第40話 岳飛、再び
劉白天が呪文を唱えると、失われた手足を取り戻した。両手をグー、パー、グー、パーを繰り返したり、その場で軽くジャンプしたりして、手足の具合を確認した。どうやら、すっかり元通りになったみたいだ。
ほっと胸を撫で下ろすと、約束だと言って劉白天は押し倒して来た。これで最後だと思い、目を閉じて抵抗せずに受け入れた。行為が終わると、未練がましくイチャついて来たので、抵抗した。
「もう止めて。もう終わりよ」
「そんな…俺の事、少しでも好きな気持ちが無かったのか?少しでもあったなら、それを膨らませてみせる。俺にチャンスをくれ!」
「…有難う。彼氏がいるのに、他の男に抱かれるなんて薄汚れた女なんかを好きになってくれて、有難う。でも、身体は奪われても、心までは奪われていないわ」
「そんなに?そんなに彼氏が好きか?そいつより、俺の方が先に会っていたら、俺と付き合っていただろう?早い者勝ちかよ!?俺の方が愛してる。俺の方が愛してるんだ…」
必死に心を繋ぎ止めようとして来る劉白天を、冷たくあしらう事が出来ず、どうしたら諦めてくれるだろうか?と思い悩んだ。
一層の事、実は中身が男なんだと言うべきか?でも今は女に生まれ変わってるから、気にしないと言われるかも知れない。
「う~ん…本当に、ごめんなさい。彼氏の事が好きなので、気持ちには応えられない」
劉白天は、「嫌だ、絶対に手放すものか!」と言って、再び俺を犯そうとした。
パチーンと劉白天の頬を、打った音が室内に響いた。
「もう止めてって、言ったでしょう?」
「俺の女にならないなら、同盟の話は反故にする」
「約束を違えるつもり?私は我慢して、貴方に抱かれたのよ!」
「我慢してだと!?」
逆上した劉白天は、力づくで押し倒してレイプしようとして来たので全力で抵抗したが、力は彼の方が上だった。
「止め…」
そこへ劉白天の手下が入って来た。
「こ、これは申し訳ございません。大宗師、大変です。官軍が攻めて参りました」
「官軍が?何処のどいつだ?」
「童貫です」
「童貫か…、まぁ奴しかいないだろうな」
劉白天は、吐き捨てる様に言った。俺は乱れた着物を整えて、劉白天と一緒に朝議に出た。
「それで、童貫は誰を連れて来たのだ?」
「はい、1人は韓世忠です」
どよめきが起こった。
「韓世忠と言うと、江南の叛乱を平定し、その武勇は兵1万に匹敵すると言われ、万人の敵と謳われたあの韓世忠か?」
「韓世忠の妻は、あの李師師にも勝るとも劣らない美女だと聞くぞ?」
「そいつぁ良い。俺が引っ捕らえて、俺の女房にしてやらぁ」
腕自慢の将が強気な発言をすると、皆が笑った。
「それから、岳飛と言う将も連れています」
劉白天と、配下の将たちの反応には違いがあった。
「岳飛だと!!」
「岳飛?誰だ、そいつは?」
「岳飛を…まさか、知らないの?」
どうやらまだ岳飛は、無名の様であった。しかし劉白天の反応は違った。中国史をある程度知っている者なら、その名は聞いた事があるはずだ。
源義経と同じく不敗を誇り、悲劇的な死を迎えたと言う点で似ており、岳飛は日本人にも人気の武将だ。日本人が好きな武将を挙げろと言われれば、坂本龍馬、真田幸村、源義経は必ず上位に登る。岳飛は中国人が好きな武将No.1である。
岳飛は自身の強さもあるが、あの韓信にも劣らぬ戦術の天才であり、金国の策略や戦術のほぼ全てを看破していた。更に岳家軍の義兄弟達の中には、岳飛を超える豪傑もいた。もっとも岳飛自身も一騎討ちでは不敗であり、その武勇は趙雲に比肩すると言われた。尚、皮肉にも中国人が好きな武将No.2は、趙雲である。
岳飛が相手となれば、石宝や龐万春などの豪傑たちも霞んでしまう。しかも岳飛だけが相手では無く、韓世忠までいるのだ。史実では、この時代の最強武将は韓世忠である。
「不味い。蜀漢も抗金に加われば、歴史を変える可能性があった。ここで討伐される訳にはいかない」
俺は静止を振り切って着物のまま騎馬に跨ると、童貫軍の前に進んだ。
「童貫様ぁ!私です!花娘子です!」
長い沈黙の後、童貫が姿を現した。
「花娘子!お前は陛下より、逃亡罪によって見つけ次第その場で処刑せよと命じられておる」
「童貫様、私は逃亡した訳では御座いません!話を聞いて下さい!!」
「言い訳は良い。お前たちはどの道、ここで死ぬ運命だ」
童貫が岳飛に目配せをして出陣を命じると、岳家軍から1人の武将が飛び出した。
「岳家軍の楊再興、いざ参る!」
「楊再興だって!?」
楊再興は楊志と同じく楊業の一族であり、楊家将に伝わる秘伝の槍術の使い手であった。1132年にまだ曹成の配下であった時に岳飛と戦い、岳家軍の韓順夫と岳飛の弟である岳翻を討ち取った。
その後、岳飛に捕えられた楊再興は、復讐で殺される覚悟をしていたが、岳飛はこれを許して麾下に加えたのだ。楊再興はこれに恩義と岳飛の度量の広さに感じ入って忠節を尽くす。
そう、楊再興が岳家軍に加わるのは1132年であり、今から10年後のはずだ。豪傑の多い岳家軍の中でも、最強級の武将である。
その最期は壮絶で、300人の配下と移動中に12万の金軍と鉢合わせしてしまい戦闘となる。僅か300人の為に直ぐに全滅させられたが、楊再興は単身で金軍に突撃して2000人余りを討ち取り、その余りの強さに金軍は近寄れず、遠巻きにして弓矢の一斉掃射を受け全身に矢を浴びて絶命した。死後に火葬すると、2升もの鏃が出て来たと言う。金軍が楊再興を恐れて、絶命した後も矢を射続けた証拠である。
楊再興が槍を構え、人馬一体となって突進して来た。俺も刀を抜き、楊再興の攻撃に備えた。




