第29話 遼vs.梁山泊 東の沈黙
董平が北方玄武陣へ向かい、林冲は東方青龍陣へと向かっていた。陣の門が開き、中から宿星将が打って出た。
角木蛟・孫忠が駆けって来ると、徐寧は鈎鎌鎗で孫忠の騎馬の脚を刈り、落馬した所を鈎鎌槍の槍の部分で突き殺した。
続いて打って出た房日兎・謝武に、孫立が槍を旋回させて突いた。謝武も槍を用いて突きを受け流し、反動を利用して横殴りにしたが、孫立に防がれた。
頭上から振り下ろされ威力の増した槍を謝武が受け、上体を崩した。しかし直ぐに体勢を整えて、腰に槍を当てて旋回させ、威力を増して横殴りにした。だが、それも孫立は弾き返した。両者は互角であるかに見えた。
孫立は了事環から竹節虎眼鞭を取り出した。了事環とは、馬の鞍に付いている武具を掛ける輪の事である。
右手に槍、左手に竹節虎眼鞭を持ち、謝武に打ち掛かった。孫立による左右からの猛攻に耐え切れず、謝武の手が緩んだ隙を見逃さず、孫立は竹節虎眼鞭で頭を打ち砕いた。
一方その頃、黄信も氐土貉・劉仁と交戦していた。孫立と黄信は共に、梁山泊に於いては林冲の副将格であった。
その黄信は騎兵小彪将十六騎の筆頭であり、梁山泊に加わる前は青州で秦明の部下であった。騎兵小彪将を束ねる自分が、こんな所で負ける訳にはいかないと、喪門剣を振るった。一合一合に全身全霊を注いだ。
遼国は中華が長年、煮え湯を飲まされて来た相手だ。南下を防ぐ事が出来ても撃退するのが精一杯で、次の南下をどうやって防ぐのか?遼国に勝てない中華は、面子を重んじて中華を兄、遼国は弟であるとし、その代わりに莫大な歳幣を贈っていた。遼国は名を捨て、実を取ったのである。遼国は中華から得た莫大な歳幣で軍事力を更に強化し、もはや中華だけでは遼国には太刀打ち出来ないほど国力に差が生まれてしまっていた。
(絶対に負けられない。遼は必ずここで滅ぼす!)
黄信は元官軍であり、国を思う愛国心も強かった。青州は中華では北東に位置している為、幼い頃より遼国の南下で悩まされて来た話や、ご先祖様が国を守る為に命を賭して戦った話を聞かされて育った。遼国への怒りや憎しみは、骨髄に至るまで染み渡っている。
「うおりゃあ!」
「そりゃ!」
劉仁は黄信の全身全霊を注いだ一撃を受けようとしたが、その剣ごと真っ二つに斬り捨てられた。
「うおぉぉぉ!」
珍しく黄信が、勝利の雄叫びをあげた。それだけこの一戦に、全てを賭けていたと言う事だ。黄信の雄叫びは、梁山泊軍の士気を昂揚させた。
「黄信の兄弟に、負けちゃいられねぇな。朱武も見てるしな。あいつの恥を雪ぐのは、少華山の俺らしかいねぇ」
「ああ、史進の兄貴も大暴れしてらぁ。少華山の豪傑No.2の座は、お前にも渡さねぇぞ、楊春」
陳達が点鋼槍を頭上で旋回して見せ、楊春に言った。楊春はタイミングよく遼将が来たと、目線を送って報せた。
「俺は左の奴だ」
「それなら俺は右だ!」
楊春は亢金竜・張起を、陳達は尾火虎・顧永興を迎え討った。
楊春は大桿刀を握る手首を回し、その速度を更に上げると車輪が旋回しているかの様であった。向かって来た張起の槍を弾き返して斬りかかったが、巧みな槍捌きで受け流された。
陳達は点鋼槍で連突を喰らわせたが、顧永興の棍によって全て弾かれ、或いは受け流された。
「こんにゃろうめっ!」
陳達が力めば力むほど顧永興が遠く感じ、点鋼槍が届かなかった。剛を煮やした陳達は、騎馬の腹を蹴って棹立ちにした。棹立ちとは、馬が前脚を上げて後ろ脚だけで真っ直ぐに立つ様子の事を言う。
顧永興は陳達が何がしたいのか理解に苦しみ、馬が脚を降ろした瞬間を狙って棍を打った。しかし、馬上にいるはずの陳達がいなかった。
「何処へ…」
何処へ消えた?と言うよりも速く、陳達は点鋼槍を構えたまま頭上から降って来たのだ。驚きで開いた口から貫かれた顧永興は、勢いそのままに落馬して地面に串刺しとなって絶命した。
「くっ、しつこい奴だ」
張起は楊春の粘ちっこい執拗な攻撃に、うんざりしていた。白花蛇の渾名は、楊春が色白で妖蛇の様な怪しい色気のある容姿だった事が由来するのだが、その性格も蛇の様に執念深かった。
楊春の大桿刀を捌いても捌いても、寸分違わず同じ箇所を狙って攻撃して来るのだ。それも休む事なく連続してだ。相手も息が上がっているのが分かるが、自分も疲労していない訳では無い。それに同じ箇所に攻撃を受けると言う事は、同じ動作で攻撃を捌くと言う事だ。これには精神的にまいって来る。
「しつこいんだよ!」
張起は我慢出来ずに後ろに数歩下がった後、気合い一閃して必殺の突きを喰らわせた。楊春は身を捩って躱わしたが、避け切れずに脇腹から鮮血した。しかし完全に間合いに入った楊春は、張起が槍を戻して体勢を整える前に、何度も執拗に斬撃を繰り出した。
(疲れると言う事を知らないのか?いや、息は上がっている。こいつは気力だけで戦っているのだ)
張起がそれに気付いた時には、複数の斬撃によって無数の斬り傷を負っていた。だが傷は浅い。そう思った途端に身体が重く感じ、思う様に身体が動かせなくなった。無数に受けた傷による大量出血によって、浅く見えた傷も実は既に致命傷であったのだ。
動きが悪くなった張起の胸を大桿刀が貫くと、全身を血で朱に染めたまま口から血を吹いて絶命した。
遼の東方青龍陣を我が物顔で駆けて、遼兵を蹴散らす大男がいた。没遮攔・穆弘である。穆弘は穆春の実兄であり、兄の虎の威を借りていた穆春とは違い穆弘の強さは本物で、梁山泊では騎兵軍八虎将兼先鋒使の末席を担っていた。
騎兵軍八虎将兼先鋒使に名を連ねるのは、花栄、徐寧、楊志、索超、張清、朱仝、史進、そして穆弘である。この錚錚たるメンバー達と同席である事から、穆弘の強さは推して図るべしである。
穆弘が江州でまだ宋江を知らず、敵対していた時に李逵と素手で争った事がある。李逵は武術を知らず力任せに殴りかかるだけなので、武術の達人相手には良く負ける。この時も穆弘に歯が立たず、逃げ出した。少なくとも穆弘は、あの李逵よりも強い事は間違い無いのである。
箕水豹・賈茂は剣を抜いて、その大男を目掛けて立ち向かった。穆弘もそれに気付き、刀剣を抜いて迎え討った。
ガギィーン
鈍い金属がぶつかり合う音が響いた。馬首を巡らせて、直ぐに第2撃の態勢を取った。両者は再び激突し、怒号をあげて斬り合った。
振り下ろされた剣を弾き、その反動を利用し威力を増して薙ぎ払う。しかしそれも下から掬い上げた袈裟斬りで防がれた。
賈茂は舌打ちした。この愚鈍そうに見えた大男が、思いの外にも機敏であったからだ。自分は、この東方青龍陣では副将格である。その自分と互角に斬り結ぶこの大男は、只者では無いと感じていた。
ガギィーン
ガギィーン
既に100合近く斬り結んでいた。不意に大男の刀剣が折れた。「勝機!」とばかりに剣を振うと、見失うほどの素早さで躱わされ、大男は折れた剣で力任せに殴って来たのだ。
「ぐふぅ」
賈茂の胸当がひしゃげて、馬上から叩き落とされた。大男の一撃で肋骨が折れた上に、背中を地面に激しく打ち付けて息が出来ずにもがいている所へ、梁山泊の兵が殺到して槍や剣で突かれ斬り刻まれた。
「ふふふ、李逵よ。たまには力任せも良いものだな」
穆弘も梁山泊の中では、腕力がある方だが李逵には遠く及ばない。武芸を知らない李逵の強さを、少しだけ理解出来た気がした。
皆が露払いをしてくれたお陰で、林冲は青龍木星・只児払郎と対峙していた。
「そおりゃあ!」
「…」
只児払郎が吼えて気合い一閃したが、すれ違い様に林冲の蛇矛によって一刀両断にされ、勝負は一瞬で着いた。さすがは林冲である。
梁山泊兵から歓声が起こり、遼兵は悲鳴を上げた。東方青龍陣は沈黙し、生き残りの遼兵は全員武器を捨てて投降した。




