ヘビースモーカーの花子さん
2008年5月18日正午。西谷の通う東京都内の私立の青林高校の3階女子トイレの水道の鏡で岳下千穂美と佐藤優美は4時間目の体育の授業で汗をかいた為に落ちたメイクを直していた。佐藤がトイレの出入り口のドアに近い方の鏡を使っていた。2人は西谷と同じ2年B組の生徒である。
「千穂美、また胸でかくなってない?」
顔の同じ場所に10回もファンデーションを塗っていた佐藤は、隣でグロスのリップを塗る岳下に話しかけた。
「え、そうかな?よくわからないけど。優美、あんたもデカイでしょ」
「え、そう?でも私の場合は胸がでかくなるのに比例して全体の脂肪も増えるからねー。先週のデートでステーキ食い過ぎたせいで5キロも体重増えたんだよ!」
岳下の体型が標準なのに対して佐藤は肥満型であった。
「へー、幸せ太りって考えればいいよ!」
岳下はリップを塗るのをやめて佐藤の方に顔を向け、彼女の彼氏とのエピソードに目を輝かせていた。そんな岳下に佐藤は目を細めた。
「でも西谷の奴、私の幸せ太りを『ただの言い逃れ』って言うのよ!私がダイエットを疎かにしてるみたいな言い方すんの!何なのあいつ!?」
佐藤は西谷から言われた一言のせいで声が大きなっていた。そんな佐藤に岳下は首を縦に2度振って頷いた。
「あいつ、ひどいよね!私もあいつにひどい事言われたよ!私は「顔が可愛いだけで、性格はクソ』って言ったのよ!ひどくない!?」
「でた!さりげない可愛いアピール!」
佐藤は化粧道具を片付けながら岳下を目を細めながら見ていた。
「まあ、そこは置いといて優里亜もよくあんな奴と付き合ってられるよね!イケメンなのは認めるけど」
岳下もメイク直しが終わり化粧道具を片付け佐藤の方へ体を向けた。
「あー、もう!あいつのこと考えてたら、ムカついてお腹減ってきた!千穂美、食堂でパン・・・」
佐藤はしゃべることを途中でやめた。佐藤は顔をしかめていたが、それは西谷の話題が理由ではなかった。そんな彼女に岳下は奇妙に思った。
「どうしたの?」
「千穂美、後ろの3番目のトイレから煙出てない?」
佐藤は岳下の後ろにある3番目のトイレの上部から煙が出ているのを見つけた。それを確かめるために岳下は顔を後ろに向けた。
「あ、ホントだ」
佐藤はその匂いを確かめるために目を閉じ鼻で音を出しながら煙の匂いを嗅ぎ始めた。
「間違いない!これはタバコの匂い!銘柄は赤マルよ!」
佐藤は煙の匂いをタバコだとわかるだけでなく、銘柄まで予想した。高校生なのにタバコを吸っていた
彼女だからこそできたことである。
「優美、未成年の喫煙はよくないよ・・・」
「そんなことは気にしなくていいの!それよりも私は学校で吸うのを我慢してるのに!誰よ!そこでタバコを吸ってるのは!」
「何か怒るところ違うくない?てかやめなよ!3番目のトイレだよ!」
「は?何言ってんの?」
佐藤にはなぜ岳下が3番目のトイレを気にするのかわからなかった。 そんな佐藤とは違い、岳下は何かを恐れているような表情を浮かべていた。2人はずっとトイレにいたが、誰がいる気配はなかったし、メイクを直している時に誰もトイレには入ってきていなかった。
「3番目のトイレには花子さんがいるのよ!私たちがここに来た時から誰もいなかったでしょ!その、生きてる人はだけど・・・」
そう言う岳下を佐藤はバカを見るような冷めた目で見ていた。2人の間にはしばらく沈黙が続いたが、それは佐藤の反応によって終わった。
「アッハーーー!ちょ、ちょっと千穂美!あんた何言っちゃてんの!?マジウケなんだけど!ブーヒッヒッヒッヒッヒ!」
佐藤の豚のような笑い方に岳下は顔をしかめて口を開け、呆然としていた。
「ま、まあいいわ!そこまで言うならあのドアを開けて確かめて見ようじゃない!花子さんかどうかをね!」
佐藤は笑いながらドアに近づいて行った。それを岳下は止めるために佐藤の腕を掴んだ。
「ちょっと待ってよ!もし普通にうんこしてる人だったらどうすんのよ!?」
岳下がそう言った瞬間、「ドゴーン」とまるで大きな音がした。それはまるで力強くドアに蹴りを入れたような音だった。その音がなったと同時に3番目のトイレのドアが吹き飛んだ。そのドアは女子トイレにある窓ガラスを突き割り、校庭まで飛んで行った。
岳下と佐藤は目の前で起きたことが現実かどうかを疑った。2人はドアが突然吹き飛ぶことを目撃するとは思いもよらなかった。
「千穂美、今の、何?」
「わかんないよ・・・」
2人の声は恐怖に支配されていた。そして、2人は恐れを抱きながらも何が起きたのかを確認するために3番目のトイレに近づいて行った。その歩幅は恐怖のために狭いものだった。
佐藤の顔が先に3番目のトイレを覗ける位置に来て、それに岳下が続いた。
しかし、トイレには誰もいなかった。ただし、そこにはタバコの煙だけが漂っていた。
「あんたらさー、うるさいよ!」
突然、佐藤と岳下しかいないトイレに2人の声ではない声が聞こえてきた。その声は大人びた声だった。2人は辺りを見回したが、誰もいなかった。脳裏によぎったことは、この声は花子さんなのか、ということだった。
「黙って聞いてりゃ、『うんこ女』とか言いやがって!」
「いや、そこまで言ってないけど…」
岳下がそう言った瞬間、出入り口の反対側のドアから次々に「バン」と激しい音を立てながら勢い強く開き出した。
「キャアーーーーー!!」
「Oh my god !!!」
岳下は普通の悲鳴を上げたのに対して佐藤の悲鳴はなぜか英語で出ていた。