『ギョエー!!』
『ギョエー!』
「もも、ほらあれ、何かいるけど、ありゃなにかな? 松ぼっくり?」
「松ぼっくり……なのかなあ」
『ギョエー!』
「松ぼっくりって歩いたり叫んだりするんだね。全然知らなかったや」
「多分、日本の松ぼっくりとは違う生き物だと思うよ? ていうか、松ぼっくりは普通は生き物じゃないよ」
山道を右手側に数百メートルほど進んだあたりでゆきたちが見つけたのは、いかにも『雑魚モンスターがあらわれた』といった感じを思わせる、なんだか小汚くて全く可愛くもない、歩く巨大な松ぼっくりだった。
体長50センチほどの松ぼっくりの胴体に、その身体からにょろりとした黒い手足が生えており、のたのたと二足歩行で木々の間を闊歩しているのが見える。募集をかけて大失敗したゆるきゃらみたいな外観だ。
それは先ほどから威嚇音なのか、はたまた仲間に合図を送っているのか。定期的に『ギョエー!』という奇声を上げており、こちらからは非常に位置が分かりやすい。
どことなく不気味であまり近づきたくない感じもするが、動きも遅く位置も分かりやすいので、初心者には優しいモンスターと言えよう。
「じゃあ、背中から木刀でフルボッコしちゃおうか!」
「わかった。弱そうだけど、油断は禁物だからね。がんばってね」
「え、ももはやらないの? 一緒にフルボッコしないの?」
「うん。あれくらいならゆきちゃんだけで平気でしょ?」
「れれれ?」
短い話し合いの末に、松ぼっくりモンスターを討伐するのは今回はゆき一人の役目となった。ももが居てくれないことにゆきは不安げな顔を見せるが、しかし相手はただの松ぼっくりだ。冷静に考えると、不安になるほどのモンスターには見えないなと思い直す。
狙うべき松ぼっくりは、時折、なんの前振りもなしに『ギョエー!』と叫び声をあげること以外は別段おかしなところはない、見るからに雑魚モンスターだ。日本では見かけたことも聞いたこともないけれど、他の地域ではきっとよくある光景なのだろう。なにせ世界は広いのだ。
ドラゴン兄貴の言葉を信じるならば、ここのモンスターたちはいま手にしている木刀だけでも十分討伐は可能なはずである。
ゆきは、森の中を少しばかり迂回して進み、松ぼっくりモンスターの死角になる位置へと回り込む。
一方ももは心の中でゆきを応援しながら、松ぼっくりモンスターの動きをじっくりと観察している。ももは油断をしていない。ゆきが何かしらの大失敗をすることを前提に動いている。
しばらく後。ゆきが、松ぼっくりモンスターのすぐ近くまでたどり着いた。
そして、不意打ちを狙うため、木刀を振り上げて。
「こんにゃがーっ!!」
『ギョエー!!』
藪から飛び出すと同時。ゆきは思い切り大きなかけ声とともに飛びかかり、木刀を振り下ろした。
見た目どおり、このモンスターは隙間だらけの松ぼっくり、はたまたその眷属だったのだろう。木刀から感じる手応えは非常に軽く、気合いの叫びを上げてまで襲いかかったゆきとしてはなんだか拍子抜けだった。
木刀が松ぼっくりのいくつものかさをパキパキとへし折り、その身体に半分ほどめり込んだ。これが人間のような肉体をもつ相手ならばかなり痛々しい状況かもしれないが、なにせ相手は松ぼっくりなので、痛々しさもさほど感じない。
そして――。
「やったか!?」
フラグが立つのは早かった。
残念ながら、やっていなかった。
松ぼっくりは、まだ元気だった。
『ギョエー!』
「ぎょえー!?」
『ギョエェー!』
「ふわああ?!」
『ギョエエエェーッ!!』
「ひえええぇっ!!」
松ぼっくりは、身体に木刀が半ばまでめり込んだ状態のまま、再び奇声を上げてその場ですっくと立ち上がる。更に、にょろっとした足をしならせて、その場でぴょんぴょん大きくジャンプをはじめる。恐らくは松ぼっくりの威嚇行動だ。
しかし、至近距離でその威嚇行動を見せられたゆきはまんまと驚きで木刀を手放してしまい、松ぼっくりと同じような奇声をあげて尻餅をつく。
松ぼっくりは、武器を失って奇声をあげるゆきへと全身で向き直ると、更に大きな声で叫び始める。
そして、その身体中のかさの隙間から黒い影が伸び――。
「……ゆきちゃんたら。不意打ちするのに大声出しちゃ駄目じゃん」
しかし、松ぼっくりが何かを行おうとしたその瞬間。ゆきとは逆方向、松ぼっくりの背後にはすでにももが立っていた。
ももはゆきに苦言を呈しながらも、ゆきより秀でた身体強化に身を任せるように、木刀を両手で振り上げ、狙い澄まし。
全力で、ズドン。
『ギョエ?』
ももが全力で振り下ろした木刀は、綺麗に松ぼっくりモンスターを中央からかち割った。
◇ ◇ ◇
「よし、倒した! 素材ゲット素材ゲット!」
直前まで松ぼっくり相手に悲鳴をあげて尻餅をついていたゆきが、何事もなかったかのように立ち上がる。実に元気だ。
中央からかち割れた松ぼっくりモンスターの身体は、二人が見ている間にも全体がじわじわと黒ずんでいき、最終的には全身が煤へと変化して消えていく。
ドラゴン兄貴の説明によれば、異界にいるモンスターたちの大半は『瘴気』という負の力を媒体に動き回っており、死んだら身体が煤になって消えていくものなのだという。
もちろん、ゆきはその理屈をさっぱりわかっていないので、とりあえず「モンスターは倒したら煤になる」とだけ理解していた。
世の中、その程度の理解でも意外と大丈夫なのだ。
「んー、何も素材は落とさなかったみたいだね。小さいクズ魔石だけ」
「えー? がんばったのに」
「しょうがないよ」
結局、ゆきがモンスターと一緒にぎょえぎょえ騒いだだけで、結果としてはただの遠回りに終わってしまった。モンスターが落とす魔石も、小さく脆いクズ魔石のみである。
モンスターの素材が落ちるかどうかは、基本的には運である。ベテランダンジョニストたちの攻略によれば、特定の倒し方で討伐すると素材を落とすなどというテクニックもあるようだが、少なくともゆきたちは『松ぼっくりの倒し方』など聞いたことはない。
「ああ、でもゆきちゃん。後ろみてみなよ、掘り出し物ならあるよ?」
「え? あ、本当だ。木の実じゃん」
ちょうど、ゆきの真後ろを、ももが指さす。
ゆきが振り返ってみるとそこには、マンゴーとりんごと新幹線の先っぽの流線型を足して割ったような、色鮮やかな果実が二つ。
まるで二人に「いいから食べろ」「食べてちょんまげ」と、心に語りかけるかのように。
大きく、実っているのだった。
◇ ◇ ◇
もぐもぐ。
もぐもぐ。
マンゴーとりんごと新幹線の先っぽの流線型を足して割ったような果実をウェットティッシュで軽く拭いてから、皮ごとワイルドにかぶりつく。
口のなかにはじゅわりとした甘い汁が広がり、鼻から抜ける香りが爽やかさを演出する。
口に含むとそれは、バナナと黒蜜と栄養ドリンクを足して割ったような、非常に甘みのつよい果実だった。
南国の花のような香りの中に、微かに味を引き締めるスパイシーな風味もあとから混ざりはじめ、一粒で二度どころか、五度くらいは新たな発見のあるオモシロ体験である。
これは、そこらの喫茶店で出しているスイーツよりも、はるかに上等なスイーツだと断言できる。
「うま~い。こんな美味しい果物食べたことないよ。ももの【大食らい】様々だよね……じゅるじゅる」
「もぐ……まあ、そうだね」
松ぼっくりはろくな素材を出してくれなかったけれど、この果実はそれを差し引いてもあまりある収穫と言えるだろう。店でこれを食べようとしたら、果たしてどれだけの金額を提示されただろうか。それだけの価値ある逸品だ。
そして、このスイーツタイムを可能にしているのが、ももの【大食らい】である。
というのも、ももはこのスキルのお陰で、異界においては大抵のものを食べられるのだ。食べようとしないだけで、恐らくそこら辺の木の枝に齧り付いても問題なく食べられるはずだ。
そして更に、ももは食べたものが普通の人間にとって害がないかどうか――端的に言えば、毒性の有無がその場でわかるようになっていた。スキルレベルが上がれば、最適な調理法や毒の抜き方などもわかってくるのかもしれない。
異界には、ことのほか人間にとって害のある食べ物が多い。
普通のダンジョニストはだから、それがどのような代物であれ、初めて見る異界の食べ物を未鑑定のまま口にすることは絶対にない。それはダンジョニストの鉄則だ。
しかし、その鉄則をひっくり返し、ダンジョンを一つのグルメビュッフェと化してしまうのが、ももの【大食らい】なのだった。
「でも、もも。思うんだけどさー、こういう木の実とかって、ここで食べずに持ち帰って売却したほうが報酬になるんじゃないのかな」
「しょうがないよ。美味しいんだもん」
「それじゃ、しょうがないか」
中の種だけ残して、二人はあっというまに果実を食べ尽くしてしまった。
この味わいを二人だけで楽しめるのだから、食べずに我慢するという選択肢など存在しない。ももの主張はこうである。
「未知の世界で、未知の美味しいものを食べる。ゆきちゃん、これってプライスレスなんだよ? 報酬とかさ、そういうことじゃないんだよ」
「そっか、そうだね! もも、なんか素敵なこと言うじゃん」
スキル【大食らい】のデメリット。異界でのももは、非常に食い意地がはっている。そして、すぐにお腹をすかせる。
これが今後、どのような影響を二人に及ぼすようになるのか。今はまだ、誰も知らないことである。
そんなこんなで二人は、メチャウマ果実の中央に残っていた種だけを包んで持ち帰ることにした。
一応、これはこれで素材として売却すれば報酬に上乗せされるかもしれないし、自宅の庭に植えて育ててみるのも悪くはない。あるいは持ち帰りが禁止ならばダンジョン屋のゴミ箱に捨てればいいだけである。
一度は果汁と女子中学生のよだれでべとべとになっていた種だが、とりあえずここでは、ティッシュにくるんでリュックにいれておくことにした。
「よし! じゃあ、この調子でドンドン探検しようね!」
「ん。じゃあ、行こうか」
まだまだ、時間は残っているはずだ。
ゆきとももは、口元をティッシュで拭うと。意気揚々と、再び歩き出すのだった。




