第32話 後始末
遼国との決着がつき、凱旋する為に梁山泊軍は水寨へと向かっていた。しかし副首領の盧俊義と、盧俊義に付き従う燕青は北に向かった遼の馬車を追っていた。目的は自分達を裏切り、祖国をも裏切った褚堅への制裁である。この場合の制裁とは私刑であり、殺害が目的であった。
「褚堅め、絶対に許さぬ」
復讐に燃え、食事も摂らずに一昼夜も駆けると、天祚帝を乗せた馬車に追いついた。盧俊義は、配下に山賊の格好をさせていた。元々山賊上がりなのだから、山賊の格好をさせたと言うのはおかしな話ではある。
「目的は褚堅の命だけだ。遼帝を傷付けるなよ?」
「はい」
盧俊義が合図をし、燕青が隊を率いて馬車を襲った。
「何者だ!!大遼帝国・天祚帝の馬車と知っての狼藉か!?」
天祚帝の馬車を護る若武者が、山賊の頭と思しき相手の前に立ち塞がった。若武者は、兀顔延寿であった。
その様子を見て、馬車から顔を出した美しい少女も見て取れた。この少女は、天寿公主であろう。2人とも腕が立つ。同時に2人を相手にすれば、燕青とて危ないと思えた。
「哈っ!」
天寿公主・答里孛は、馬車から白馬に飛び乗って七星宝剣を抜いた。そこへ盧俊義が駆けって来た。
「燕青、お前は公主の相手をしろ!」
盧俊義は得意の槍棒を携えて、兀顔延寿に向き合った。
「はあっ!」
「とあっ!」
互いの騎馬が走り、槍棒と方天画戟を打ち交えた。盧俊義の槍棒がしなりながら打ち下ろされ、それを兀顔延寿が方天画戟で受け流し、カウンターで突いた。しかしそれを槍棒を回転させて弾き、その反動を利用して打ったが受け止められた。
「待て!話がある」
「山賊に何の話がある!?」
兀顔延寿は聞く耳を持たず、構わず盧俊義に打ち掛かった。そこへ天寿公主が割り込んで来た。
「手を止めて話を聞いて!」
「公主!?危ない!!」
あわや兀顔延寿が繰り出した一撃が、公主の胸を貫く所であったが、寸での所で止める事が出来た。
「争うのは止めて、この人たちの話を聞くのよ」
兀顔延寿は未来の夫ではあるが、身分は公主である未来の妻の方が上であり、その為、公主へは敬語を使い、敬意を払って応対していた。
盧俊義は兀顔延寿に、自分が梁山泊の副首領であり、元自分の屋敷の番頭であった褚堅の裏切り行為を許す事が出来ず追って来た事を正直に話した。
「あやつは、遼国にあっても寄生虫の様なものだ。我らの手で葬らせてくれれば、遼国は手を汚さずに、国に寇を成す害虫を葬り去る事が出来る。我らも恨みを晴らす事が出来、一石二鳥だ。天祚帝を害するつもりは無い。見逃してくれれば、そのまま立ち去る」
盧俊義の目を見て、それは真実だと語っていた。しかし自分の立場で、それを許す事が出来るだろうか。
「大丈夫。貴方は私に合わせて、芝居を演じなさい」
公主がそう言うと、再び盧俊義に打ち掛かった。それは明らかに手加減されたものであり、盧俊義と燕青はニヤリと笑って「感謝する!」と一言放ち、褚堅が乗る馬車を攻め立てた。
「公主、こんな事をして…」
「私達は、山賊の襲撃から陛下を護ったけど、突破されてしまったのよ。良いわね?」
兀顔延寿は公主の命令である為に、逆らう事が出来なかった。
「だけど、油断せずに警戒するのよ。万が一、陛下を傷付ける素振りを見せたら、ここで力尽きても全力で阻止するわよ」
公主の言葉に無言で頷き、騎馬を駆って天祚帝の元へ急いだ。
「出て来い、褚堅!」
「ひぃぃ、ろ、盧俊義ィィィ…」
馬車から引き摺り下ろされた褚堅は、山賊であれば金目の物を渡せばどうにかなると思っていたが、山賊に扮した相手が盧俊義だと分かり絶望した。
「褚堅、旦那様の前だ。申し開きがあるなら言ってみろ」
褚堅は燕青に襟首を掴まれて、盧俊義の前に放り出された。
「だ、旦那様。お、お許し下さい。わ、私も李固の奴に嵌められたのです。あやつに陥れられて、旦那様を裏切る形に…私めは、旦那様を裏切るつもりなど毛頭御座いませんでした!」
燕青は、みっともなく地面に額を擦り付け、憐れみを乞う褚堅に吐き気を覚えた。仮にも遼国の右丞相である褚堅の姿を見て、公主と兀顔延寿は眉を顰めた。
「呸っ!」
盧俊義は、地面に唾を吐く様な仕草をした。この中国人の呸と言って地面に唾を吐く仕草は、「こん畜生め、何を寝惚けた事を抜かしてやがる!」みたいな意味があり、相手を強烈に否定する時によくやる動作である。
「よくも抜け抜けと…まぁ、良い。儂の事は所詮は私事だ。だが、宋朝を裏切り遼に寝返った罪は重い」
「ま、待ってくれぃ。いや、待って下さい!此度の和睦の立役者は、この私めで御座います。私がおらなんだら、遼国との戦争は泥沼化していた事でしょう。功こそあれ罪などとは、誠に遺憾で御座います」
「もう黙ってろ!お前」
カッとなった燕青が抜剣すると、褚堅の縄を斬っていた。助けられたのか?と思った褚堅は甘かった。
「ぐげえっ!」
燕青が縄を斬った瞬間に、盧俊義が方天画戟を一閃して褚堅の胸を貫いていた。
「謀叛人は凌遅刑が妥当だ。昔のよしみで一思いに楽に死ねたのだ、感謝するのだな」
復讐を遂げた盧俊義は、喜ばしいはずなのに虚しさを感じていた。「己の妻といい李固といい。嗚呼、何と自分は人を見る目が無いのだろう」かと思った。思えば自分に、心の底から忠節を誓ってくれているのは、この燕青唯1人であった。
「燕青、有難う…」
心から溢れた言葉であった。
「旦那様、畏れ多い事です。これからも、私の旦那様への忠義が変わる事はありません」
「そう言ってくれると有り難い」
盧俊義は、天祚帝の馬車に向かって叩頭し、天寿公主には拝礼を取って下がった。兀顔延寿に、「次に会えば再び敵味方だ。出来れば相対したくは無いものだ」と言って去った。
「梁山泊か…。あの様な者達が率いていたのだ。我が遼国が負けたのも納得だ」
兀顔延寿は、独り言の様に自分自身に言い聞かせて納得している様だった。




