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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

「BSSは敗北だ」と闇落ちした親友に言われたので、未完の価値を証明することにした

作者: take
掲載日:2026/02/13

俺たちは無敵だった。

俺たちならどこまでもいけた。


俺たちは確かに同じではなかった。

人種も年齢も性格も、何もかも違っていた。

だがその根本が同じだった。

同じだと信じていた。


理屈も、理想も、情熱も、

すべてを並べて、すべてを壊して、すべてを作り直せた。


それなのになぜ、

こんなことになってしまったんだ。







東の国の装いをした男が立っている。

黒の羽織に、静かな色味の袴。

足取りは軽いのに、地面を踏む重みだけは消えない。

男の名は、K・ナツメ。


その視線の先にいるのは。


赤い背景に映える銀灰の髪。

細いフレームの赤い眼鏡越しに覗く、冷え切った視線。

口元に咥えられた煙草は火を灯していない。

だがその表情は、すでに何かを焼き尽くした後の灰のようだった。


フェイ・スレス。


かつて同じ道を歩んだ友。

理想を語り、夜を越え、世界を論じ合った男。


二十代。

まだ若い。

だがその目だけが、妙に老いている。


「久しいな、ナツメ」


声は落ち着いている。

怒りも、激情もない。

ただ、切断する刃のような静けさ。


ナツメは一歩だけ前に出た。


「フェイ」


それだけを言う。

それ以上の言葉は、今はまだ不要だった。


風が吹く。

フェイの赤いレンズが鈍く光る。


「俺はな、間違っていなかった」


その言葉に、かつての面影が滲む。


「間違っていたのはお前だ」


ナツメは静かに返す。


「それは違う」


沈黙。


二人の間に横たわる溝。


同じ道を歩き、

同じ景色を見て、

同じ理屈に酔い、

そして違う答えに辿り着いた。


フェイは笑わない。

ナツメも笑わない。


息苦しいほどの沈黙の中で、フェイが切り出した。


「BSSとは弱者の拠り所、敗北に他ならない」


赤いレンズの奥で、目が細くなる。


「BSSの本質を知っているか? BSSは“不完全”で“未完”だ。何も始まっていない。告白もしていない。一歩も踏み出していない。相手に自分の気持ちを一度も伝えていない」


煙草を咥えたまま、淡々と続ける。

風が揺らす銀灰の髪。その声は揺れない。



「“僕が先に好きだったのに”――あの叫びには、まず後悔がある。始めなかったことへの後悔だ。そしてそれに対する執着。行動を起こせずに失った未来の可能性に縋る感情だ。だがな、可能性など最初から存在していなかった。存在していたのは“存在していると本人が思い込んでいた理想”だけだ。第三者が告白し、関係を成立させた瞬間、それは圧倒的な既成事実によって砕かれる」


フェイの視線がわずかに鋭くなる。


「これほど馬鹿げた話があるか。奪われたのではない。最初から掴んでいなかっただけだ。自分の中で育てた淡い妄想。あったかもしれない未来。いつかという曖昧な夢。それらが、現実という形を持った他者によって否定される。その瞬間に“奪われた”と錯覚する。誰も奪ってなどいない。同じ対象に同じ感情を抱いていたとしても、行動した側とそうでない側の差は明白だ。動いた者と、動かなかった者。その優劣は火を見るより明らかだ。動いた行動した側は優れ、そうでない側は劣る。ただそれだけの話だ」


ナツメをまっすぐに見据える。


「それでも動かなかった者は、時間的優位に縋る。“先に好きだった”と。だが時間は実力ではない。与えられただけの偶然だ。それを優位と呼ぶのは、実力から目を背けるための言い訳だ。“順番さえ守れば自分のものだった”――その理屈がどれほど幼稚で他責的か、理解しているか?」


わずかな沈黙が続く。


「悪いのは誰だ? 先天的要因の不利を、後天的努力で覆した者か? それとも先天的優位に胡坐をかき、努力を怠った者か?自分が動かなかった。ただそれだけの事実を受け入れられないから、“先に好きだった”という唯一の優位に縋る。未完の夢を、不完全なまま凍らせる」


赤いレンズの奥の目が、冷たく光る。


「BSSは終わらない。終われない。終わればそれはBSSではないからだ。満たされることのない絶望を抱え、永遠の現在に留まり続ける感情だ」


一歩も動かず、ただ言葉だけが前に出る。


「伝えたが叶わなかった者もいる。だがそれすら、自らを騙し、優位性に縋り、敗因を外に求める。“容姿が”“家柄が”“才能が”――勝てない理由を並べる。その思考の行き着く先に待つ敵は、何よりも恋焦がれたはずの相手だ。“そんな人間とは思わなかった”と理想を貶め、自尊を守る。なんのために恋焦がれ、なんのために求めたのか。自らの理想すらも忘れる愚は見るに耐えぬ」


煙草を指で弾く。

指が震えている。


「BSSは失恋とは違う。失恋は失ったと認める。終わる。だがBSSは違う。失いつつある、失うかもしれない、その曖昧な現在に留まり続ける。恋慕の対象は、最初から未完の理想像でしかない。触れないからこそ汚れず、拒絶されないからこそ完璧でいられる」


そして、決定的に言い放つ。


「BSSとは、自ら行動する現在も、本当の相手を受け入れる現在も選べなかった者の末路だ。慰めでしかない。弱者の拠り所だ。敗北だ。未完を美徳と呼ぶな」


その視線は、かつて隣に立っていた友へ向けられている。


「違うと言うなら、証明してみせろ、ナツメ」


フェイの言葉が風のように通り過ぎたあと、

しばらく誰も口を開かなかった。


ナツメは目を伏せ、そしてゆっくりと顔を上げる。


「……言いたいことはわかる」


声は低く、落ち着いている。


「確かに、行動しなかった。確かに、可能性は現実には存在していなかった。確かに、時間的優位は実力じゃない」


フェイの目がわずかに細まる。


「だがな、フェイ」


ナツメは一歩踏み出した。


「未完であることは、無価値であることとは違う」


沈黙が揺れる。


「始まっていなかった、だから存在しなかった――そう言うのは簡単だ。だが未来は、いつだって存在していない。存在しているのは“選べたかもしれない理想”だけだ」


風が二人の間を抜ける。


「BSSが痛むのは、その理想が閉じる瞬間だ。掴んでいなかったから無かった、ではない。掴む前に閉じた。だから痛む」


ナツメの視線は逸れない。


「行動しなかった者は劣る、とお前は言う。だが人間は、いつでも動けるわけじゃない。恐れも、未熟さも、自信のなさもある。それを切り捨てたら、ほとんどの恋は罪になる」


フェイの眉がわずかに動く。


「BSSは他責だ、と言ったな」


ナツメは小さく首を振る。


「本当に他責なら、相手を憎み、奪った者を呪う。だが成熟したBSSは違う。自分が動かなかった事実を、黙って抱える」


静かな声が、少しだけ強くなる。


「未完は逃避にもなる。未完は救いにもなる。成立した関係は必ず変質する。摩耗し、傷つき、現実に削られる」


赤いレンズに、ナツメの姿が映る。


「未完の想いは、まだ誰も傷つけていない。まだ嘘を混ぜていない。真実を内包したまま。あるべき純度のまま、残る」


フェイは何も言わない。


ナツメは続ける。


「勝敗で測るから劣等になる。恋は競技じゃない。動いた者が勝者で、動けなかった者が敗者――そんな単純な話なら、人間はこんなに複雑じゃない」


わずかな間。


「お前は理想像を幻想だと言ったな。そうだ。幻想だ。だが理想を抱くことは罪か?」


そんなことはないはずだ、とナツメは言う。


「理想を持てた時間もまた、その人間の歴史だ。現実に踏み込めなかった時間も、その人間の一部だ。違うか?」


ナツメの声は揺れない。


「BSSは停滞じゃない。終わらせる勇気が追いついていないだけだ。人はすぐに強くなれない」


そして、静かに言い切る。


「BSSは敗北じゃない。弱さを否定しきれない心の形だ。その弱さをお前は切り捨てた。俺は抱えた。それだけの違いだ」


赤いレンズの奥を、まっすぐ見据える。


「未完は終点じゃない。未完は、まだ終わらせていないだけだ」


ナツメの目は厳しくも優しい。

かつての親友に向ける目と同じだ。


「お前が闇に堕ちたのは、弱さを憎んだからだ、フェイ」


その名を、かつてのように呼ぶ。


「だが人間は、弱いままでも前に進める」


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