第1章『人の極致』 第3節 残響
ネオンの街の奥へと向かう男
響く足音、遠くに聞こえる機械音声。
この街は、やはりもう、、
街の奥は、奇妙なほど整然としていた。ネオンは規則正しく明滅し、路面は一滴の汚れもない。それなのに、空気は死んでいるように重く、息をするたびに無音が肺を満たした。 人影のない世界で、男は歩き続けた。
どれほどの時間が経ったのか、彼には分からなかった。 懐中時計はとうに止まり、時の感覚もすでに失われている。 ただ、無数の光と影が絶え間なく形を変え、 それが彼を、まるでどこかへ導くかのように道を照らしていた。
──そのときだった。
沈黙を貫いていた街の中に、 小さいが確かに存在する音が混じった。
チッ。
人工の音ではない。 規則的で、微かに震えを伴うその音は、まるで呼吸のように生きていた。 男は立ち止まり、音の方向へとゆっくり顔を向けた。
建物の隙間から漏れる、淡い白光。 その中心に、古びた懐中時計が置かれていた。
小さな傷がいくつも刻まれている。 けれど、埃ひとつ積もっていない。 まるで、ついさっきまで誰かが手入れをしていたかのように、 金属の縁はわずかに温かく光を返していた。
男はそっと近づき、しゃがみ込んだ。 秒針が正確に刻むたび、音は胸の奥にまで響いた。 チッ、チッ、チッ──。
それは懐かしい鼓動のようだった。 彼の中で長く沈黙していた何かが、同じリズムで震え始める。
街の光がゆっくりと揺らいだ。 ホログラムの一部が乱れ、かすかな残像が浮かぶ。 笑う誰かの顔、差し出された手、そして温もりのような輪郭。
男は息を呑んだ。 だが次の瞬間、映像は波紋のように消え、光は再び整然と戻る。
静寂だけが残った。 懐中時計はまだ、淡々と時を刻んでいる。
男はそれを手に取らず、ただ耳を寄せた。 音を確かめるように、ひとつ深く息をした。 ──この世界に、まだ“生きた音”がある。
彼はゆっくりと立ち上がる。 懐中時計の音を背に、再び歩き出した。 街の光が彼の背を照らす。 その足音は、かすかに時を追い越して消えていった。
第1章『人の極致』完
ここまでお付き合い頂きありがとうございました。
人の技術が進み過ぎたネオンの街、そこで彼は生きた音を見つける。この懐かしい鼓動は一体、、?
物語が少し動き始めましたね!次回より第2章始まります!




