意じゃないし、それに七不思議ってなんか相当やばいらしいよ」
なんか余計に不安になるようなことを言ってくる。近藤が言う。
「そんな風に言わないでよ。私も怖いのに、断ることもできなかったから受けてきちゃったんだもの」
俺はどちらかと言うと七不思議よりあの新谷さんの方が怖い。でも、よく考えたら昨年取材をしているのならそこに行けばいいだけじゃないのだろうか。
「とりあえず、去年の記事を見て、その場所に行ってみよう。どうする?」
結局上野は手伝えなくてゴメンと言って帰ったが田川は残ってくれた。田川が言う。
「でも、あんまり遅くなると私も大変だからとりあえず6時までね」
時間は4時を回ったところだ。まずは去年の記事を見て七不思議の場所を調べた。七不思議の場所はこうだ。
・夜中に走りだす二宮金次郎像。
・屋上につながる階段が夕方になると13段になる。
・音楽室にあるベートーベンの絵の目が光る。
・理科室にある骨格標本が夜中に走り出す。
・3年校舎に人が埋められた壁があり、夜な夜な鳴き声がする。
・図書館に寄贈不明の本があり、その中に挟まれている手紙を読むと不幸になる。
・6つの不思議を経験したものだけに7つ目の不思議を知ることができる。
こうなっていた。田川が言う。
「あの屋上に行く階段も含まれているんだ。なんだかもう行きたくなくなってきた」
そう言ったので俺は田川に「今から確認しに行こう」と言った。屋上がイヤだなんて言われたらなんだかさみしい。田川は嫌がっていたが近藤もついて行くということでついてきてくれた。
「手をつないでくれる?」
普段強気な田川がこう言う風に言うとドキッとする。横を見ると近藤も不安そうにしている。仕方がないのでおれは真ん中に立ち、近藤と田川の手を取った。
「じゃあ、あがるぞ」
「一段」、「二段」と声を出しながら上がっていく。つま先で階段をたたきながら上がっていく。横を見ると田川も近藤も目をつむっている。仕方がない俺がしっかり目を開けておくか。二人とも手を力いっぱい握っている震えているのもわかる。「十一段」、「十二段」と上がって、つま先がさらに上があるのを教えてくれる。もう一段あるのだ。田川が言う。
「やばいよ、なんであるの。私足が動かせない」
「ちょっと、何かの間違いでしょ。数え間違いとか」
近藤も叫んでいる。だが、二人とも目を開けていない。仕方がない俺が上がるか。
「大丈夫、問題ない。俺が上に上がるから」
そう言って俺は「十三段」「十四段」と言いながら上がった。
「「え?」」
田川と近藤が俺の声を聞いて目を開けた。俺が言う。
「この階段はもともと14段みたいだ。つまり去年の12段というのがそもそもの間違いだったんだよ」
眼を開けていたからこそわかったことだ。そう、それから他の不思議も見に行ったが、この学校には二宮金次郎像はないし、ベートーベンも骨格標本もない。近藤が言う。
「一体どういうこと?」
「多分、去年はでたらめを書いたということじゃないのかな?」
自分でそう言いながらどこか納得が言っていなかった。
「とりあえず、もう一度新聞部へ行ってみましょう。あんまり行きたくないけれど」
そう言ってもう一度新聞部の部室前に行きノックをした。奥から「どうぞ」と聞こえたので近藤と田川、そして俺の3人で入った。俺らの顔を見て新谷さんが奥からやってきた。新谷さんが言う。
「まあ、かけて」
言われるがままに俺ら3人は椅子に座った。なんとも言えない空気だ。田川も感じているらしい。このピリピリした空気を。新谷さんが言う。
「取材は進んでいる?」
新谷さんの鋭い切れ長の目が丸で猛禽類が獲物を狙うように見えた。近藤は首を横に振るだけだった。仕方がない、俺が話すか。あまり得意じゃないのだが。
「新谷さん。去年の内容をもとに取材をしましたが、この記事はでたらめでした。これはどういうことなのでしょうか?」
そう言ったら新谷さんがこう言ってきた。
「あ、そうそう、言い忘れていたわ。この学校不思議と七不思議を記事にするとその年だけしか残らないの。今年は今年の七不思議があるはずだから取材してほしいのよね。それにそれを取材できるのはなぜか1年生だけなの。もし参考になるのかわからないけれど去年取材した人なら紹介できるわよ。2年3組の葛原くんよ。明日にでも訪ねて聞くといいわ。後一応新聞部にも不思議の噂が流れてきているからそのメモも上げる。別に意地悪をしたわけじゃないの。去年の記事を見て壁にぶつからないと今回の取材の意味が解ってもらえないから」
そう言ってメモを渡された。教室に帰ってそのメモを3人で見た。合わせ鏡の怪談みたいなものが多かったがその中で俺は目を疑った内容があった。そう、そのメモにはこう書かれていたからだ。
「保健室に日本人形のような片足がない女の子がいる。その子と仲良くなると足を切られてしまう」
俺はメモを見てただ茫然と立ち尽くしてしまった。




