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転生したら、どうやら水滸伝の世界に迷い込んだみたいです  作者: 奈津輝としか


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第21話 遼vs.梁山泊 第4戦目③

 逃げ戻った太真(タイヂェン)駙馬(ふば)から、兀顔延寿ウーイェン・イェンショウが捕虜となって大敗した報告を聞かされた。父である兀顔光(ウーイェン・グゥァン)は顔色を失い、天祚帝(てんそてい)の怒りを恐れた。しかし意外にも口に出された命令は、自分達父子(おやこ)(かば)うものであった。


「直ぐ様、救援軍を送るのだ」


「お待ち下さい、陛下(ビーシャア)!」


 息子を救いたい気持ちとは裏腹に、兀顔光(ウーイェン・グゥァン)の口から出た言葉は真逆であった。


「この度の敗戦の責は延寿(イェンショウ)にあり、捕虜となったからには既に死を覚悟しておりましょう。また、延寿(イェンショウ)を大将に任じたのは都統軍たる私めの責任で御座います。援軍を送るには及びませぬ」


 天祚帝は兀顔光(ウーイェン・グゥァン)の言葉に、いたく感動を覚えた。親として子を何としても救いたいはずである。しかし兀顔光(ウーイェン・グゥァン)は、敗戦の責任を取る事を優先したのである。その理由は明確であり、『軍規を正す』為にだ。そうでなければ配下はおろか、諸大臣らが納得しないであろう。


「都統軍よ、今は火急である。その罪は一時預かる。梁山泊軍を殲滅して、その罪を(あがな)うが良い」


「ははぁ。陛下(ビーシャア)の深い聖恩に感謝致します」


 兀顔光(ウーイェン・グゥァン)は、(うやうや)しく(ひざまず)いた。


瓊妖納延チォンイャォ・ナーイェン寇鎮遠(コウ・ヂェンユェン)、その方らにそれぞれ1万の兵を与える。先鋒として出陣せよ!」


「はっ、(つつし)んでお受け致します」


 瓊妖納延チォンイャォ・ナーイェン寇鎮遠(コウ・ヂェンユェン)は、直ぐに準備を整えて出陣して行った。


 都統軍・兀顔光(ウーイェン・グゥァン)も十一曜の大将の1人である。皇弟である耶律得重ヤリュー・デェァヂョンは太陽星として座し、太陰星は答里孛(ダー・リーボゥ)が座す。公主である彼女は、女性兵士5千人を率いている。

 次に皇姪の四人である羅睺星の耶律得栄(ヤリュー・デェァロン)、計都星の耶律得華(ヤリュー・デェァファ)、紫炁星の取律得忠ヤリュー・デェァヂョン、月星の耶律得信(ヤリュー・デェァシン)が座す。

 続いて四方の星である東方青帝木星・只児払郎(ヂーェァ・ファンラン)、西方太白金星・烏利可安(ウーリー・クェァアン)、南方熒惑火星・洞仙文栄ドンシィェン・ウェンロン、北方玄武水星・曲利出清(チュリー・チュチン)が座し、更にこの四将がそれぞれ七宿、合わせて二十八宿将を率いる。そして彼らを統べる兀顔光(ウーイェン・グゥァン)は中央鎮星土星を司り、総勢20万余りの大軍を率いる。

 およそ遼国の全軍にあたる精鋭中の精鋭であり、万が一にも彼らが敗れる様な事があれば遼国は終わりだ。この一戦は遼国の全てがかかっている。その為、天祚帝が自ら親征する事となり、遼軍の士気は最高潮に高まった。



 瓊妖納延チォンイャォ・ナーイェンは、兀顔光(ウーイェン・グゥァン)が率いる本隊が到着する前に、手柄を立てようと功を焦り、梁山泊軍を見つけると一気呵成した。梁山泊軍も出陣し、瓊妖納延チォンイャォ・ナーイェンを目掛けて来た。


「うりゃ!」


「それ!」


 すれ違い様に金属音が響き、火花が散った。騎馬を反転させて再び打ち合った。しかし5合目に三尖両刃刀を(かわ)しきれずに喉を斬られ、血煙をあげて馬上から落ちた。


「敵将、九紋龍・史進が討ち取ったぁ!」


 梁山泊の陣営から歓声が湧き起こり、遼の陣営からは悲鳴が上がった。


「おのれよくも!瓊妖納延チォンイャォ・ナーイェンの敵討ちだ」


 寇鎮遠(コウ・ヂェンユェン)が史進目掛けて駆けると、入れ替わりに竹節虎眼鞭を(たずさ)えた男が向かって来た。竹節虎眼鞭は銅鞭に似た打撃武器であり、節目が(いく)つもの団子状に連なっている。(ムチ)と言う文字があっても、我々が思う(ムチ)では無く(むし)ろ棍棒に近い。


 向かって来た者は孫立と言い、渾名(あだな)を病尉遅と言った。尉遅とは、この武器を得意とした唐の凌煙閣二十四功臣の1人である尉遅恭敬徳(項羽と同じく、名を呼ばずに姓+(あざな)で呼ぶ方が有名である)と同じである事から渾名(あだな)された。尚、病尉遅の「病」とは具合が悪そうで顔色が悪かった訳では無く、「~より良い」と言う当時の杭州の方言である。つまり、「尉遅敬徳より良い」と大それた渾名(あだな)を付けられたのだ。

 尉遅敬徳は矛や槍を()ける事を得意とし、戦場では無数の矛や槍を同時に突かれても(かす)り傷一つ受ける事は無く、その余りの強さから『神勇(シェンヨン)』と呼ばれた。中華史上に()いても、間違いなく5指に入る豪傑である。


「うおぉぉぉ!」


「オラァ!!」


 孫立が竹節虎眼鞭を振るい、寇鎮遠(コウ・ヂェンユェン)が矛を突く。ガギィン。ギャアン。打ち合う度に、鈍い金属音が響き渡る。数合も打ち合うと、形勢不利と見た寇鎮遠(コウ・ヂェンユェン)が背を向けて逃げ出した。それを孫立は追ったが遼の馬の方が速く、その差は開くばかりであった。


「逃がさん!」


 孫立は弓を取り出して狙いを定め、騎射した。見事な弧を描いて寇鎮遠(コウ・ヂェンユェン)の背を貫く…誰もがそう思った瞬間、寇鎮遠(コウ・ヂェンユェン)は身体を(ひね)って()わし、片手でその矢を掴み取ったのだ。

 その信じ(がた)い神技に、遼軍の陣営から自分達の大将を讃える歓声があがった。寇鎮遠(コウ・ヂェンユェン)は、掴み取った矢をお返しだとばかりに弓に(つが)えて放った。

 孫立は「ギャッ」と悲鳴をあげて退()けぞり、脱力したまま馬の背に乗って揺られていた。仕留めたか?と思い、トドメを刺す為に矛に持ち替えて近づいた。

 その瞬間、孫立が上体を起こして打ち掛かって来た。「馬鹿め、遅いわ」孫立が打ち掛かる動作よりも、矛が突く方が速い。「()った!」と笑みが(こぼ)れたが、孫立は手甲で矛の軌道を()らした。


「ぬうんっ!」


 ゴシャアと寇鎮遠(コウ・ヂェンユェン)の兜がひしゃげると、変形してひん曲がった兜が落ち、寇鎮遠(コウ・ヂェンユェン)は噴血を上げて落馬した。

 梁山泊軍は敵将2人を討ち取って士気は天をも突き、勢いそのままに遼軍を追撃した。


(ポゥ)!(報告!)遼軍の本隊が迫っております!」

 

 斥候の報告を受けて、宋江と呉用は近くの山上に登って北方を見た。


「おぉ…」


 地平線は見渡す限り、遼の兵で埋め尽くされていた。さしもの宋江も、背中に冷たいものを感じた。大軍だからだけでは無い。遼の統率された兵の動きが精鋭である事を物語(ものがた)っており、彼らの全身から放たれた突き刺さる様な殺気に気圧(けお)されたからだ。


「宋首領、恐れる事は御座いません。(いくさ)の勝敗は数だけで決まるものではありません」


 呉用が言わんとする事は、宋江にも分かっていた。古来、寡兵(少数の兵)をもって衆(大勢の兵)を破った前例は(いく)つもある。

 しかし大抵の場合は、数がものを言う事も事実であり、今度もまた我々が奇策を用いて勝てる保証など何処にも無いのだ。

 陣営に戻った呉用は、騎馬の勢いを殺す為に鹿角(鉄製の熊手みたいな武具)を陣の周りに設置し、塹壕を掘って守りを固めさせた。


 遼軍は一糸乱れぬ統率された行進で、20万もの大軍は陣に近付くにつれて地響きが大きくなった。朱武が雲梯に登って遼軍を見ると、完成された陣形のまま向かって来るのが見えた。


「あれが、太乙混天象陣…」


 遼国が不敗を誇った無敵の陣形を目の当たりにし、朱武は一部の隙も見出(みいだ)せずに冷や汗が流れた。


「相手に取って不足無し!」


 朱武の合図で梁山泊軍は、九宮八卦陣を敷いて迎撃の態勢を整えた。

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