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口裂け女 A New Legend  作者: 来惧稀音(くるぐけいん)
第1章 伝説の女
6/7

口裂け女

 2008年5月18日午後5時。青林高校では授業が終わった。校庭からは野球部の部員が金属バットでボールを遠くへ飛ばす音や陸上部の女子部員たちがウォーミングアップをしながら出す掛け声が聞こえてくる。

 その声を背にしながら校門から出て行く生徒たちは部活をしていない者や退部した者たちだ。彼らは校外に待つそれぞれの自由を求め、学校を後にして行く。

 校門を出たすぐ先の道路の脇には長年不況が続いていた日本には場違いにも思える色がシルバーで塗装されたスーパーカーのポルシェ・カレラGTが止まっていた。それに向かって佐藤優美が重い下半身で走っていき、車内の助手席へと乗り込んだ。運転席には佐藤の彼氏である佑金悠也(すけがねゆうや)が座っている。

 佑金は都内の富裕層の子供のみが集まる私立の聖明(せいみょう)高校の3年生である。聖明高校は学力では都内で優位にある青林高校に劣るが、経営陣やOBが日本の政財界との強いコネクションを持つために富裕層からは人気のある高校である。生徒のほとんどは親の優れた財力で入学した者たちである。

 佑金もその一人であり、父親はアメリカ最大手の投資銀行ゴールドマン・シックスの幹部、母親は大手生命保険会社ジャパン生命の社長令嬢である。そのため佑金は小さい頃から何不自由なく育てられた典型的な七光りへと成長した。

 佑金と佐藤が談笑している車の横を西谷の一行が歩いていた。それに気づいた佐藤と佑金はなぜか西谷を指差しながら笑っている。

 ー何で俺を見て笑っているんだよ?それにしても佐藤の男は相変わらず、いい車に乗ってんな。この前はアイツ、GM(ゼネラル・モーターズ)のSUVのハマーH3に乗ってたな。どんだけのボンボンなんだよ?

 そう思いながら西谷が佑金の車を見ていると、カレラGTか猛スピードで走りだした。その様子を歩道から見ていた西谷たちの横をハマーH3が猛スピードで走っていった。どうやらカレラGTを追っているようである。

 ー佑金の召使いか何かか?

セ西谷は、走り去ったハマーH3の窓ガラスから一瞬見えた運転席と助手席に座ったスーツ姿の2人の男を見て、そう思った。

「それで、どうするよ?西谷、ポマード買うか?」

 遠くに去るカレラGTとハマーH3を見ていた西谷に上田が話しかけた。

 「あ?ポマード?ああ、口裂け女対策の話か?」

 西谷の返答に上田は指を鳴らし、右手の人差し指だけを西谷に向ける。

ポマードは都市伝説では、口裂け女の苦手な物とされている。

 上田の質問に西谷は鼻で笑って答えた。

 「やめとけ。どうせ効果はないから、金の無駄だよ。口裂け女が家にいたとしても、奴は化け物じゃなく、ただの人間だ。ポマードに動きを制御される人間なんていねーよ」

 「なんで、ただの人間なんて断言できんだよ?お前、口裂け女に会ったことあんのか?」

 なぜか口裂け女について詳しいような口振りで話す西谷に上田は疑問を投げかけた。同じ疑問を持つ渡辺と森も西谷を見つめていた。

 西谷は3人の眼差しを見て、笑いながら答えた。

 「口裂け女に会ったことはねえよ。今話したことは全部優里亜から聞いたことさ」

 そう聞いた上田の顔はニヤけていた。

 「あー、あの学校で一番可愛くてセクシーな優里亜ちゃんの情報ね!それよりも西谷君、俺、君が羨ましいよ!あんなエロい身体した娘が彼女だなんて!」

 西谷の恋人である沢田優里亜は顔が可愛いだけでなく、スタイルもよかった。スリーサイズは、バスト88、ウエスト55、ヒップ88であるため、男子生徒たちの目は不純なものとなっていた。

 「おい!変態のクズ野郎!それ以上優里亜の身体について何か言うなら殺すぞ!」

 「まあまあ西谷君、そう怒るな冗談も通じないのかお主は!さあさあ、とりあえずさっさと口裂けハウスを目指そうぜ!」

 西谷は陽気な上田に呆れながら何気無く空を見た。空の大きさを見ると、自分が小さな存在であることを西谷は実感した。自分のイメージを守るためにウソをつく。そのことは自分が他の人間と変わらない証左に思えた。

 西谷は「自分は他の人間とは違う存在でいたい」と考えていた。その考えを持つようになったのはニコラスと長谷川碧という2人の幽霊である親友と出会ったからだった。ほとんどの人間には見えない2人との出会いは西谷に「自分には何かやるべきことがあるんじゃないか」という感覚を持たせた。

 ー本当は優里亜から何も口裂け女のことは聞いてないんだよな。全部長谷川とニコラスから聞いたことだ。あいつらはすげーな。何でも知ってて。


 2008年5月18日午後3時45分。休み時間に青林高校の屋上で西谷は口裂け女についてニコラスや長谷川から話を聞こうとしていた。

 ニコラスは屋上の手すりに寄り掛かり、パパラッチが使うようなカメラを構えていた。そのカメラのレンズは3階の女子更衣室で体育のために着替えている3年E組の女子生徒たちを捉えていた。

 「おおー!いいね、いいね!何だよコイツらガキのくせにいい体しやがって!ウッヒョー!」

 レンズを通してニコラスの目にはE組の生徒である篠崎愛南しのざきまなの姿が写っていた。童顔の篠崎は、肉付きの良いムチムチとした脚をスカートから解放して、下半身にめり込んだ白いパンツに外の世界を見せていた。そして、篠崎は制服のセーラ服のボタンを外し、その童顔とは不釣り合いなバレーボールのように大きく豊満な胸が姿を現した。

 「ヘーイ!このシャッターチャンスを狙ってたぜ愛南ちゃーん!」

 「カシャカシャ」とシャッター音を鳴らして興奮しているニコラスの隣で長谷川は背中を手すりに寄り掛け、座りながらタバコを吸っていた。

 「で?何を聞きたいの?亮人」

 「口裂け女のことだ。本当にいるのか?お前らは『川村』って読んでるみたいだけど」

 長谷川は煙を吐くと、シャッター音を鳴らし続けるニコラスを睨みながら答えた。

 「川村雪音(かわむらゆきね)。26歳。かつてここの生徒だった女で、今も生きてる普通の人間。それが伝説の女、口裂け女の正体。私やニコラスとは違って幽霊じゃないわ」

 「そいつは出口組の事件に関わってるのか?」

 長谷川は煙を吐き、西谷の方へ視線を向けて答えた。

 「あの事件の犯人よ」

 「あのキャバ嬢が言ってた事は本当だったのか。その女はなぜ奴らを惨殺したんだ?」

 長谷川はタバコの火をニコラスのふくらはぎに押し付けて消した。

 「ぐあああああ!あっちーーーー!」

 ニコラスが熱がっているのを無視して長谷川は言った。

 「その質問にはまだ答えられないわ。いや、答えるつめりもないわ。あんたは親友。だから知る必要もないことよ」

 「意味がわからないぞ」

 「亮人」

 ニコラスは西谷をまっすぐ見つめていた。その目は先ほど盗撮をしていた男とは思えない鋭さをしていた。

 「お前は俺らの親友だ。だけど、俺たちの戦争にお前を巻き込むわけにはいかない」

 「戦争?何言ってやがる?誰との戦争だよ?」

 長谷川は再びタバコを吸い始めた。そして、ニコラスの鋭い目はスケベな目に戻った。

 「まあ、お前が知っておくべきことは川村がメチャクチャ美人で巨乳でセクシーな女だってことだよ!ここにいる長谷川やお前の優里亜ちゃんよりもな。長谷川はスリーサイズは上から90、55、90。一方、川村は上から96、62、92だからな!えーと、それで確か優里亜ちゃんは・・・って俺が教えなくてもあの娘の体なら西谷、お前が一番知ってるか!だって既にあの娘とズッコンバッコンし・・・」

 「うるせー!だまれ」

 「てか、何であんた、私のスリーサイズ知ってんのよ?」


 2008年5月18日午後5時30分。

 「おーい、西谷何してんだよ?」

 「あ?」

 西谷は気づいたら、前方に上田、渡辺、森の3人の姿があった。そして、何故か渡辺と森は髪型がオールバックに変わっており、上田はリーゼントヘアーになっていた。

 「お前ら、どうしたんだよ?その髪型」

 「いや、今更かよ!?さっきポマード買って髪型をセットしたんだよ!」

 「ああ、結局買ったのか。ポマード」

 ー別にポマードは髪にも塗らなくても持ってればいいんだがな。まあ、川村にはそんなもの効かないだろうがな。

 「それより着いたぜ。口裂け女の家に」

 上田が指を指しながら言った。西谷が上田の指先の方向を見ると、林だらけの場所に隠れるかのように一軒家があった。

 4人は家へと近づいて行った。家は近くで見ると木造建築で傷んでいることがわかる。窓は割れていたが、内側から何かを貼り付けられてるせいか、外から中の様子はわからなかった。

 ー人が住んでいるようには見えないが、間違いなく誰かが住んでいる。川村雪音がいるのか?できれば留守であって欲しいが。

 「よし、じゃあ家に入ろうぜ!」

 そう言った上田はお化け屋敷を楽しむかのようにはしゃいでいた。

 「なあ、上田、やっぱりやめにしないか?」

 怯える声でそう言った渡辺は4人の中で最も恐怖心を抱いていた。

 「実は僕もあまり乗り気じゃないんだ」

 森まで消極的な意見を口にした。

 「情けねーな!お前ら!もちろん西谷君は行くよな!」

 「もちろん行くさ。おまえが話題作りのために死なないようにするためにな」

 「僕のことを心配してるのか、西谷君!つーか君は口裂け女が本当にいると思ってるのか?意外だなー、幽霊とか信じなさそうなイメージだから」

 ー口裂け女、その呼び方が正しいかどうかはわからない。上田の身の安全を考えれば、川村雪音が家にいないことを祈りたい。だけど俺は彼女に会いたい。彼女が殺人犯かもしれないのは怖いが、彼女はニコラスと長谷川と関係があるのは間違いない。ということは彼女には2人の姿が見えるのかもしれない。それなら知ることができるかもしれない。2人を見ることができる俺は一体何者なのかを。


 「じゃあ行こうか!西谷君!森と渡辺は外で待ってな!」

 指示に従い、その場に残る森と渡辺を背にして西谷と上田は家の入口へ向かった。入口のドアには「川村」と書かれた表札が付けらていた。

 上田は恐る恐るドアのぶを回し始めた。すると、「ピンポーン」という音が上田に耳に入ってきた。

 「まさか」と思った上田が西谷を見た。上田の予想通り音は西谷がドアの横に付いたインターホンから出てきたものだった。

 「西谷君、君、何やってんの?」

 「いや、インターホンも鳴らさずに勝手に入ったら不法侵入になるかもしれないだろ」

 「ま、まあ、そうかもしれないが・・・」

 家に入ることに緊張していた上田には細かいことまで考える余裕はなかった。とりあえず上田は目をつぶり深呼吸をすることにした。 すると、「ガチャ」という音の後にまた西谷から予想外のセリフが聞こえてきた。

 「お邪魔しまーす。誰かいます?いないなら『いない』って言ってくださーい!・・・いないみたいだな」

 「西谷君、意外と大胆だな・・・」

 上田の声を無視して西谷は中へ入っていった。それに続いて上田も中へ入った。

 2人の視界には靴が一切ない玄関と8mぐらいの廊下が入ってきた。廊下の左側には窓があったが、新聞紙がいくつも貼り付けてあり、その隙間からわずかな太陽光が入っていた。右側には2つの部屋があることが確認できた。どちらの部屋も引き戸が閉められていて中は確認できなかった。そして、廊下の奥には台所があることを確認できた。

 「暗いな」

 上田はそう言うと玄関から中へ土足で入ろうとした。

 「上田、靴脱げよ」

 西谷はそう言って靴を脱いで玄関から上がった。

 「たく、西谷君は真面目なんだから」

 上田は西谷に従い、靴を脱いで中へ上がった。上田が西谷に目を向けると、西谷は窓に貼られていた新聞の記事を見ていた。

 記事の内容は、出口組やそれと敵対するヤクザ関連のものばかりだったが、一部に猟奇殺人事件や日本国内で起きたテロ事件のものも含まれている。

 西谷は新聞記事の内容を見ていると、10年前に起きた女子高生集団リンチ事件に関する記事を見つけた。

 西谷がその記事を詳しく見ようとすると、横から「ビリビリビリ」と音がした。音の方に西谷が目をやると、上田が窓に張り付いていた新聞を破り取っていた。西谷は上田の行動に呆れて溜め息を吐いた。

 「何してんだよ?」

 「だって中暗いだろ。電気のスイッチも見つからないから、これ取れば外の光が入って明るくなるだろ?」

 「いや、人の家だぞ」

 「誰も住んでないよ。ここ空き家」

 そう言って上田は新聞紙を破り取っていった。

 西谷は玄関側にある引き戸を開けた。

 「空き家ねー。その割には色んなものが残ってるな。服とか」

 西谷が開けた部屋の中には中央にちゃぶ台

と座布団が1個ずつあり、南の壁側にはテレビ、東側にはタンスや棚が置かれ、北側には隣の部屋へ通じる引き戸があった。そして、畳には衣服が散らばっていた。

 「服?ってことは・・・」

 「服」と聞くと、上田は新聞を破るのをやめて、部屋の前に立つ西谷を押しのけ、慌てた動きで散らばっている服を漁り始めた。

 「あったーーー!ブラジャーーー!!!皆の精がオラに分けられてきたーーー!!!」

 赤いブラジャーを手に取り興奮している上田を、西谷は冷めた目で見るしかなかった。


 一方その頃、森と渡辺は西谷たちがいる家を外から黙って見ていた。退屈していた森は渡辺に話しかけた。

 「遅えーなー2人共」 

 「ああ、けど今頃呆れてるんじゃないかなー、西谷の奴は」

 そう言った渡辺はニヤついていた。

 「何で?」

 「あれ?お前は知らないの?ここに来た上田の目的?」

 「この場所で3日前の昼にAVの撮影があったんだよ」

 「え!?マジかよ!?女優誰なんだよ?」

 「いとう遥希」

 いとう遥希とは、熊本県出身のAV女優のことである。

 ある日、渡辺が上田の自宅の部屋に行くと、そこの棚には上から下までびっしりと、いとう遥希の出演するDVDが詰まっていた。また、DVDだけでなくポスターもたくさんあり、壁のいたるところに貼り付けてあった。

 「マジかよ。俺も好きなんだよなー」

 森と渡辺は、いとう遥希の話題に夢中になったせいでムラムラし始めていた。

 「マジ!?あそこでAVの撮影があったの?許可もらったのかなー?」

 「いやもらってないと思うよ、空き家だから・・・って、え?」

 聞こえた声に渡辺は返事をしたが、「自分は誰に返事をしたのか」と思った。なぜなら聞いたことのない声を背後から聞いたからだ。渡辺と同じく森も聞こえた声に焦っていた。2人は恐る恐る聞こえた声の主を確認するために背後に振り向いた。

 すると、そこには180cmぐらいあると思える女が立っていた。女が黒いタンクトップを着ていたせいか、豊満な胸とその下の細い体のラインが強調されていることがわかった。

 下半身には赤のデニムのショートパンツと紫のヒモで結ばれた黒スニーカーを履いており、上半身とは違って脚は程良い肉付きでムチムチとしていた。

 森と渡辺は俗に言う「ボンキュッボン」な体型の女を下から上に見上げていき、顔を確認していった。女は髪型がワンレンでサイドの髪は胸まで伸びていた。顔にはマスクをしていたが、美しい顔をしていることがわかった。

 「うわ・・・めっちゃセクシーで・・・キレイ・・・」

 森は女の美しいルックスに見惚れていたが、その声は震えていた。美しい顔とマスクの組み合わせは彼に都市伝説に存在する女を彷彿させた。

 「あの・・・もしかして・・・お姉さんは・・・」

 渡辺は震える声で恐怖に抑えつけられた言葉を出そうとした。

 「お姉さんは・・・え、えーと、え・・・AV女優ですか!?」

 ーいや!そっちかよ!?

 森は渡辺から出た予想外の言葉に内心でツッコミを入れた。

 渡辺の質問を聞いた女は魅力的な垂れ目を鋭くさせて答えた。

 「あいつらより汚れた存在だよ。精子で汚れたアバズレたちはアンタらを幸せにするだろうが、血で汚れた存在の私はアンタらにそんなもん与えたりしない」

 女は優しく左手で森の左の頬、右手で渡辺の右の頬に触れた。その瞬間、シンバルを叩くように2人の顔と顔をぶつけ合わせた。そして2人の口から空中に散って落ちていく血の桜よりも先に地面に2人を叩きつけた。

 森は瞬時に意識を失ったが、渡辺には微かに意識があった。そして渡辺はかすれた声で言った。

 「う、嬉しいよ、お姉さん・・・俺・・・ドMだからさ・・・」

 渡辺はそう言って意識を無くしたが、彼の下半身の一部分が松茸のように盛り上がっていた。

 女はその様子を見て、眉間にシワを寄せた。

 「気色悪る!ニコラスより変態な野郎がいたよ」

 女はそう吐き捨てて、家の方へ歩いて行った。


 「いやー、凄いねーこのブラジャー。Gカップだよ西谷君!ああ!いい匂い!遥希ちゃーん!」

 西谷は上田がここに来た目的にいとい遥希が絡んでいた事を知り、ここに来たことを後悔していた。

 ー馬鹿馬鹿しい。上田の奴、自分の趣味に俺を付き合わせやがって!ここでAVの撮影があったということは、ここはやはり空き家なのか?ん?あれはもしかして。

 西谷の視界に棚の上に置いてあるものが入った。西谷が棚に近づくとフォトフレームが、置いてあることが分かった。その写真には2人の女子高生が抱き合ってピースをしている姿が写っていた。制服は青林高校のものだ。

 西谷はフォトフレームから写真を取り出し、裏の方を見た。写真の裏には「あずさと学校の裏庭で^_^」と書かれていた。

 ーどっちがあずさで、あずさじゃない方は誰なんだ?まさか片方は川村雪音か?胸は・・・どっちも大きさがわからないな・・・

 西谷はどちらかが川村雪音かどうかをニコラスから聞いた胸のサイズで特定しようとしたが、写真からは特定が困難だった。

 とりあえず西谷は写真を戻し、何気なく隣部屋に繋がる引き戸を開けた。

 ーな・・・な、何だよこれ!?

 西谷が開けた部屋には中央にテーブルがあり、その上には全長が60cm、刃渡りが45cmの長い特殊な形状をしたハサミが1つとコンバットナイフが2本と5本のメスが置かれていた。また、どれも血だらけだった。

 そして、部屋の壁には数人の中年男性たちそれぞれの顔写真と1人の金髪の女の写真が貼られていた。そのうち1枚の写真には3日前にキャバクラで殺害された出口智己が写っており、血のような赤い文字で「son of the bicth is dead !!!」(クソ野郎は死んだ!!!)と書かれていた。

 西谷は咄嗟に引き戸を閉め、上田のいる方を確認したら、上田は黒いパンツを頭に被りながら他に下着がないか探していた。

 上田が下着探しに夢中になっていることを確認した西谷は頭の中を整理し始めた。

 ーあの赤いブラジャーは誰のだ?Gカップのブラジャー。確か、いとう遥希はバストが89cmでFカップのはず。ニコラスの情報によると、川村雪音はバストが96cm。ならGカップのブラジャーを使うのか?優里亜もGカップだった。そもそもバストの大きさとカップの大きさは関係あんのか?よく考えろ!ニコラスから聞いた話だと岳下はCカップでバストが85。ん? 佐藤はニコラスによるとDカップでバストが83。バストは岳下の方が大きいけど、カップは佐藤の方が上。やっぱ関係ないのか?クソが!何でこんな時に豚女のバストとかを思い出さなきゃいけないんだよ!?しかも情報として使えもしねえ!結局、赤いブラジャーが川村雪音のものなのか分からねえ!クソ!こんなことならカップの定義について優里亜に聞いとくべきだった!どっちにしろ隣の部屋にある物を考えると、この家にいるのは100%マズイ!

 「おい!上田逃げるぞ!・・・上田?」

 165cmの上田は上を見上げながら震えていた。西谷が上田の目線の先を追うと、そこには180cmぐらいの女が立っていた。女の容姿は夕陽で逆光になっており西谷には確認しづらかったが、その豊満な胸と見事にセクシーな体のラインを確認することができた。

 ーセクシーな女!ニコラスの情報とも一致する。顔は美人なのか?

 女が電気のスイッチを入れたのか、急に部屋が明るくなった。それで西谷は女の顔を見て確信した。

 ー美人、セクシー、ニコラスの情報と合う!それにマスク!間違いない!川村雪音だ!クソ!こんなタイミングで!

 「お前ら何者だ?」

 女の声は普通より若干高い声だった。テレビに出てくるような低い声の口裂け女とは対照的だった。

 パンツを頭に被った上田は震えながら質問に答えようとした。

 「あ、あ、あ、あの僕、青林高校の上田と申しま・・・」

 上田が自己紹介を終えようとした瞬間、女の右手が上田の首を掴んだ。

 上田は何が起きたのか理解できずに、気がついたら上田の体は宙に浮いていた。そのまま、彼の体は窓を突き破り、地面に叩きつけられた。上田の体はピクリとも動かなかった。

 「うえだーーー!!!・・・・クソ!この女!!!」

 西谷は右手で、女に殴りかかろうとしたが、その手を女は左手で受け止めた。そして、西谷の手を強く握った。

 「うっ、うぐぐ・・・」

 女の強い握力に西谷は苦悶の声を出すしかなかった。

 ーやっ、やべぇ!手が握り潰されそうだ!何て握力してやがる!!

 女は苦しむ西谷の胸ぐらを右手で掴むと、彼の腹に蹴りを入れた。すると西谷の体は吹き飛ばされ、隣の部屋へ続く引き戸を突き破り、背中から床に叩きつけられた。

 「ぐふっ!」

 西谷は痛みを感じながらも立ち上がった。

 「お前、何者だ?出口組の下っ端か?」

 女は無表情のまま、西谷問いかけた。

 「こんなガキがヤクザの手下なわけねぇだろ!」

 西谷はそう言うと、女の方に走り、回し蹴りを入れた。西谷の蹴りは女の顔に当たり、マスクが取れ、女は膝をついた。

 女はゆっくりと立ち上がり、顔を横に振り長い黒髪をなびかせて髪の乱れをなおした。

 その様子を見た西谷は驚きを隠せなかった。マスクが外れた女の口は左右に耳の近くまで裂けていたからだ。裂けている部分は一見傷のように見えるが、微かに口の内部を確認できた。

 「何を驚いている?私の家に来たなら私が何者かは知ってるだろ?」

 「まさか本当に口が裂けているとは思わなかったよ、川村雪音さん。でもあんたに会いたかったよ」

 西谷の言葉を聞いた女の目は鋭くなり、殺意に満ちていた。

 「そうか。私に会いたかったのか。私は口裂け女と揶揄される、川村雪音だ!」

 そう言うと川村は素早く西谷へ走り寄り、左手で西谷の右肩を掴み、右手で西谷の腹部へアッパー何度も加えた。西谷へアッパーを加えながら川村は言った。

 「私に会いたがっておきながら出口組でないのら、お前が所属してる所で考えられるのは3つだけ!公安か!CIAか!MI6だ!」

 公安は日本の警察のなかで主にテロ対策に関わる部署で、CIAはアメリカの諜報機関で、MI6はイギリスの諜報機関だ。

 川村は西谷へのアッパーを続けた。

 「さあ、言え!誰の差し金だ!?ジェラルドか!?それともブライアンの差し金か!?誰が私の首を狙ってる!?」

 ー公安だの、CIAだの、MI6だの、この女、映画の見過ぎじゃねーのか!?つーかジェラルドとかブライアンって誰だよ?やべぇ、口から血吐いてるよ・・・

 西谷は川村の攻撃に耐えられなくなり、次第にその体は武器や写真が待つ部屋へと押しやらていき、ついには川村の武器が並ぶ机に叩きつけられた。西谷は気を失おうとしていたが、それは川村によって阻止された。

 川村は机にある長いハサミを右手で取り、それを西谷の顔の真横に突き刺した。「ガッ」と机にハサミが刺さる音が西谷の鼓膜を激しく振動させた。

 「改めて問おう。お前は何者だ?」

 川村の殺意に満ちた視線が気力を失っている西谷の目に注がれた。

 「青林高校3年生、西谷亮人だよ。Son of the bicth !!!」

 「嘘をつくならもっとマシなものにするんだったな」

 川村は右手に持ったハサミを大きく振り上げた。

 ーああ、俺、もう死ぬんだな・・・クソ・・・走馬灯に出てきたのは、優里亜とホテルに行った時の映像かよ・・・これじゃ、変態のニコラスや上田と変わらねぇじゃねーか・・・クソ・・・優里亜に会いてえ・・・助けてくれよ、神様・・・いるならな・・・

 「もはや貴様と話すことはない。死ね」

 川村は振り上げたハサミを勢い強く振り下ろした。

 ーああ、俺死んだよ。俺も長谷川たちみたいに特殊能力を持った幽霊になるのかな?・・・・・・・・・いや、生きてる?

 目を開けた西谷が見たものは、自分の眼球にハサミを刺そうとしている川村の姿だった。ハサミを握っている川村の右手首を誰かが強く掴んでいるおかげでハサミは西谷の眼球の目前で寸止めされていた。


 2008年5月18日午後6時17分、警視庁の屋上で福本泰清はタバコを吸っていた。

 ー奥野レナ、彼女のことを「イカれた巨乳」だと思うなんて・・・俺は刑事失格かもな。自分にとって最もデカかった事件(ヤマ)のことを忘れてたなんて。クソ!

 福本は携帯を取り出して番号を入力した。しばらくすると若い女が電話に出た。その声は恐怖と人間不信のためか、落ち着いていなかったが、そんな相手でも福本は丁寧に対応した。そして、福本は相手に要件を話した。

 「奥野さん、実はあなたから事件の詳細をもっと聞きたいと思い、お電話しました。どんなに細かいことでも構いません。事件から3日経ち、少しは落ち着いたとも思いますし」

 福本の電話している様子を屋上の出入り口から監視している男がいた。男は福本を監視しながら電話をかけ始めた。相手はワンコールも終わらないうちに電話に出た。男は相手が出たのを確認すると要件を話した。

 「こちら公安部特務係の井上です。福本泰清警部が動き始めました。処分しますか?・・・はっ、分かりました。では引き続き監視を続けます!」

 井上はそう言って、電話を切った。

 「誰の監視をしてるんだ?若造」

 井上は聞こえた声に驚いた。井上が声の主を確認したら、それは福本であり、その顔はいつもと変わらずニヤついていた。

 

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