コックリさん
出口組構成員惨殺事件から3日後、2008年5月18日午前5時、西谷亮人は自宅の部屋のつけっぱなしにしていたテレビに流れていた映画「War On Terror 3」の主人公レクター・フォードの裁判シーンの音で目覚めた。
「テレビつけたまま寝てたか…5時か、クソ、学校だりーな!」
西谷は東京都内の高校に通う16歳の高校2年生である。ルックスは彼の姉が勝手に男性アイドル事務所のジャップズに履歴書を送るほどで、同じ学校の女子達からはある程度人気がある。
西谷は眠りから覚めた目をこすりながら部屋を見渡した。6畳の部屋にはベッドと本棚と机とテレビとソファーがあり、壁には西谷の好きなスウェーデンのヘビーメタルバンドのアークエネミー(ARC ENEMY)の女性ボーカルのアンジェリアや他のメンバーたちが写ったポスターばかりが貼られていた。
西谷は机に置いていた携帯電話が点滅していたので携帯を取り、画面を見た。携帯が点滅していたのはメールを受信していたからであった。送り主は西谷の恋人の沢田優里亜であった。沢田は西谷と同じクラスであり、クラスメイトたちからクラス一の美少女だと言われており、人気も高い。西谷と沢田は去年の夏から付き合っていた。「ああ、メールしながら寝たんだな」
西谷は沢田からの未読メールを開き内容を読んだ。そのメールには「典子たちがまたコックリさんをして、私たちが付き合い始めた日とか初デートの日を調べ始めたの(>_<)!しかも全部本当のこと知ってるの!コックリさんって本当にいるのかな(;゜0゜)」と書いてあった。
典子とは西谷と同じクラスの中山典子という女子生徒で、沢田の親友でもある。中山を中心に西谷のクラスではコックリさんが流行っている。
「コックリさんか。ニコラスめ、余計なことばかり教えやがって」
西谷がそう言って、部屋にあるソファの方へ目を向けると、一人の男がいびきをかいて寝ていた。男の名はニコラス。中山に西谷と沢田の秘密を教えた張本人であり、世間で俗に言うコックリさんの正体である。
ニコラスは人間の霊である。また、ニコラスとは本名ではなく、顔がアメリカの俳優ニコラス・ケイジに似てるから、彼自身が勝手にそう名乗っているに過ぎず、本名は不明である。そして、西谷は霊であるニコラスの姿が見える数少ない人間の一人であった。
「ニコラス起きろ!」
西谷がそう叫ぶといびきが消え、ニコラスは目を覚ました。霊であるが、その見た目は人間と変わらなかった。
「おお、何だ亮人!?せっかく人が気持ちよく寝ていたのに…ん?俺霊だから、もう人じゃねーか!プッハッハッ!マジ受けるんだけど!」
コックリさんであるニコラスとは世間が恐れるイメージとは真逆の男であった。
「また自分で言ったことに自分でウケやがって…」
西谷は呆れていた。
「それよりもニコラス!お前また中山に余計なことを教えやがって!」
「中山?ああ、あの良い乳したお嬢ちゃんか。仕方ねぇだろ。いつもあの良い乳を揉ませてもらってるお礼だよ!まあ、感じてるのは俺だけで向こうが感じないのは残念だけどな!プッハッハッ!」
ニコラスは人や物に触れることができ、すり抜けることはない。しかし、人にはニコラスに触れらても触れらている感覚は生じない。それを悪用し、ニコラスは普段から女性の胸や尻を触って楽しんでいる。
「この変態霊め…」
「まあ、いいじゃねーの!小さいことは気にすんな!わかちこわかちこ!」
「何かの呪文か?それ?」
「お前生きてるのに、テレビ見ねーのか?」
「お前と違って暇人じゃないからな。1日中、テレビ見ているわけじゃないんだよ」
世間ではコックリさんというと恐ろしい霊とイメージされているが、実際にコックリさんであるニコラスは恐ろしい霊ではない。人間に取り憑いて悪いことはせず、ただ自分の好きなように日常を過ごす自由な霊である。
西谷のそばにいるのは、ニコラスにとって自分の姿を西谷が見えることを便利に思っているからだ。ニコラスが物を手に持てば、普通の人間の目には物が浮いているように見えてしまう。その光景を見た人々が騒ぎ出すことはニコラスにとって耳障りで面倒なことであった。
しかし、西谷にはニコラスが見えるうえに、恐れも抱いていないために普通の人間のように騒ぐことはない。そんな彼のそばにいることはニコラスが食事や娯楽を心置き無く楽しむために都合が良かった。
「テレビといえばよ、このまえキャバクラで女がヤクザを殺しまくった事件があっただろ?」
ニコラスは西谷に出口組構成員惨殺事件のことを話し始めた。
「ああ、目撃者のキャバ嬢が『犯人は口裂け女なんです!』ってイカれたことを言ってた事件ね。それがどうした?」
西谷が言っている「イカれた女」とは奥野レナのことである。奥野はニュースで顔は映っていなかったが、自分が見たことをマスコミに話していた。
「そう、その目撃者のキャバ嬢!ニュースじゃ顔は映ってなかったけど胸の部分にカメラが向いてただろ!ありゃ良い乳してんぜ!」
ニュースでは顔を映さないために胸元がV字に開いたドレスを着た奥野の胸がカメラに映されていた。
「結局そういう話かよ!?くだらねー!」
「くだらなくねーよ!今度あのキャバ嬢の胸を揉みに行こうと思ってるんだが、お前も一緒に来るか?」
スケベな笑みを浮かべていたニコラスに西谷は呆れながら、ある疑問を持った。
「行かねえけどさ、お前そもそもあのイカれた女の居場所がわかんのかよ?」
「当たり前だろ!何たって俺は皆が10円玉使って質問してくる偉大なるコックリさんだぜ!居場所ぐらい知ってるぜ!あと、レナちゃんはイカれてないぜ。あの娘が言ってることは本当さ!」
「おいおいレナって、あの女か?本当って口裂け女がヤクザを殺したっていうのかよ?」
ニコラスはニヤつきながらテレビのニュースを見ていた。ニュースには顔が映されていない奥野の映像が流れていた。
「おいニコラス聞いてんのか!?」
話が耳に入っていないニコラスに西谷が声をかけたと同時に彼の部屋のドアが開いた。ドアを開けたの西谷の母であった。母は息子を不思議な目で見ている。
「ちょっと亮人!何さっきからニコラスニコラス言ってんの?部屋にニコラス・ケイジのソックリさんがいるかと思ったじゃない!!」
ニコラスは西谷の母の顔の横に自分の顔近づけニヤニヤしていた。
「どうもお母さん、俺はソックリさんじゃなくてコックリさんなの!アヒャヒャヒャヒャ!」
もちろん母にはニコラスの姿は見えず、声も聞こえていない。西谷は目の前の状況に笑いをこらえるのに必死で顔を下に向けた。