第5話 花娘子、暗殺される
「陛下、蹴鞠は相手が居なければ真価を発揮する事が出来ないでしょう。宜しければ、私が高俅殿のお相手を致しましょう」
「何と面白い、花娘子は蹴鞠も出来ると申すのか?許す。朕に見せてみよ!」
「是、陛下(畏まりました、陛下)」
俺はこう見えても学生時代、全国高等学校サッカー選手権大会にも出場した事がある。古代の技術よりも洗練された現代サッカーの技術を見せつけてやる。
そう意気込んだものの、確かに高俅の蹴鞠の技術は一級品だった。リフティングを繰り返して蹴鞠を俺に取られない様にし、ゴールである小さな穴にシュートして、穴に仕掛けられた鐘を鳴らした。
「上手いな…」
俺は蹴鞠を奪うと、1度も蹴鞠を地面に着けずに運び、シュートを放って鐘を鳴らした。
「好!(良いぞ!)」
俺が直ぐに点を取り返すと歓声が湧き起こり、徽宗皇帝も興奮して立ち上がり喜んで応援してくれた。一進一退の攻防が続き、点を取られたら取り返すを繰り返し、互角の戦いを演じた。
「はぁ、はぁ、はぁ。恐れ入ったぜ高俅…」
高俅は40代だろう。今の俺はピチピチの10代だ。徐々にスタミナの差が出て来て俺は優位に立った。
「喰らえ、シュート!」
高俅に2点差を点ける鐘が鳴ると同時に、終了の合図で太鼓が打ち鳴らされた。
「見事、見事だ、花娘子!!」
俺は高俅に礼をし、徽宗皇帝に向き直って礼をして手を振った。終始皇帝は笑顔で喜び、高俅にも「良い勝負であった」とお褒めの言葉を与えていた。
しかし高俅は、俺に負けた事に不服そうだった。それは当然だろう。蹴鞠とお世辞の上手さで、今の地位まで登り詰めた男だ。公衆の面前で自慢の蹴鞠が敗れ、面目を潰したのだ。内心は怒り心頭なはずだ。
「高俅には恨まれたが、これで良い。こちらの挑発に乗ってくれなければ、手出しが出来ないからな」
俺のバックには、徽宗皇帝と童貫が付いている。完全に虎の威を借る狐だが、上等だ。これくらいで無いと、水滸伝最大の悪役である高俅と渡り合え無いだろう。
「清風寨で争いが起きて副長官の花栄に長官の劉高が斬られ、青洲軍の秦明、黄信らも降伏し、そのまま梁山泊に降っただと?」
それから程なくして、宮中でその様な噂話が何処からともなく囁かれていた。俺は皇城司の配下を送り込んで、それよりも先の情報を掴んでいた。
清風寨では官軍に攻められても守り切れない為に、梁山泊入りする事を宋江は決めて向かっている最中に父親の危篤を報され、花栄らには自分の手紙を梁山泊に渡せば入山出来ると伝え、自分は父親の元へと急いだ。
しかしこれは宋江を捕える為の罠であり、追い詰められた宋江は自ら出頭して江州へ流刑となった。報告を受けたのは、ここまでだ。
「ご苦労、下がって良い!」
既に宋江が江州に流刑されるまで話が進んでいる。江州では、黒旋風・李逵を含めた多くの豪傑達が仲間入りする事になる。その後、更に石秀らを仲間とした後に祝家と扈家の連合軍との争いとなる。ここで有名な美少女剣士である一丈青・扈三娘が仲間入りする。
ちなみに彼女の渾名である一丈青とは、一丈(実際に一丈の長さがある訳では無く、この場合は長いと言う意味)ほどもある刺青と言う意味であるから、背中からふくらはぎ位までにかけて刺青が入っていたのであろう。日本人は刺青に対して良い印象は無いが、中国では西洋のタトゥーと同じくファッションの1つに過ぎない。
「いよいよ始まるな…」
扈三娘らが梁山泊に降った後、高俅の従兄である高廉が率いる官軍が梁山泊の討伐を始めるのだ。いよいよ始まるとは、官軍と梁山泊の戦いが始まると言う意味だ。
高廉が敗れると、激怒した高俅が呼延灼将軍を梁山泊の討伐に派遣する事となる。梁山泊に取っては、試練が続く。
「遼国の使者が来るって?」
そんな事は、水滸伝には書かれていない。作品自体が史実を元にされている為に、その影響があるのかと思った。
もしそうであるなら金国と戦う時に童貫は、あの韓世忠ら抗金の英雄達を率いる事になる。韓世忠は水滸伝には出て来ないし、更にその数年後ともなれば金国相手に不敗を誇った岳飛も活躍する事になる。
今は政和7年(西暦1117年)だから、岳飛が遼国と戦う義勇軍に参加するのは宣和4年(西暦1122年)で後5年後だ。会える可能性は十分にあるが、水滸伝には登場しないから、やはりこの世界では存在しない人物かも知れない。
遼国の使者を礼部がもてなす準備を命じられた。それに伴い、後宮の尚儀局や尚食局なども慌ただしく準備を始めた。
これは重要な外交であり、異民族に対して中原(中華)の国の文明と武威を示して、この強大な帝国に対して叛心を抱かせない様にする為でもあった。
孫子で言う所の「戦わずして勝つ」為に重要な外交であった。いざ遼国と戦となれば、外交でもてなす比では無いほどの国費を削り、その負担は全て民の肩にかかる事となる。徴兵されたり、敵に略奪され家財や妻や娘など全てを失うのも民だ。
だから戦争を回避する為に、国を挙げて使者のもてなしに全力を尽くす。失敗などあろうものなら、即処刑されるだろう。
皇城司も禁軍と一緒になって、遼国の外交官を警護する事となった。だけど俺は相変わらず、徽宗皇帝の側を離れる事は無かった。
重役出勤とは良く言ったもので、入朝は皇帝が最後で、退朝は皇帝が最初である。だから俺が皇帝に寄り添って入朝した時は、皇后を始めとする妃嬪達も揃っていた。
妃嬪達は俺を好奇の目で見る者、嫉妬からなのか殺意を向ける者など様々で、中でも王貴妃からは押さえきれない殺気がダダ漏れだった。同じ四妃である劉安妃(徳妃が存在せず代わりに安妃)と韋賢妃、それから夏昭儀からも肌を刺す様な殺意を感じ取れた。恐らく彼女達は、王貴妃派なのだろう。
後宮の妃嬪達は、皇后の派閥か貴妃の派閥に入り後ろ盾を得て対立し、その恩恵に預かるのが普通だ。
王貴妃に対して王皇后の方は、何を考えているのか全く読めない。感情を表に出さないタイプなのだろう。直情的なタイプよりも、こう言う腹黒タイプの方が余程怖い。
妃嬪達に取っては、妃嬪でも無い俺が皇帝から寵愛を受ける事は面白く無いだろう。派閥争いも一時的に休戦して共闘し、俺を陥れようと敵視して来る可能性は大いにある。
徽宗皇帝の姿を見て妃嬪を含めた家臣一同は、席から立ち上がって跪き万歳三唱をした。
「陛下!万歳、万歳、万万歳!」
「免礼!(楽にせよ!)」
「是、陛下!(感謝します、陛下!)」
一同は立ち上がって着席をし、そこからは乾杯や献杯など形式的に行われて、尚食局がこの日の為に腕を奮ったご馳走様がテーブルに並んだ。もちろん大監が銀針で毒が無いか確認し、毒味役が口にして合格した料理だ。
俺は運ばれて来た魚料理をほぐして骨を取り除き、陛下の茶碗に乗せた。
「其方も食べるが良い」
お礼を言って一口食べると、周りの景色が揺らいで床に倒れた。そして頭の中に言葉が響いた。
“毒の成分を検知しました。毒耐性で抵抗を試みます!”
“失敗しました。猛毒である為、抵抗するには毒無効のスキルの取得が必要です!”
「YESだ!」
“毒無効スキルの取得に失敗しました!”
“毒耐性スキルでは、これ以上抵抗が出来ません!”
“危険です。生命を維持出来る確率が15%を切りました!”
“全ての耐性スキルを犠牲にして、生命維持の確率を上昇しますか?”
「…」
俺は昏倒し、意識を失った。