第20話 遼vs.梁山泊 第4戦目②
兀顔延寿は自身が率いる3万の兵と、それに太真胥慶と李集の軍勢を加えて迎え討った。斥候の報告によると、梁山泊軍は方山の麓に陣を敷いていると言う。
父は遼国第一の将として名高いが、その父を師と仰ぐ自分もまた幼い頃より神童として持て囃され、あらゆる陣法に通じていた。その為、梁山泊がどの様な陣を敷いたのか興味が湧いた。
「なるほど九宮八卦陣か」
兀顔延寿は、少し落胆した表情を見せた。何故なら彼にとって、九宮八卦陣は別に珍しくも無い陣形であったからだ。
「小将軍、あの陣形をご存知で?」
太真駙馬が延寿に尋ねた。駙馬である彼が延寿に対して下手に出ている理由は、彼がこの部隊の大将であるからだけでは無い。彼は、天寿公主である答里孛の婚約者でもあったからだ。
「あの陣法は、差して特別な物ではありません。九宮の上に九人の大将を置き、八卦の上に八人の英雄を置く。九宮は九九八十一宮に分かれ、八卦は八八六十四卦に分かれております。あの陣法を見破ったからには、当然、その破り方も存じております」
延寿は、年長者である太真駙馬に対して敬語で話した。
「おお、さすがは小将軍だ!戦わずして勝ったも同然でありますな」
ふふっと延寿は笑い、馬上から旗を振って陣形を変えて見せた。
「梁山泊よ!今更子供騙しの九宮八卦陣如きで、我が陣法を破れると思ってか!!」
それを聞いた宋江は、雲梯に駆け登って遼軍が敷いた陣形を見た。しかし、何の陣形だか分からない。
「宋首領、あれは太乙三才陣です」
陣形に明るい副軍師の朱武が答えた。
「太乙三才陣とは、どの様な陣法なのだ?」
太乙とは太極の事であり、陰陽が混じり合った根元を表す。そして三才とは、天・地・人の三つの才の事であり、易経に基づいた陣法である。
「ははは、そう言うお前達こそ太乙三才陣などを敷きおって、その様な化石の陣法が大宋国の精鋭たる我が軍に通じると思うてか?」
宋江は遼軍の将帥に対して、強がって見せた。初めて見る陣形に対して、そんな物は珍しくも無いとハッタリをかましたのである。これは、才人を気取っている相手には効果的だった。
ほう?たかが山賊あがりと馬鹿にしておったが、なかなかどうして…少々物を知る者もいると見える。延寿はニヤリと笑った。実戦に出るのはこれが初めてだが、命を賭けた知恵比べを楽しむ事にした。
「この陣法が分かる者がいるか!?」
延寿は、再び旗を振って陣形を変えた。遼兵は良く訓練されており、乱れる事も無く直ぐに新たな陣形を作り出した。
「宋首領、あれは河洛四象陣です」
朱武は、遼軍を指揮する若武者に驚いた。あの若さで、これ程までに陣法に精通しているとは、遼には一体どれ程の人材がいる事だろうか。中華が、永らく燕雲十六州を取り戻す事が出来なかった訳だと内心舌を巻いた。朱武自身も陣法は書物で見知っているだけで、実際に目の当たりにしたのはこれが初めてだ。
河洛とは河図洛書の事であり、黄河に現れた青龍(龍)と洛水に現れた玄武(亀)の背に描かれていた図をそれぞれ河図、洛書と言い、八卦の源となったと言われている。四象とは、朱雀、青龍、白虎、玄武の幻獣を指す。
「河洛四象陣など、この大宋国では三つ子の童子ですら知っておる児戯よ。大人しく北の草原で震えておれば良いものを、軽々しくも南下しようなどと思い上がるにも程を知れ!」
朱武は宋江の隣りにいて、冷や汗を掻いた。普段は温厚な首領から時折りに見せる凄味は、言葉では言い表せられない。良くも悪くも、これがカリスマと言うものなのだろう。これが副軍師である自分と首領との差なのだと、改めて実感させられた。かつては自分も、少華山では首領だった事もあるのだ。
太真駙馬と李金吾は、気を揉んでいた。確かに延寿は、英才である。それは認める。だが我が遼軍は、知恵比べや陣法合戦に来たのでは無い。相手が陣法を知っているからと言って何なのだ?と思った。兵数はこちらが圧倒的に上である。負ける事など有り得ないと思った。「遊んでないで、さっさと片付ければ良いものを」そう考え、太真駙馬と李金吾は目を見合わせた。
「この陣形が分かるか!?」
延寿は懲りもせずに、三度旗を振って陣形を変えて見せた。
「今度は循環八卦陣です」
朱武は小さく答えた。
「循環八卦陣だ。それがどうした!!」
宋江は、一際大声量で答えた。馬鹿にされたと感じた延寿は、遼軍だけでなく、今度は梁山泊軍が陣法を見せてみろ!と怒鳴り返した。
「ははは、お前達など九宮八卦陣で十分だ。破られる事も無いのに、どうして他の陣を見せねばならぬ」
宋江の言葉で激怒した延寿は、太真駙馬と李金吾を陣に残して自ら九宮八卦陣に突撃した。
九宮八卦陣と言っても、元は八卦陣なのだ。本陣は八卦を模した小陣に守られており、乾坤震巽坎離艮兌の八卦から成る。
延寿は、火の象である南の離を避けて、西の兌を攻めた。これで間違い無く九宮八卦陣は破れるはずだ。突入を試みた所へ、火矢が雨の様に降り注いだ。
「うおぉぉ!小癪な、突っ込め!!」
小陣を破って突入した延寿は目を疑った。太陽光が目に焼き付いて視界を奪われた。敵の盾兵の盾が鏡の様に磨かれ、まるで城壁の様であり、突破を試みたが弾かれて断念した。引き返そうと元の道に向かうと、川が出来て道は閉ざされていた。
「何だこれは、いつの間に?水攻めにでもするつもりか?」
鏡の城壁に沿って南に進むと、辺り一面火に包まれていた。止むを得ずに東に進むと、今度は大木が連なって道を塞いでいた。仕方なく北へ進むと、漆黒の霧に包まれており、恐る恐る手を入れて見ると、その手は見えなかった。このまま中に入れば何も見えず、何処に進んで良いかも分からなくなるに違いない。兵は動揺した。
「怖気付くな!お前達は、映えある遼軍の精鋭ぞ!」
これは妖術に違いないと、ようやく気付いた。賀重宝も妖術使いであったが、敗れた理由はコレかと思った。陣を突破する意気込みを見せた所へ、一騎の将が現れた。無言でその将は打ちかかって来た。
「すわっ!」
振り下ろされた銅鞭を、延寿は方天画戟で受けて弾いた。
「おりゃあぁ!!」
受けた方天画戟を一振りして戟を突き出すと、柄の部分から折れていた。
「へ?」
「そりゃ!」
延寿は、銅鞭の将に捕えられた。その将は、呼延灼と名乗った。延寿が率いた遼兵は八卦陣から出る事も出来ず、大将が捕虜となった為に全員が命乞いをして投降した。
李金吾は、延寿が捕虜となったと聞いて救い出す為に飛び出した。
「杀!そこを退け!」
李金吾は、行く手を阻む相手に槍を繰り出した。槍の穂先が相手の頬を掠めたが、次の瞬間に「ゴシャア」と胸当てが狼牙棒によって、ひしゃげる音が聴こえた。意識が遠ざかり、馬上から落ちて李金吾は息絶えた。
彼はあの李陵の子孫であった。史記を書いた司馬遷が李陵の弁護をした為に漢の武帝の怒りを買い、腐刑となった事は有名である。先祖が着せられた汚名を晴らすべく、遼国で出世して中原を攻めるまでに至ったのである。あと一歩で、祖先の恨みを晴らす事が出来たものを、と無念の死を遂げた。
延寿が捕虜となり、李金吾が討ち取られ、混乱する遼軍に梁山泊軍が押し寄せて来た。太真駙馬は恐怖を感じて、一目散に逃げ出した。
退却しながら敵を討つよりも、追撃する方が圧倒的に優位である。梁山泊軍は散々に数で圧倒する遼軍を討ち、壊滅させた。
太真駙馬は、燕京へ逃げ戻り敗戦の報告をした。




