第4章『境界』 第2節 残響の家
人の痕跡を強く感じるこの地で男の心は揺れ動く
見つけたかった、ただ世界が生きている証拠を
街の外れに、一軒の家が残っていた。 壁は崩れかけ、屋根の一部は陽を通している。 それでも、扉は不思議とそのままだった。 男は静かに手をかけ、軋む音を立てながら中へと足を踏み入れる。
空気は乾いているのに、どこか温かい。 長い年月が経っているはずなのに、家具の位置も、食器の並びも乱れていなかった。 まるで住人が「またすぐ帰ってくる」とでも思って出ていったように。
男は部屋を一巡し、テーブルの上に目を留めた。 そこには、埃をかぶったマグカップと、手編みの帽子が置かれていた。 糸はところどころ解けかけていたが、丁寧に編まれた跡が残っている。 彼は帽子を手に取り、指先でその編み目をなぞった。
──温かい。
それは確かに、人の手で作られたものだった。 機械が描く精密な線でも、人工繊維が織りなす均一な模様でもない。 不揃いな針のあとが、妙に心地よかった。
ふと、彼の腕に光るデバイスが小さく反応した。 そこに映る自身の姿――光沢のあるコート、無機質な腕輪、 そして掌の中にある柔らかな毛糸。
その対比が、胸の奥でゆっくりと響いた。
「……俺も、まだ“今”にいるんだな」
帽子をそっとテーブルに戻し、男は窓の外を見た。 雲がゆっくりと流れ、陽の光が傾き始めている。 街の沈黙の中で、時間がほんの少しだけ動いたように感じた。
第4章『境界』第2節 残響の家
お読みいただきありがとうございます。4章も残り後1節
手編みの帽子に確かに感じた温もり、彼が見つけたものとは、、?注目の次節!




