消えたにわとり(3)
~ヒアリング~
空を見上げる。「サツキバレ」と言うものはいいものだ。空を見ていても埒が明かないので話し出した。
「話しは、田川の件だ。昨日助けてくれたんだって。ありがとう。で、今朝なんだけれどまた田川が襲われた。田川が言うにはサッカー部のユニフォームを着た背の低いやつ、金属バットを持っていて、顔はアイスホッケーの防具、あのジェイソンのやつ、で隠していたらしい。サッカー部で背の低いやつっている?」
一瞬小河原は固まった。うまく話せなかったのかと思った。大河原が言う。
「そんなことがあったんだ」
「ああ、金属バットで殴りかかったらしい。よけられたからよかったものの、一歩間違えたら事故じゃすまないからな。ま、代わりに飼育小屋が壊されたみたいだけれど」
「そうか。朝早くと言っても俺らが来た時はまだ、飼育小屋は壊れていなかった。サッカー部は朝練があるからな。だからほとんど早く来ている。今日朝練に来ていなかったのは「雄一」と「雅仁」の二人じゃないかな。二人ともそんなに背は高くない」
「昨日田川を襲ったのにその二人は入っているか?」
「ああ、その二人だ。俺はてっきり謹慎なのかと思った。あの後顧問に田川さん、だっけ、のことを話したんだ。ま、上野とのことは話せなかったけれどね。そうだ、言わないといけないと思っていたんだ。ちょうどよかったんだ。あのままずるずるするより終わらせるきっかけが欲しかったんだ。上野ってちょっと束縛がきつくてさ。だったらマネージャーにでもなればと言ったら、他の人の分まで面倒見るのがいやと言われてさ。そこからかな、吉野と仲良くなったのは。ま、切り出せなかった俺にも問題はあるんだろうけれどはっきりできて助かったよ」
実際上野自身も吹っ切ったみたいだからいいのかと思った。でも、別れを切り出せないってどういうことなんだろうって思った。俺は付き合ったことがないからわからない。確かにいきなり「別れよう」なんて言っても相手が納得しないかもしれない。だが、今回なら「ほかに好きな人ができた」と言えばよかったのではと思った。大河原が言う。
「ああ、ちなみにサッカーに集中したいから吉野とも付き合わないんだ」
「なんで?」
「う~ん、なんか違うって思ったんだよな。特に昨日の田川さんへの行動が一番かな。あの行動で、この子とは付き合えないって思ったんだ」
まあ、そうだろうな。男を使って田川を襲わせるところを見ていたんだろう。俺ならそんな女はまず選ばないな。大河原が言う。
「それに吉野は俺だけじゃなく『雄一』や『雅仁』ともその『関係』を持っていたかもしれないんだ。ま、噂なんだけれどな。でも、吉野を責めないでやってほしいんだ。あいつも結構複雑な事情をかかえてるんだよ。だから、助けてやりたいって思ったんだ。でも、俺じゃ吉野をささえてやれない」
確かに何が正解なのかなんてないのかもしれない。聞かない方がいいのかもしれない。でも、吉野に何があったのだろう。聞きたいと思った。けれど、興味本位で聞くべき内容ではないのかもしれない。とりあえず俺はこう言った。
「では、その『雄一』と『雅仁』に話しを聞くことはできないかな?」
「う~ん、そんな簡単に知らない相手に話すとも思えないな。なあ、よかったら俺が部室にあいつら二人を呼び出す。そして、それを聞くのはどうだ」
確かにその方法ならいいかもしれない。聞き耳スキルを存分に使えそうだ。
「お願い」
実際に行うのは昼休みだ。とりあえず教室に戻る。授業は始まっていないが田川が見当たらない。俺は屋上にいった。そこに田川がいた。
「何しているの?」
「いや、どういう顔して席に戻ったらいいかわからなくて」
びっくりした。化粧が濃くて派手だから気が付かなかったけれど、真面目なんだと思った。
「堂々としていればいいんだよ。文句言われたら羽島に連れ出されたって言えばいい」
そう言って動かない田川の手を取って歩き出した。
「大丈夫、だから手を放して」
なんだか田川の顔が真っ赤だった。言われたので手を放した。田川が言う。
「何かわかった?」
「いいや、まだ。けれど昼休みに大河原に犯人候補の二人を呼び出してもらった。昨日田川を襲った男二人。場所はサッカー部の部室で、俺は外で話しを聞いている」
「私もついて行っていい?」
田川に言われて少し考えた。迷った内容を話す。
「いいけど昼飯食べる時間なくなるぞ。俺はいつも食べないからいいけれど」
「行く。だって私のことだもの。ってかさ、どうしていつもお昼食べないの?お金ないの?」
「いや、ダイエット。俺の希望は細い体なんだ。けれどどんどんごつくなっていく」
田川がなんとも言えない表情をした。そして笑い出した。
「ダイエットって。必要ないじゃん。しかも食事抜くと吸収力上がるから逆効果だよ」
「そうなのか?」
「ええ、そうよ。バランスよく食べたほうが絶対いい。なんだったら作ってあげようか?」
びっくりした。食べなきゃ痩せると思っていた。だが、そうじゃないらしい。
「じゃあ、今回の件が落ち着いたら、お願いしようかな。といっても自信ないけれど」
「ふふ、じゃあ。そうする。じゃあ、行こうっか」
そう言って、田川は屋上を出て行った。本当に女子ってわからないって思った。ま、深く考えてもどうしようもない。それにもうすぐ実力テストだ。その時にテスト結果で俺へのレッテルを変えようと思っている。ま、それまでは不良と違うと言っても誰も信じてもらえないだろう。ま、そう言うものだ。とりあえず俺も下に降りて行った。
教室に戻ると教師がもう来ていた。日本史の松尾先生だ。なんか田川が遅れたことで怒られている。しかも教卓の所でだ。いつもは後ろの扉から入るのだが、その風景を見て前から入ろうと決めた。なぜならいつも俺は怒られないからだ。なぜ田川だけ怒るのだ?怒りやすいからなのか?わからない。とりあえず俺は教室の前の扉をガラガラっと大きな音を立てて入った。みんなが一斉にこっちを見る。
「松尾先生、遅れてスミマセン」
そう言って田川と松尾先生の間にわざと入る。松尾先生は少し堀の深い皺が目立ってきている40代後半の男性教師だ。教え方が非常にわかりにくく、その癖すぐに怒るのだ。授業は脱線するし、作ってくるプリントは間違いも多い。よくこんなので教師が務まるものだと思う。背も低く、ほっそりとしている。何も言ってこない。聞こえなかったのだろうか。それとも俺は間違えたのだろうか。
「席にもどっていいですか?」
とりあえず松尾先生がぷるぷる小刻みに震えだしたのでこう言った。
「ああ」
どこから絞り出したのか弱々しい声でそう言った。席に戻る。机から教科書とノートを取り出す。机の上には配られたのだろうプリントが置かれてあった。授業はわかりにくいのでいつも聞かずに、プリントの空欄を、教科書を見ながら埋めていく。この作業が俺なりの日本史の授業なのだ。プリントを埋めていたら後ろからなんか織り込まれた紙が回ってきた。そこには「羽島へ」と書かれてある。俺はその変形おりされた手紙を開いた。田川から「ありがとう」って来ていた。田川を助けたのもあるけれど、人によって態度を変えることが俺は好きじゃない。怒るのなら俺も怒れよって思ったんだ。まるで俺が注意するに値しない人物みたいじゃないか。それとも松尾先生には俺が見えていないのだろうか?こんなに図体がでかいのにか。そう思ったら面白くて笑いそうになった。それから4時間目が終わるまで俺は黙々と授業を受けていた。
4時間目終了のチャイムがなる。普通ならこの昼休みに食事をとるのだろう。俺も明日からそのバランスの良い食事について考えようと思った。といってもどういうものがバランスがいいのだろう。ま、好き嫌いがあるほうじゃない。いつもなら教室でふて寝をしているのだが今日はサッカー部の部室に向かわないといけない。後ろから田川が付いてくる。
「長くかかるかな。お昼食べなかったら辛そう」
「ああ、終わったら屋上で食べるとかどう?今日は晴れているから気持ちいいぞ」
「ってか、また私をさぼらせる気?付き合ってくれるのならいいけれどさ」
なんて話していたらサッカー部の部室近くについた。隠れる場所は決まっている。塀との間に人が入り込めるスペースがあるらしい。のぞいてみる。誰もいないが足元にタバコの吸い殻が落ちてある。おいおい、タバコはいかんだろう。この場所に俺が立っていたらタバコを吸っていたと思われてしまいそうだ。タバコなんて吸ったら不良と思われてしまうじゃないか。仕方がないので俺は吸い殻をまとめて見えないように草むらの中に隠した。
窓に近づく。こっそり開けると奥側に大河原がいるのがわかる。大河原がこっちを向いている。手前側に二人の後ろ姿が見える。多分「雄一」と「雅仁」なんだろう。
大河原に聞いてもらうのは2つ。一つは昨日、吉野に何を言われて田川を襲ったのか。もう一つは今朝どこにいたのかだ。だが、出てきたのはもっと深い闇のようなものだった。
(2)
「一体なんだっていうんだよ」
叫んでいる。どっちが「雄一」でどっちが「雅仁」なのかわからないがどちらかが叫んでいる。大河原が言う。
「だから、昨日吉野に何を言われたかって聞いてるんだよ」
「それ、関係ないだろう。元々知らないことなんだから首突っ込むなよ」
もう一人が言う。一体何を知らないというのだ。不思議なことが多い。大河原が言う。
「関係ないことはないだろう。それにあんなことしてもし問題になったらどうするつもりだったんだ。大会に出られなくなるだろう。それとも大事にしてほしいのか。そんなことになったらお前ら学校にいられなくなるぞ」
ずりっと砂がずれる音が聞こえる。どちらかが言う。
「それは勘弁してくれ。まじで」
「わかったよ。話すよ。絶対に吉野にいうなよ。ってか同じ中学の中では有名な先輩がいたんだ。聖塚先輩って言ってな。俺らはヅカ先輩って呼んでたんだ」
そう言われて俺は横にいる田川を見た。田川はびっくりしていた。男性が続ける。わからないのでとりあえず今はなしている方を男性Aと俺の中でした。男性Aが言う。
「そのヅカ先輩のことをずっと吉野は想っていたんだ。俺ら二人とも吉野のこといいなって思っていたけれどヅカ先輩なら勝ち目ないし仕方ないって思っていたんだよ。それにさ、吉野って書いて環境も複雑だろう。父親はすんごい酒飲みであばれ狂うって話だし、母親は夜の店で働いてそのままボーイと店の金持って逃げたって噂だし。そんなこんなで吉野は家に居たくないから色んなことをしていたみたい。髪をそめないのも真面目そうにしているのもその方がお客が付きやすいって話だしな。家に夜いたくないから誰かの所を渡り歩く。それも社会人相手に。そんな生活を吉野はしていたんだ。ま、だから誰もが守ってやりたいとか、一度だけやらしてくれとかいう男が吉野の周りには多かったんだ。でも、それをやめるようにっていったのがヅカ先輩らしい。ま、ヅカ先輩はかっこいいし、運動神経も抜群だった。あのことが無ければ多分サッカー部に入ってレギュラーだったんじゃないかな。それくらい吉野にとっては特別だったんだ。暴れ狂う吉野の父親と掴み合いのケンカをして、娘がかわいくないのなら俺によこせ、じゃなかったらちゃんとしろってどなったらしい。ま、父親も金がないから働かないといけないこともわかったみたいで、それからなんか仕事をしているらしい。実際家にあんまりいないらしいけれどな。でも、ヅカ先輩の家はなんか借金かかえていたらしく夜逃げしたんだよ。夜逃げ前に何人かにヅカ先輩は会って行ったらしいんだ。その時に吉野はねだりたかったものがあるらしい。それがヅカ先輩が付けていたピアスなんだって。でも、ヅカ先輩と会ったときにはそのピアスは誰かにあげたらしい。すごくショックを受けてたらしい。なんか色んなものはもう挙げ終わった後だったらしく渡せるものがなかったんだって。だから吉野は携帯で写真をとったんだ。それが最後の思い出らしい。泣きもしない、頑張ろうって決めたのはヅカ先輩が最後に言ったセリフが「笑っている顔が好きだ」だったらしいよ。だから吉野は頑張っていたんだと思う。ただ、ちょっと頑張り方が違っていたけれどな。だから俺らも吉野が何かあったら助けてやろうって思うんだ」
ふと横を見る。田川は耳たぶに触れている。過去のことは俺は知らない。けれど、吉野より先に田川はヅカ先輩に会ってピアスをねだったんだろう。男性Bが言う。
「そう、昨日言われたのはムカつくやつがいて、でも悪いことをしたのだからただ聞き流そうって思ったんだと言われた。だが、その女がヅカ先輩のピアスをしているから奪って欲しいって。けれど抵抗されそうになったから押さえつけたんだ。結構気の強そうな女だったしな」
田川を見ると顔を真っ赤にして怒っているのがわかる。男性Aが話す。
「でも、もうちょっとってとこでお前が出てきたからピアスは一個しか取れなかったんだ。けれど、どこかに落としちまってさ。それ言ったら吉野がマジ怒りだして」
「あれ、怖かったよな」
「で、今朝からピアス探しだぜ。だから朝練に行けなかったんだ。もういいだろうって言ったらあいつ鶏が食べたかもしれないって言い出してさ、鶏解体してっていうんだ。それはできないし、ばれたら停学だけじゃすまない、大会に出られなくなっちまうかもしれないって言ったんだ」
なんか色々とわかってきた。男性Aが話す。
「流石に吉野も停学はイヤみたいで俺らにそれ以上いわなかったんだけれど、変装して鶏を連れ出しちゃえばいいとか言い出して。でも、それにはもう付き合いきれないって言ったんだ。その後は知らない」
「そういや、吉野大きな袋抱えていたよな。家庭科室に持って行ってたっけ?」
それだけ聞くと田川は家庭科室に向かって走り出した。俺も走り出す。結構田川の足が速くてびっくりした。ちなみに見失わないようにしないといけない。俺は家庭科室の場所を知らないからだ。どうやら別棟の方らしい。そういえばあの棟はあまり用事がないからいかないな。視聴覚室とかあるのは聞いたことがあるが何の授業で使うのか見当もつかない。とりあえず大体の距離がわかったから大丈夫だ。階段を駆け上がる。3階で田川が階段から横にずれて走り出す。すぐ目の前に家庭科室のプレートが見えた。扉をあけて中に入っていく。そこに吉野がいた。何やら大きな袋が机の上におかれてある。
「何しているの?」
田川が叫ぶ。よく見ると吉野は庖丁を手に持っている。吉野が包丁を田川に向けてこう言ってきた、
「何よ。関係ないでしょ」
吉野の目が血走っている。まるで、不用意に近づいたらこの包丁で刺すわよって言っているみたいだ。仕方がない。俺にできることと言ったら盾くらいかな。俺は田川の前に立ちに行った。吉野の手がプルプル震えている。盾役とはいえこれは怖い。何か武器になるものがほしい。戦うのは嫌いだが、無意味に刺されるのはイヤだ。田川が後ろから言う。
「関係なくないでしょう。吉野がほしいのはこれでしょう」
そう言って田川は手を大きく上にあげた。田川が言う。
「もう一つのヅカ先輩のピアス。これをあげるからバカなまねはやめて」
「あんたに何がわかるのよ」
吉野は両手で包丁を握って刃先をこちらに向ける。当たり前だが田川の前に俺が立っているのでその刃先は俺に向かっている。しかもやたらと振り回しているのでつかみかかって包丁を奪うこともできない。田川が言う。
「わかるわけないじゃん。あんたバカ?私はあんたじゃないからあんたがどんな思いでいるかなんてわかんない。それにあんただって誰にも話さないってことはわかってもらえないって思っているからでしょう。そんなのヅカ先輩だって望んでないでしょう。それならわかるわ」
そう言って何かを後ろに投げた。吉野が言う。
「まさか、あんた今投げたの?」
「そうよ、ヅカ先輩のピアスよ。欲しかったんでしょう。私はもういらない。そんなのなくたって大丈夫だから」
田川はそう言った。だが、表情を見ると泣いていた。吉野は庖丁を放り投げて後ろに走って行った。俺は袋をつかんだ。中に鶏がいる。
「早く行きましょう」
田川がそう言った。扉の所に加藤先生がいた。
「大河原から聞いた。後はこっちで対応する。鶏も預かるよ。ありがとうな。羽島」
そう言われた。階段を降りていく田川にこう聞いた。
「よかったのか、あのピアス」
「うん、いい。ありがとうね。羽島」
泣きながら田川にそう言われた。
「俺は何もしてないよ。ただ突っ立ってただけだ」
ゆっくり田川が頷いた。よかった。自分だけの力で解決できてよかった。
「じゃあ、俺ちょっと行くとこあるから、昼飯どっかで食べとけよ」
そう言って俺は保健室に向かった。そう、自分で解決したことを赤土さんに話そうと思ったからだ。
保健室。消毒液のにおい、エタノールのにおい。この匂いが俺は好きだ。なんだか癒されるからだ。保健室の扉をガラガラっと開ける。目の前には黒髪が長く、ちょっと幼い顔立ちをしたきゃしゃな女の子がいる。右足は膝からギブスで固められている。俺を見てすぐに松葉づえを盾代わりにしてこう言ってきた。
「保健室の先生は、いま、せん」
なんでいつもいないのだろうって思った。
「今日は話しを聞いてほしいんだ」
赤土さんはきょとんとしていた。
「聞きたく、ない、です」
「聞いてくれたら、出て、いく、よ」
「マネしないで、くだ、さい」
なんかこのやり取りが楽しくなってきた。でも、俺がいつもの通り黒革のソファに座って動かないのを確認したら勉強をしはじめた。俺は一人で解決できた話しを始めた。
「ということがあったんだよ」
自分の力だけで解決できたことがうれしかったのだ。赤土さんが言う。
「それで、終わり、なの?」
ずっと勉強をしていたのかと思ったら話しを聞いていてくれたみたいだ。
「ああ、終わりだけれど、それがどうしたの?」
そう言うと赤土さんが頭を横に振ってこう言ってきた。
「どうして、最後まで、やり、とげ、ない、の?意味が分から、ない。最低さん、は」
ん?最後までってやり遂げたよね。何が残っていたというのだろう。赤土さんが言う。
「ひょっとして、また、わからないの、ですか?」
「うん、わからない」
本当にわからなかった。何が残っていると言うのだろう。吉野の処分は学校が決める。多分停学1週間とかになるんだろう。器物破損だからだ。実際包丁なんかで刺されていたらもっと大問題になっていただろう。田川も納得しているし一体何が残っているんだ。
「ヒントをくれ」
まったくもってわからなかった。赤土さんが言う。
「もう一つのピアス、は、どこ?」
「そんなの鶏の砂肝の中じゃないの?」
「おびえて、いる、中、食事すると思う?」
確かにそんな中呑気に食事をとるとも思えない。ならば誰が持っていると言うのだ。田川はもちろん吉野だって持っていない。あの男性A、Bだって持っていないだろう。そうするとまさか。
「大河原が持っているというのか?」
「大河原くんに、ピアスのこと、話して、いた?」
そう言われて俺はピアスのことを話していないことを思い出した。
「ちょっと行ってくる」
俺はそう言って走り出した。視界の隅で赤土さんが笑っているのが見えた。そんなに俺が保健室からいなくなるのがうれしいと言うのだろうか。なんだかわからないと思った。
そう言えば廊下は走るなというルールがある。だが、最近知ったことがある。多分時と場合によるんだと思う。さっきも走ってしまったのでつい走ってしまった。時計を見る。しまったまだ、5時間目が終わっていない。微妙に時間が開いている。今から教室に行っても後20分くらいか。廊下を歩いていると不意に飼育小屋が見えた。そこに大河原がいて、鶏を戻していた。近くに加藤先生もいるが気にしない。階段を降りていく。
「大河原」
俺は普通に声をかけた。加藤先生が寄ってくる。
「授業中だろう、羽島」
「大丈夫です」
自分で言いながら何が大丈夫なのかわからない。とりあえず勢いで言ってみた。呆れた顔を加藤先生はしている。確認したかった。本当に赤土さんが言うように大河原が持っているのか。
「大河原、ひょっとしたらもう一つのピアスもっているか?」
不安だった。あんな話しだけで言い当てるのだろうかという思いと、言い当ててほしい思いが交錯する。大河原が言う。
「ああ、これな。渡しておいてくれよ」
そう言って渡されたのは黒を基調とした白で枠取りさあれた十字の形をしたピアスだった。
「ありがとう」
俺はピアスを受け取って教室へ向かった。廊下から教室を覗く。席に田川がいない。思いついたのは屋上だった。屋上へ移動する。扉を開けると給水タンクの所でお弁当を食べていた。
「あれ、羽島っち。どうしたの?」
「これ」
俺はそう言ってピアスを渡した。
「どうしたの?」
渡した時に説明するのを忘れていた。
「ああ、それは大河原が持っていたんだ。だから返してもらってきた。どうする?」
手にしたピアスを見ながら田川がこう言った。
「もういいや。なんかさ。吹っ切りたくて。だからこうかな」
そう言って思いっきり校庭に向かって投げつけた。呆けていたら田川がこう言ってきた。
「なんかさ、私の進まなきゃって思ったのよ。吉野を見ていて、あんな感じに私も一歩間違えたらなっていたかもしれないしね。だからちょうどよかった。もし偶然見つかったら空に向かって投げようって思っていたの。もう私は自由なんだってね。だからありがとう。さっきピアスを投げて踏ん切りついたし」
そう言って笑う田川の顔はすっきりしていた。なんだかさっきの行動も一つの儀式のように見えた。田川が言う。
「屋上って来てみて思ったんだけれど、空に近づける場所なんだよね。ここ紹介してくれてありがとうね」
「ああ」
まあ、屋上は結構気に入っている場所だからな。それに他人があまり入らないようによくわからないものでバリケードを普段作っている。明日から考えないと。田川が言う。
「なんか羽島っち表情くらいね」
「いや、なんか悪かったなって思ってさ」
「じゃあ、ピアス買って。ちょうど今つけるものが無くてさ。放課後つきあってよね」
まあ、それくらいならいいか。
「ああ、いいぜ。でも高いのなしな」
放課後にかわされたのは小遣い1か月分くらいのものだったからびっくりした。女は本当に怖い。でも、本当に怖い思いをするのはこの後だった。




