金髪ひきこさん
2008年5月18日午前10時、ある豪邸に1台の黒い車が到着した。車から黒いスーツを着た3人の男、半袖の白いシャツを着てジーンズを履いた1人の女が出てきた。3人の男は出口組の組員である。女の方は髪型がボブに金髪で、20代後半に見える見た目をしている。男の一人が車のトランクから死体袋を重そうに取り出した。4人は死体袋と共に豪邸へ歩き始めた。
その様子を豪邸の2階の部屋の窓から1人の男が眺めていた。男の名は出口龍太郎。年齢は67歳。出口組の組長であり、六本木キャバクラ店で殺害された出口智己の父親である。
出口は部屋にある智己の写真を見て、悲しみと怒りがこみ上げてきた。出口は智己の写真に語り始めた。
「智己、お前はバカな息子だったな。多くのことで私や組を悩ませた。お前のことをいい息子だと思ったことは少なかったが、私より早く死ぬことは望んでなかったぞ。お前の仇は討ってやる。お前を殺した女を必ず殺す!どんな手を使ってもな!」
出口は部屋のドアに視線を向けた。智己の復讐のために部下に連れてくるように頼んだ殺し屋の到着を待っていたのだ。そして、ドアを叩く音がした。
「入れ!」
ドアが開くと、そこには先ほど車から出ていた3人の男と1人の女がいた。女は無表情であった。死体袋はこのときなかった。
「君が智己の復讐を果たしてくれる殺し屋か。名はなんという?」
出口は女を上から下まで見るように目を動かしながら彼女に質問した。
「木戸愛理。智己とは昔から友人だった」
敬語で話さない木戸であったが、組員たちは黙ったままだった。
「そのようだな。だが、君のようにスタイルが良く美しい女性が殺し屋だとは、まるで映画みたいだ」
「私の腕はアンタよりアンタの部下たちの方が知ってるはずだ」
「うん、君の腕は部下たちから聞いている。それより私の息子を殺した女を知ってるらしいな?」
「犯人の女の名前は川村雪音。1982年9月13日生まれ」
「ほう、なぜ警察が知らないことを知ってるんだね?」
出口は疑問を投げかけるような眼差しで木戸を目を見ていた。
「アンタの息子に恨みを持つ女は何人も知ってる。その中であんな殺し方ができる奴は一人しかいない」
「なら居場所を教えてくれたら後は我々が対処する」
それまで無表情だった木戸が出口の発言を聞いて笑みを浮かべた。その笑みはまるでバカを見ているかのようなものだった。
「アンタらだったら殺されるよ。あの女に対抗できるのは軍人か警察の特殊部隊ぐらいだからね」
「なら君は自分が軍人なみに強いと言いたいのか?君のような美しい女性にそんな強さがあるようには思えないのだがね」
2人の会話を聞いている組員達は動揺していた。木戸の組長に対する態度には怒りを感じていたが、自分たちではどうすることもできなかった。木戸に楯突けば自分たちの命が危ない。木戸の恐ろしさを十分に知っていたのだ。
「人を見かけで判断しないことだね。川村にアンタの息子や部下が殺されたのも川村をただの美人だと思ったからかもしれないね。あの女はマスクをしてればキレイな女だからね」
「ほう」
出口は3人の部下が木戸を恐れている様子を感じ取っていた。
「面白い。君に仕事を任せよう。ただし、奴は殺すな。生け捕りにしろ。トドメは私が刺す。何、君が奴を殺さなければいいだけのことだ。瀕死の状態でも構わないよ。手段は君に任せる」
木戸は笑みを浮かべてうなづき、部屋を去ろうとした。
「期待してるよ、ひきこさん。珍しい異名だね」
それを聞いた木戸は足を止めた。背中は出口に向いたままだった。ひきことは、子供を引きずり殺す都市伝説の女の化け物である。
「ふん、私を下らない都市伝説の化け物呼ばわりしたアンタの部下をさっき死体袋に入れといてやったよ。引きずったせいで顔が半分無くなってるけどね。クックックックッ!」
そう言うと木戸は歩き始め、その場を去って行った。
「美人だが、不気味な女ですね…」
ずっと黙っていた組員の一人が出口にそう語り掛けた。
「それにしたてもよかったんですか?安藤さんが木戸に殺られましたよ。仕方なく死体袋に入れときましたけど」
「安藤は先週のヤクのデカイ取引でしくじっただろう。その落とし前と木戸の実力の図ることの一石二鳥で結果オーライじゃないか」
安藤とは、出口組の構成員であり、組の中ででも強さを誇る男だった。そんな男でも意図もたやすく殺せることが木戸の実力の高さを示していた。その実力を図るために出口は事前に安藤に木戸のことを「ひきこさん」と呼ぶように指示していた。そして、それは安藤が始末されることも計算のうちのことであった。
「それで安藤さんの死体をどうします?」
出口の部下がソファーにすわる彼に尋ねた。
「例の食肉工場で処理しろ。あと何度も言うが俺の食事にはミンチは使用するなよ。人肉を食うと病気になるからな」
「もちろん心得ています。我々は組長のお食事はもちろんのこと、自分たちもミンチを使うような料理は食べていません」
「全く、この稼業は大金を稼げるが、ハンバーグやそぼろ丼が食えないのはキツイな。俺も50年ぐらいは食ってないぜ。まあいい、さあ、食肉工場に行け」
「はい、ではこれで失礼致します」
そう言って3人は出口におじぎをして部屋から出て行った。そんな3人を眺めていた出口の携帯電話から映画「着信アリ」の着信音が流れてきた。出口が携帯を開くと、待ち受けには「加野祐介」という名前が映っていた。
「ふん、やはり出世した成り上がり野郎からの電話か」