第6話 犯人探し
「どうなのだ?」
太医が鍼を花娘子から抜くと、首を横に振った。
「無能な我らに罰をお与え下さい!」
「何だと!?国中の大医(名医の事)をこれだけ揃えて、誰1人として花娘子を救えぬと言うのか!!」
8人ほど集められた太医(朝廷に仕える専属医の事)達は、床に平伏して陛下の許しを乞うた。
「おぉぉ、花娘子よ…。生きてくれさえすれば良い。花娘子が死んだら、太医は全員処刑する!下がれ!役立たず共!!」
徽宗皇帝は激怒して、太医達を下がらせた。それを聞いて大臣らが諫めた。
「お待ち下さい、陛下。太医らを処刑してしまえば、陛下の玉体を誰が診ると言うのですか?お考え直し下さい!」
平伏した大臣を徽宗皇帝は「捕えよ!」と怒鳴った。その大臣は「陛下!私は陛下の御為に!陛下!!」と叫びながら引き摺り出されて行った。
聡い童貫らは、今の花娘子の容態は徽宗皇帝の逆鱗に触れると悟り、何も言わずに見守っていた。
「陛下、少しお休みなられては如何ですか?」
大監がそう言うと、徽宗皇帝は怒って「側を離れぬ」と言うとよろめいた。
「陛下、花娘子が目覚めた時、陛下が玉体を煩わされたと聞けば、責任を感じる事でしょう。どうかここは我々に任せて、陛下は少しお休み下さい。花娘子が目覚めれば、直ぐにお報せ致します」
童貫がそう言うと、徽宗皇帝は大監に支えられて寝室に向かった。
「で、どうなのだ?犯人は分かったか!?」
「はっ!全力で捜索中で御座います」
当然、料理を作った尚食局の者が1番に疑われる。しかしその後、毒味役も口にしているのだ。問題は、どの段階で毒を入れられたのかだ。
このお膳は、たまたま花娘子が口にして毒に倒れたが、陛下のお膳である。狙いは陛下であったのは間違いない。
尚食局の者ら十数名と、毒味役やお膳を運んだ宦官らを捕らえて拷問の最中だ。彼らの中に犯人がいるのであれば、そろそろ自白する頃合いだ。
「うっ…う、う…」
「花娘子!」
朦朧とする意識の中で、大勢の人から名を呼ばれている気がしたが、再び意識が遠退いた。童貫は、下がらされた太医を大声で呼び戻して容態を診させた。
俺は意識を取り戻して目を開けると、徽宗皇帝は俺の右手を握ったまま眠っていた。
「おぉ、花娘子!陛下、陛下、花娘子が目覚めましたぞ!!」
徽宗皇帝はその言葉で飛び起き、太医を呼んで俺の脈を測らせた。
「もう大丈夫です。峠は超えました」
それを聞いて他の太医達も、安堵して涙を流した。処刑される所だったのだ。泣いて安堵するのも無理は無い。
「皇上…ご心配おかけ致しました…」
「良かった…本当に…頑張ったな…」
徽宗皇帝は涙で声を詰まらせた。
「花娘子、陛下が一睡もせずにここまで心配する相手は、貴女だけですぞ!」
「余計な事を言うで無い!」
徽宗皇帝は大監を嗜めた。
「皇上、それで犯人は何者の仕業でしょうか?」
「うむ、今は尚食局の者と毒味役を拷問しておる。真相は必ず究明させるから、安心して休むが良い!」
「いけません、皇上!彼らは無実です。直ぐに解放して下さい!」
「何故そう言い切れる?」
「料理を作った尚食局が最初に疑われるのは誰にでも分かる事。犯人がその様な危険を冒すでしょうか?毒味役も食べたフリなど出来ませぬ。最も疑わしいのは、毒味役からお膳を受け取って料理を並べた宦官です。そのタイミングであれば、毒を入れる事も可能でしょう。そして、これは皇上を狙ったものでは無く、最初から私の命を狙ったものです」
「朕では無く、其方の命を狙ったとな?」
「はい、あの時宦官は、大きな魚を皇上の方に置きました。皇帝であるから当然であり、不自然さを感じませんでした。私は身をほぐして皇上に取り分け、私は小さい魚の身を取って食べました。それに毒が仕込まれていたのですから、犯人は最初から私の命を狙っていたのです」
「聞いたな?童貫」
「はい、直ちに捕えます!」
「童貫様お待ちを。お分かりと思われますが、宦官が理由も無く私の暗殺など企てたりはしません。何の接点も御座いませんから。お金か脅されての犯行でしょう。それならば黒幕がいるはずです」
「言われなくとも分かっておる」
童貫は徽宗皇帝に礼をして、退室して行った。
念の為、ここら辺で解説しよう。日本では皇帝陛下と言う事が多い言葉も中国では、「皇帝」は文章での書き言葉であり、口頭での呼び方は一般的に「陛下」である。
しかし名詞として「皇帝」と口にする事もあるし、太后(皇太后)など皇帝よりも目上の人間が「皇帝」と呼ぶ事もある。
「皇上」は、「私の陛下」と言う意味がある通り、皇帝に近い関係の者が呼ぶ事が許される呼び方だ。だからそう呼ぶのは主に、皇后を始めとする妃嬪達だ。
だが一概にそうとも言えない。かつての寵臣が罪を犯し、重い刑罰を与えられる時に、「皇上!今までの私の忠義と功績に免じて、何卒お許し下さい!」などと必死に訴える場面などでは有り得る呼び方だ。要は甘えているのである。
そう言えば今までステイタスを見た事が無かったと思い、半信半疑で唱えてみた。
『ステイタスオープン』
そう唱えると、空中にタブレットの様な物が浮かんだ。こちらの世界での顔写真の横に、花娘子と名前が書かれていた。
スキルの欄に目を移すと、『二天一流』『天然理心流』『薬丸自顕流』『不死(死からの生還)』『天眼』『鑑定』のスキルが並んでいた。
「何だこれ!?『不死』のスキルって、まさか本当に不死になったのか?」
スキル名をタップして詳細を確認すると、『寿命以外(怪我や病気、毒など)での死を回避する』と書かれていた。
「完全にチートじゃないか!?」
こんなスキルがあるなら、1人で敵陣に斬り込んで斬られても死なないから、無敵と同意だ。
「鑑定だって?いつの間に…」
詳細を確認すると、料理に含まれる毒も判別出来るらしく、このスキルにもう少し早く気付いていれば、今回の騒ぎは防げたのにと後悔した。
正直、もう起き上がってもピンピンしているのだが、敢えて寝た切りとなって弱々しく振る舞った。黒幕を油断させようと思ったからだ。
しかし残念な事に毒を入れた宦官は、首を吊っていた。恐らく口封じの為に殺されたのだろう。この宦官に接触した人物を追って探していたが、巧妙に証拠を消されており、追跡不明となった。
徽宗皇帝の怒りは収まらず禁軍を派遣して、その宦官の九族を皆殺しにしてしまった。
「どうだった?」
俺は高俅か妃嬪達の誰かだと疑って、彼らの行動や事前の動きを探らせていたが、不審な点は無かったと言う報告を受けた。
「違うのか?それなら一体誰が…」
犯人が分からなければ、また命を狙われるに違いない。だが今度は『不死』のスキルを得た。来るなら来い!と意気込んで、俺は眠りについた。