スキルと野いちご
ゆきが一人でぬいぐるみ遊びをしている間にも、ももと兄貴のやりとりは続く。
「んで、今回は追加の蘇生と持ち込み道具はどうする?」
「蘇生はプラス一回ずつ……あ、いや、安全なところなら蘇生は基本のままでいいです。お小遣いも心許ないんで、道具も最低限のセットと、あと木刀ふたつお願いします」
基本は、一度死んでしまえば、その場で冒険は終了。身体は巻き戻され、このショップ内に戻ってくることになる。
追加で更に料金を払えば異界蘇生技術を盛り込み、致死ダメージからも即回復する効果を付与してもらうこともできる。しかし今回はそもそも難易度を最低ランクまで下げたのだから、そうそう致死ダメージを受けることなどないはずだ。
同じ理由で、持ち込みの武器なども最低限の木刀程度があれば事足りると判断し、ももは持ち込み品を厳選していく。
「採取用のリュックに全部まとめて入れとくぜ。まぁ難易度的には木刀で十分敵を倒せる程度の場所を選んではおくがよ、気をつけてくれよ? 死んじまったら、回収だってなかなか手間なんだからなぁ」
「はい、頑張ります」
「あんがとー」
今回の武器である木刀を受け取り、荷物のまとめられたリュックを背負う。
それと引き換えになる形で、学生鞄などの私物は兄貴にしっかりと預けておく。スマホの二の舞はゴメンだ。
これにて、準備は万端だ。
「じゃ、タイマーは地球時間で2時間な。安全な場所だが、それでもモンスターはいるから気をつけてくれよな」
「はいー、じゃあ兄貴、デコはんこ! デコはんこ!」
「お願いします、お兄さん」
ドラゴン兄貴は、二人の額に不思議な判子のような物体を押しつけて、そこから『何か』を注入していく。
魔法だかなんだかに関係しているらしいが、ゆきたちにとっては儀式的な『デコ判子』でしかない。冷たくて、少しだけペタッとする感覚がくせになる。デコ判子から湧き上がる『何か』にあてられ、ゆきのうさぎリボンがゆらりと揺れる。
そして最後に兄貴から、ルーム番号の印字された案内表を受け取って、出発だ。
「部屋は10番だ。気をつけて行ってこいよ」
「はい、頑張ってきます」
「よーし、今日も頑張ろうね、もも」
過去、この場所にはカラオケボックスが入っていた。その際の細かい部屋割りをそのまま利用して、異界ダンジョン屋は成り立っている。
各部屋を訪れた客は、その室内に開かれたゲートを利用して各々の目的とする『異界』へと足を踏み入れるのだ。
ゆきたちに示された数字――10番の部屋にはいま、一番安全なレベルの異界へと続くワープゲートが開かれているはずだ。
ゆきが10番の扉の個室を開ける。床と壁だけの部屋の床には、魔法陣らしき紋様が描かれており、それが白く輝いている。
そして、輝く魔法陣から吹き出すように上方向へと広がる光のゲートが、二人の来訪を待っていた。
「じゃ、しゅっぱーつ!」
「ゆきちゃん、むこうでいきなり駆け出したりしないでね」
ゆきたちは、躊躇無くそのゲートへと飛び込んで。
異界へと、出発した。
◇ ◇ ◇
そこは、延々と連なる山岳地帯の、ひらけた高台だった。
空は広く、雲一つ無い青空だ。遥か先にあるべき地平線は全てが緑豊かな山々で囲まれており、この景色がどこまで続いているのかは分からない。山を越えたらまた別な景色が待っているのかもしれないが、女子中学生が徒歩で二時間以内に移動できる距離ではなさそうだ。
これだけ自然に囲まれた環境だと、パッと見た風景だけではここが地球なのか異界なのかの区別は難しい。ただ、しばし足をとめて呼吸をするだけでも『空気』が違うことが感覚的にわかる。
「うわーい、やっぱり異界は空気がきれいだねえ、もも」
「本当だね。ここでお弁当食べたら美味しいだろうなあ」
「今日はがっつり儲けて、次はお弁当持ってこられるようにしようね!」
異界ダンジョンは、入ってすぐに魔物が襲いかかってくることはないため、ゆきたちはまず、この広大な景色を眺めるところからはじめる。
これは、決してそういう安全ルールがあるというわけではない。単に、担当者――この場合はドラゴン兄貴がゆきたちに気をつかってくれているだけである。彼もわざわざ己の顧客の女子中学生たちを理不尽な目に合わせる趣味もメリットもないため、大体の場合はスタート地点は比較的安全な場所から始めてくれるのだ。
「さて、と。とりあえず、スキルはどうかなー」
景色にテンションのあがったゆきが、空中に指を伸ばし、そこから空間をスライドさせるようにして、指をぐいっと下へと降ろす。
すると不思議なことに、実際に空間がスライドし、そこには新たな光の並びが現れた
まるでゲームのような話だが、これはいわゆる『ステータス』というものだ。生まれが地球だとしても、誰しもがなにかしらのスキルを潜在的に所有しており、それを地球人のイメージしやすい形で可視化したにすぎない。
そんな理屈はまったく理解していないが、ゆきはさっそく自分のステータスに視線を向ける。
ゆきの横ではももが、同じように空間に指を伸ばし、ぐいっと空間を下へと降ろしてステータスを表示させていた。
【北風ゆき 人間
身体強化率:7
潜在魔力量:21
所有スキル:直感Lv.3】
ゆきの見ているステータスウィンドウには、ゆき個人の情報が簡潔に表記されている。
一つ目の『身体強化率』とは、身体の強化率だ。普段は魔法を使えない地球人でも、この異界においては潜在的に身に宿している『魔力』の恩恵で身体能力が上がっているのだそうだ。とはいえ、元のフィジカルが基準となっているので、貧弱な女子中学生の場合は強化率が1桁程度では大した恩恵はない。
二つ目の『潜在魔力量』は、ゆきの持つ魔力量だ。これが高い方が、色々と出来るのだろうとゆきは雑に理解している。
そして、最後にゆきの持つ力――つまり『スキル』が表記されていた。
魔力の充満する異界でのみ発動する特殊な力。ゆきのスキルは【直感】と名付けられた力だった。
この能力は、ドラゴン兄貴が言うにはかなりの『当たり』なのだそうだ。この能力は、戦いでモンスターにダメージを与えられる力ではないし、仲間を守る結界や治癒の力でもない。そもそも、具体的に何かしらの現象を引き起こすわけではない。
この能力は、スキル名【直感】というその名の通り、概念的な『直感』を強化するという特殊な能力だ。
ゆきが脳裏に浮かんでくる『直感』に従う限り。それがなんであれ『正解』へと導いてくれるという、ある意味では万能の力だった。
そして、ゆきの横ではももが同様に、己のステータスを確認していた。
【春日もも 人間
身体強化率:12
潜在魔力量:15
所有スキル:大食らいLv.3】
こちらもやはり、そこにはももの『身体強化率』『潜在魔力量』そして『スキル』が表記されている。ももの方が、ゆきよりは身体は強化されているが、魔力は劣っているようだ。
そして、ももの生まれ持った『スキル』。それは【大食らい】と名付けられた力だった。これまた、戦いで有利になるわけでも、仲間を守るわけでもない。現象としてはその名の通り、スキル所有者のももが人並み外れた大食らいになる、という一風変わったスキルである。
普通に考えれば『ハズレ』スキルと考える人のほうが多いだろう。実際、ドラゴン兄貴もこのスキルについては評価に困った顔を見せていた。
だが、意外にも。このスキルは幾度となく、ももとゆきのダンジョン探索に一役買っていた。どのようなスキルであれ、ものは使いようなのだ。
「スキルレベルも、3から上はなかなかあがらないや」
「そりゃ、モンスターに負けて死んじゃってたら、あがるものもあがらないよ」
「それもそうだよね。はぁ、前回は惜しかったなー」
ゆきは名残惜しそうにウィンドウを閉じてから、ももの隣にならぶ。
二人のスキルレベルは3。中学生になってから何度も異界ダンジョンに出入りしているうちに、気付けばここまで上がっていたが、ここ数ヶ月は停滞中だ。
既に十年以上も異界に入り浸っているベテラン異界ダンジョニストたちはスキルレベルが10を超えてカンストしているらしいので、ゆきたちのスキルはまだまだヒヨッ子、これからに期待というレベルだ。
しかし、成長するためにはもっとしっかりとした経験をつんでいく必要がある。ももの言う通り、モンスターに負けて帰還しているようでは成長など期待出来ない。
「ま、いっか! よーし、今日は生きて帰るぞー!」
「それがいいよ」
「じゃ、あっちに行こう! なんか、あっちのほうが面白そう!」
「ん。わかった」
ゆきとももは、片手に貸し出し品の木刀を荒々しく振り回しながら、高台の背後に広がる山の斜面を右手側に進んでいくことにした。そこに大した理由はなく、文字通り、直感頼みである。
ダンジョンに入るときには具体的な目的など作っていない二人だけれど、目の前に宝があったら拾い、目の前に果実があれば食べて、行き先は直感任せ。それが、ゆきたちのダンジョン探索だ。
今時の女子中学生たちは、結構ワイルドなのだ。
学校帰りの制服姿のまま、異界の山道を進んでいく。
セーラー服で山登りなど普通に考えれば無茶もいいところだが、潜在的に身に宿している『魔力』の恩恵で身体能力が上がっているため、険しい山道でも意外と身体は軽い。モンスターとの戦闘となるとまだ頼りない二人の身体強化だけれど、たった二時間の冒険程度ならば問題なく行えるくらいには強化されていた。
なお、制服もなにかと丈夫なつくりなので、汚れはするものの、思いの外平気である。さすがは理事長が異界の名士だけのことはある。
「もも! なんか閃いた! あっちにモンスターがいるよ! 多分!」
「ゆきちゃんが言うならそうなのかな。どうする? 回避する? 不意打ち狙う?」
「むぐむぐ、ちょっとまって! 先にこれ、食べちゃおう」
「あーもう、忙しいなあ」
山道で、野いちごに似た実をみつけて二人して頬張っていると、ゆきが唐突に右手側を指さした。
ゆきが道を選ぶ場合はだいたい根拠のない直感だ。しかし、【直感】というスキルを持つゆきの適当発言は、意外と馬鹿にならない。
とりあえず、手にもった野いちごをまとめて口に放り込んでから、会話を再開する。
「モンスターなら、もちろん倒そう! モンスター素材ゲットだよ!」
「んー、わかった。じゃあ、相手に勘づかれないように、口閉じて静かに向かうよ?」
「んぐ……」
いまからモンスターを不意打ちしようというのに、元気な声で挨拶をするわけにはいかない。
ももは、何か言おうとしていたゆきの唇に指をあてて強引に黙らせてから、モンスターがいるという方向へと歩を進めるのだった。
ゆきの口元に押しつけられたももの指は、野いちごのいい香りがした。




