第八話 ゲームマスターからの招待
試合終了後、ユウはプレイヤーたちの宿舎区画内にある、彼の部屋へと戻ってきた。
激戦を終えたユウは、疲労に満ちた身体をベッドへと投げ出した。
ナナミの封印を解いたことで、自分の中にあった「罪悪感」は少しだけ薄れたように思えた。
だが、同時に思い知った。
このゲームのシステムそのものが、狂っている。
魔物の封印、人間の封印、それらを「戦力」として奪い合うこの世界。
願いのために、人の命さえカードに変える。
──本当に、自分はこのまま勝ち続けていいのか?
そんな問いが頭をよぎる中、ドアの下から一通の封筒が差し込まれた。
ユウはすぐにそれを手に取った。
封筒の色は、白。
「黒じゃない……。確か、試合の招待状は黒封筒のはずだ。それじゃ、この白封筒は、別の内容なのか?」
白封筒の内容は次のとおり。
差出人:ゲームマスター【マリウス】
内容:管理区画「ミラージュルーム」への招待
条件:次回対戦前に一度限り入室可能
備考:セレスティアの運営に関する一部情報の閲覧許可を与える
「ゲームマスターから? 管理区画への招待だって?」
まさか、自分に運営側からこのような機会が与えられるとは思ってもいなかった。
「一体、何のために?」
「さあな。だが、行くしかないだろう。何かあれば、私を解放してくれ。必ず君を守る」
ライザのカードがユウに語りかける。彼女も、何かを感じ取っている。
ユウは覚悟を決めて、ミラージュルームへ向かった。
ミラージュルーム──ゲームの管理者たちがいる、無機質な空間には、真っ白な壁と無音の世界が広がっていた。
そしてたどり着いた部屋の奥にいたのは、黒スーツに身を包んだ一人の男だった。
「ようこそ、ミラージュルームへ。私はゲームマスターのマリウス。君は対戦相手をカードに封印した。我々は君のようなイレギュラーなプレイヤーが現れるのを、ずっと待っていたんだよ」
男は笑った。だが、その目は「試している」目だった。
「ボクがイレギュラー? 対戦相手を封印するのはそんなに珍しいことなんですか?」
「ああ。ルール上は問題無いが、実際に行ったのは君が初めてだよ。だから、私は君をここに招待したんだ。君にもこのゲームの本質を知ってもらおうと思ってね……」
彼が指を鳴らすと、空中にホログラムが浮かぶ。
それは、プレイヤーの統計情報だった。
・現在のプレイヤー数:448名
・脱落者数:152名
・封印されたキャラクターの総数:2312名
・うち、封印状態のままゲームから消滅した数:312名
「……『消滅』って、どういう意味ですか?」
「文字通りの意味だ。カードに封印されたまま使用されなくなったカード、そのキャラクターの存在はやがて『この世界から完全に削除される』」
「そんな! それじゃあ、そのキャラクターは死ぬんですか?」
「似たようなものだが、厳密には『死』ではないよ。スペルカードに登録できるものは有限なんだ。私たちは容量が足りなくなるのが一番困るのでね。だから、彼らの存在はデリートされて、この世界の人々の『記憶』からも抹消される。簡単に言えば、最初から存在しなかったことになるんだ」
その話を聞いたユウは、胸がキツく締め付けるような感覚に陥った。
「だが、君がアシュリーを倒したあと、彼女をカードに封印したことで、想定外のことが起きた。先ほど話したとおり、我々は所有者がいなくなったカードはやがて消滅すると考えていた。だが、今回アシュリーが封印されたことで、彼女の封印していたカードのキャラクターが消滅することなく、解放されたんだ」
「確かにあの時、アシュリーの持っていたキャラクターカードのナナミは実体化しました……」
「彼女はまだ、ギリギリのところで人格を保っていたから解放されたのだろう。だが、封印されたキャラクターの中にはそうでない者も多い。多くのキャラクターはカード化された後、所有者に酷使されて、精神が壊れていくんだ。所有者の命令には逆らえないからな。そうして、自我を失ったキャラクターは、カードと完全に一体化してしまう。その場合、解放されることはまずないと言っていい」
──カードにされた人間は、命令に逆らえない。
──それでも、心がある限り、生きている。
だが、その心すら、時間とともに『破壊』されてしまう可能性があるという現実を、ユウはあらためて思い知らされた。




