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転生したら、どうやら水滸伝の世界に迷い込んだみたいです  作者: 奈津輝としか


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第45話 李逵、夢の中で秀士に会う

 晋の田虎を討伐するにあたって、宋江は皆を招いて(うたげ)を開いた。これには義兄弟たちとの末期(まつご)の酒、明日の生死も分からない(明日の戦で死ぬかも知れない)その為の別れの酒であり、必ず皆生きて再び共に酒を飲もうと言う意味が込められていた。


 李逵は程よく酔うと、イビキをかいて眠ってしまった。眠ったはずなのに、宋江らが食事をしているのを見ていた。外は雪が降っており寒さに震えていると、自分もいつの間にかに手にお椀を持っていて、お椀に(こぼ)れるほど入っていた(あつもの)(スープ)を飲んで袖を汚した。

 これは夢かと思ったが、口の中に温かい(スープ)の温度や後味を感じた。するとそこへ一匹の大虎が現れて、亡き母を喰らわんと走り出した。


「おっかぁ、危ねぇ!」


 李逵は板斧を取り出して亡き母を守る為に全力で走り大虎に追いつくと、母が食われるよりも速く大虎に二丁斧を振り下ろした。大虎は断末魔を上げて動かなくなった。


「おっかぁ、たとえ夢でも守れて良かった。現実では守ってやれなくて、許してくんろ」


 李逵は号泣して亡き母に謝った。自分がこんな夢を見るのは、母がまだ成仏出来ずにこの世を彷徨(さまよ)っているからに違いないと思い、自分は母の魂を慰める事も出来ない親不孝者だと泣いて許しを()うた。


 暗闇が訪れ母の姿はなくなり、今度は何故か宮中にいた。ふと見ると、そこには憎き仇である高俅と童貫の姿が見えるでは無いか。板斧を両手に握り締めると、重機関車の如く突進した。行手を(さえぎ)る禁軍を1人、また1人と叩っ斬りながら進み「奸賊、覚悟!」と()え、遂に高俅と童貫を二丁斧で真っ二つにした。


「うおぉぉぉ!」


 勝利の雄叫びを上げると、今度は真っ白な空間の室内にいた。真っ白だと思ったのは、雪が降っていたからだった。何処から現れたのか、目の前に秀士が立っていた。


「田虎の賊徒を討伐せんと欲するならば、必ず瓊矢の鏃と親しむべし。これ、田虎を破るのに必須条件である。しっかりと記憶し、必ず宋首領に伝えよ!」


 そう言い残すと、その秀士の姿は消えて見えなくなった。


 李逵は目を覚ますと、今見た内容の話を皆に聞かせた。夢の中で亡き母を助けて虎を殺した話や、夢とは言え高俅や童貫を殺したシーンの話をすると、皆は大喜びで(はや)し立てた。最後の秀士の話を宋江と呉用が聞いたが、何を意味しているのか分からず、所詮は夢だと気に留めなかった。

 安道全ただ1人だけが「瓊矢鏃」と(つぶや)き、理解している様子でニヤニヤしたが、どう言う事なのか口を開く事は無かった。安道全は、張清が喉を矢で射抜かれて治療をしている時に、張清が夢の中で石(つぶて)の技を瓊英と言う少女に伝授した話を聞いており、その名を知っていたのである。

 瓊英は石(つぶて)の技量を田虎に認められ、瓊矢鏃と呼ばれる様になるのだが、この時はまだそう呼ばれてはいない。だから安道全は、瓊矢鏃と瓊英が同一人物だろうと推測したに過ぎない。憶測で物を言わないのは、いかにも医者らしい。


「雪が()んだら、兵を進めましょう」


 呉用は宋江に進言した。いつの間にかに

、外は雪が降っていた。



 翌朝、雪が止んだので、梁山泊軍は進軍を開始した。しばらく進むと、李逵が興奮して叫んだ。


「宋兄貴!あれだ、あの山だ。おいらの夢の中に出て来たんだ。秀士が天池嶺って言ってたんだ」


 宋江は(いぶか)しんで、この辺りの地形に詳しい耿恭を呼んで(たず)ねた。


「はい、李逵の言う通り、あの山は天池嶺と言います。房山は州城の東に在り、(まさ)に叫びて『天池嶺』と()すべしと。()の山、果して天池嶺なり。()(いただき)の石崖、城郭の如し。昔人、兵を避くるの(ところ)なり。近來の土人説くらく、 ()の嶺に靈異(れいい)あり。夜間石崖の中に、往往(おうおう)に紅光の照耀(しょうよう)するあり。又、樵者(しょうしゃ)(木こりの事)の岸畔(がんぱん)に到る有り、異香ありて鼻を()つと言って、土着の民は(おそ)れて近づこうとはしません」


「これは驚いた。李逵の夢と符合するではないか」


 壺關(関)原は山の東麓にあり、山の形は(つぼ)に似る。漢時(漢の時代)、始め関を(これ)に置き、(これ)に困りて叫びて壺關(関)と()す、とある。


 宋江達は、不思議な事もあるものだと感心した。秀士は恐らく神仙の使いに違いない。李逵の夢に出て来て、田虎を破る策を(さず)けてくれたのだろう。思えば花娘子(ファ・ニャンヅゥ)も去り際に、それらしき事を言っていたではないか。


 60里も進むと壺関に出た。林冲を主将に、張清らも先鋒として続いた。壺関の主将は固く守って梁山泊軍を迎え討った。しかし誘引の計で深追いした配下を救う為に撃って出て来た所を張清の石(つぶて)によって重傷を()わせた。その後、壺関は沈黙し、いくら挑発しても乗って来ず攻めあぐねた。


「うむむむ。これでは打つ手立てが無い」


 林冲は内心焦った。


「林将軍、ここは軽々しく動く事の無い様に。孫子に、『勝つ可からざるは守り、勝つ可きは攻む』(勝てなければ守り、勝てれば攻める)とあります。こちらも守りを固めて、被害を抑えるのが上策でしょう」


 呉軍師が進言すると、宋江は「軍師の言、(はなは)だ善し」と言って守りを固めさせた。


 そうは言っても(いくさ)は古来より、兵糧の確保に頭を悩ませて来た。今の所は十分に兵糧はあるが、(いくさ)が長引けば、そうも言ってられなくなる。林冲は、頭を悩ませて溜め息をついた。


 戦線が膠着(こうちゃく)状態に(おちい)った。すると、壺関の武将である唐斌が内応して、矢尻に絹を巻き付けて梁山泊の陣に射込んだ。絹には、壺関を破る策が書かれていた。


「おおぉ、唐斌が内応して関の門を開くとある。呉軍師の読み通りだ。神算鬼謀とは、まさにこの事。誠に現代の諸葛亮であるな」


 宋江が呉用をベタ褒めすると、呉用は照れ臭そうに謙遜したが、満更でも無い様子だった。呉用ほどの知恵者ですら、科挙の殿試(最終試験の合格者)にはなれなかった。

 寒門(貴族以外の出身者)の身であったからだ。貴族達は科挙の試験官に賄賂を送り、または権力で圧力をかけて自分達の派閥となる者を優遇して合格させていたのだ。

 呉用は試験こそは満点のトップであったにも関わらず、庶民で後ろ立ても無い為にふるい落とされた。誇りを傷付けられ憤ると同時に、こんな世の中にした政治を憎んだ。世の中を正そうと、晁蓋に誘われて断らずに仲間となったのは、そう言う経緯(いきさつ)があったからだ。


 何はともあれ壺関は、唐斌の呼応によって門が開くと、梁山泊軍は雪崩込んだ。こうして梁山泊軍は、難攻不落と言われた壺関を突破する事が出来た。

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