第31話 遼vs.梁山泊 決着
遂に東西南北の陣が全て沈黙した。太乙混天象陣は、これで丸裸も同然である。
「陛下、ここでお別れで御座います。私の命に替えましても、お守り致します」
兀顔光は、右丞相の褚堅と左丞相の幽西孛瑾に、天祚帝を無事都に送り届けるよう頼んだ。
「都統軍に言われるまでも無い。それに、儂には秘策がある。それも間も無くだ。都統軍は、陛下が逃げ切るまでの時間を稼いでくれれば良い」
褚堅は何やら裏工作をしている様だったが、時間が無い為に深くは聞かなかった。
「頼みます」
兀顔光は、天祚帝に叩頭して別れを告げた。今となっては、褚堅の悪巧みが唯一の希望である。
「時間を稼ぐか…」
兀顔光には、それがどれほど困難を極めるか理解していた。多数の豪傑を抱える梁山泊を相手に、もはや戦える将は己1人なのだ。息子である兀顔延寿と、婚約者である天寿公主も天祚帝と一緒に燕京へ退却する。息子の無事と、未来の息子の嫁の安息を願った。
梁山泊軍は太乙混天象陣を破り、破竹の勢いで遼の皇帝を目指して突撃した。関勝が率いるのは、青の軍装で統一された甲乙の木の軍である。関勝に続いて花栄、宣贊、郝思文らが中軍へと突入して行った。
「報!(報告!)梁山泊軍が突入して来ました!」
「遂にここまで、やって来たか」
兀顔光は方天画戟を取り、梁山泊軍と対峙した。先頭の大将は燃える様な赤い馬に跨り、青龍偃月刀を携えていた。
「そこにいるは遼の都統軍・兀顔光大人(殿)と身受ける。某は梁山泊騎兵五虎将筆頭、大刀・関勝なり」
関勝の名乗りに応えて、兀顔光も前に出た。
「我が名は、鎮星土星を司る大遼帝国都統軍・兀顔光である。此処から先へ進みたくば、儂の屍を超えて行け!」
礼式に則って、互いに名乗りを挙げて騎馬を前に進めた。
「行くぞぉぉぉ!」
「臨む所だ。うおらぁぁぁ!」
互いの騎馬が交差すると、共に右の肩当てが吹き飛んだ。素速く体勢を整えて2撃目を繰り出すも、鈍い金属音を響かせて弾き合った。
互いは心技体のみならず、力やスピード、馬術の腕までもが互角であった。十合、二十合と重い一撃を打ち合い、勝負はいつ着くとも知れ無かった。
「済まない、関勝殿」
2人の一騎討ちに水を差す様だったが、これは戦争だ。卑怯者と誹られようとも、ここで時間を掛けて天祚帝を取り逃す様な事があってはならない。
花栄は自慢の弓に矢を番えて、弓を引き絞った。兀顔光は反応して矢を払い落としたが、1本目の矢に隠れた影羽(2本目の矢)が左肩を射抜いていた。
「ぐっ」
それとほぼ同時に張清が馬を駆け、石礫を放った。それは見事に、兀顔光の顔面に命中した。
「ぐわぁ!」
兀顔光は堪らず、右手で顔を押さえて逃げ出した。
「卑怯だと思わんでくれ」
関勝は赤兎馬を駆けって追い縋り、青龍偃月刀を振り下ろして兀顔光の背中を斬った。その勢いで兀顔光は落馬し、そこへ張清が槍に持ち替えて突いた。
「大遼に栄光あれ!」
兀顔光は、張清の槍で胸を貫かれて絶命した。
「敵ながら見事な死に様よ」
関勝は赤兎馬から降りると、兀顔光に敬意を表して叩頭した。
「敵将に何もそこまでしなくても…」
張清は敬うにしても、叩頭はやり過ぎだと止めた。花栄は首を振り、それが義に厚い関勝の魅力だと言って、兀顔光を手厚く葬る事を義兄(宋江の事)に提案すると言った。
生き残った遼兵は都統軍の死に涙し、武器を捨てて投降した。太乙混天象陣を破り、敵の総帥も討ち取った。残すは、天祚帝を生け捕るだけである。
「天祚帝を北へ逃すな!」
長く、苦しい戦いだった。しかしそれも、天祚帝を生け捕る事で報われる。逃してしまえば、これまでの苦労は水の泡である。必ず生け捕って、宋に有利な条件で講和するのだ。
天祚帝は、羅睺星・耶律得栄、月孛星・耶律得信、計都星・耶律得華、紫炁星・耶律得忠ら四将が護って退却をした。
しかし耶律得栄と耶律得信は、天祚帝を逃す為に盾となって犠牲となり、耶律得華は生け捕られた。耶律得忠の消息は不明だが、恐らく生きてはいまい。
「いたぞ!遼の皇帝だ!」
遼の投降兵を加えた梁山泊の大軍が、天祚帝に迫っていた。このまま捕らえられてしまえば建国以来の大敗であり、先祖に顔向け出来ない恥辱を受ける事になる。当然、生き恥などかく訳にはいかない。捕らえられるくらいなら、自害するほか無い。
梁山泊の大軍に取り囲まれ、絶体絶命となった天祚帝は天を仰ぎ見て、「これも天命か」と涙を流して己の運命を呪った。そして褚堅に、自害する為に宝剣を持って来るよう命令した。
「お待ち下さい、陛下。諦めるのは、まだ早よう御座いますぞ。どうやら私めの策が、上手くいった様で…」
天祚帝を取り囲む梁山泊軍に、宋の朝廷からの使者が慌ててやって来た。その様子を見て、褚堅は胸を撫で下ろした。蔡京と高俅に多額の賄賂を積んで、和睦を持ち掛けたのである。それが功を奏した。
「どうやら我らは、助かりましたぞ」
褚堅は己の謀略が成功し、更に天祚帝から寵愛される事に期待し、盧俊義の奴がさぞかし悔しがるだろうと思い、その顔を見る事が出来ず残念だと思った。
「はぁ、はぁ、はぁ。どうやら間に合ったようだな?勅令である!宋江は跪いて拝命せよ!」
朝廷からの使者である為に宋江は前に出ると、恭しく拝礼して聞いた。首領である宋江が拝礼したので、梁山泊の将兵らもその場で跪くと、拝礼して聞いた。
「大遼国と大宋国は、兄と弟の関係であり、戦によって苦しむのは民である。戦を長引かせるのは、朕の善しとする所ではない。よって朕は大遼国との和睦を承諾し、今後は両国の友愛と調和を重んじ、兄弟国として共に手を携えて国交を樹立するものとする。以上」
朝廷の使者が宋江に勅書を渡そうとし、宋江も「ここまで来て」と思い、呉軍師を横目で見ると目を瞑っており、皇帝の勅旨に逆らう訳にもいかず、受け取る他無いと考えた。
勅書を宋江が受け取ろうとして、立ち上がって遮ったのは黒旋風である。
「何だって!そんな馬鹿な話があるもんかぃ。あれを見ろ!遼の皇帝とやらは、あそこで震えてるんだぞ。捕まえちまって、煮るなり焼くなり好きに出来るってもんだ。それを今更、和睦だと?ふざけるのも大概にしやがれってんだ。一体誰が血を流して、遼の奴らを追い詰めたと思ってるんだ?おいら達だぞ!!」
李逵が鬼の形相で使者を見下ろすと、青ざめた使者は言った。
「そ、宋江殿。勅旨に逆らうおつもりか?勅旨に逆らえば、謀叛と見做されますぞ!?」
宋江は、額にかいた汗を頬伝いに流して立ち上がり、李逵を怒鳴り付けた。李逵は叱られた子供の様にしおらしくなり、すごすごと後ろの方に下がって行った。
「ご使者殿。申し訳ございません。あの者は田舎者でして、無知で粗野で理屈がよく理解出来なかったのです。勅旨に逆らうなど、とんでもない事です。ご存知の通り我が梁山泊は、忠義双全を旗印としております。謀叛など行いましょうや?この度は、田舎者が失礼致しました。どうかこれで、穏便に済ませては頂けませんか?勿論、勅書は有り難く拝命致します」
そう言って宋江は使者に、ズシリと袖の下を握らせた。使者はその重みを感じてニヤリとし、咳払いをして「こちらとしても事を荒立てるつもりは無い。勅書を届けに来たまで。受け取られるなら責めるつもりも無い。梁山泊の皆には、おって恩賞を取らせるであろう」そう言うと、お付きの宦官を従えて東京開封府へと帰って行った。
宋江は、天祚帝が乗った馬車を睨み付けて叫んだ。
「此度は赦す。だがもし再び我が大宋国の領土を侵犯すれば、梁山泊が黙ってはいないと思え!」
こうして天祚帝は多くの犠牲を払いながら、燕京へと逃げ戻る事が出来た。
「李逵よ、済まなかったな。朝廷に逆らえば、梁山泊は謀叛人となる。そうなれば、今まで替天行道と忠義双全の旗を掲げて行って来た事が何だったのか?と言う事になる。堪えてくれ。皆、お前と同じ気持ちなのだ」
宋江は申し訳なさそうに、李逵を叱った事を謝罪した。他の義兄弟たちも、宋江の言葉に頷いて応えた。
「うおぉぉぉ、納得いかねぇ。朝廷とオイラ達に、何の違いがあるってんだ?同じ様に飯を食らい、同じ様に赤い血が流れる。国を思う気持ちだって、朝廷より上だ!それなのに、それなのに…オイラは悔しい…」
そう言って李逵は悔し涙を流して、子供の様に泣きじゃくった。梁山泊は首領の宋江を始めとして、ほとんどの者が元官位を持ち、朝廷に仕える身だったのだ。かく言う李逵も江州で牢役人であり、朝廷に仕える身であった為、本気で理解していない訳では無かった。ただ山賊上がりと言うだけで、人間扱いされていない気がして悔しかったのだ。
国を思う気持ちは、朝廷にいる誰よりもある。そう言った李逵の言葉は胸を打った。取り分け朝廷にも近かった林冲の心には響いた。童貫はまだしも、蔡京、高俅らが幅を利かせて、この国を食い物にしている。自分にはそれを止める事が出来たかも知れないのに、逃げ出してしまった事を悔やみ涙を流した。
林冲の涙を見て楊志も胸が熱くなり涙を流し、同じ禁軍であった徐寧も涙を流した。それは他の義兄弟達にも伝播して、皆が泣いて悔しがった。
「今日この日を、我が梁山泊が忘れる事は決して無い。この悔しさを生む元を正す為に、我らは替天行道を掲げたのだ」
この腐り切った朝廷を替える為に、梁山泊は存在する。その思いで心は1つとなり、更に義兄弟達の絆は深まった。




