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転生したら、どうやら水滸伝の世界に迷い込んだみたいです  作者: 奈津輝としか


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第11話 東の大宗師

 暗闇と言うものは、ただそれだけで恐怖を感じる。そのほとんどは想像が生み出した疑心暗鬼なのだが、雑念を振り払う事は普通の人間には難しい。


「いる…」


 だが疑心暗鬼などでは無く、ここには間違い無く何かがいる。途轍(とてつ)も無い何かが。凄まじい圧力(プレッシャー)を感じ、鳥肌が立っている事に気が付いた。

 ジリジリとにじり寄りながら前進し、いつでも反射的に全力で抜刀出来る体勢を取って進んだ。これが明るければ、こんな事をする必要も無かったが、暗いと言うだけで人間とは何と不便な生き物だと改めて感じた。

 一体どれほどの時間を、こうして進んでいるのだろう。1時間、いや2時間以上には感じられる。張り詰めた神経も、そろそろ限界だ。


「はぁ、はぁ、はぁ…。疲れる…一体、何がいるのだ?」


 俺は大宗師の存在を知らなかった。もし知っていれば、瞬殺を恐れて近付こうとはしなかっただろう。


「うわわっ!」


 急に目に青白い光が飛び込んで来たので、(まぶ)しくて目を閉じた。ゆっくりと目を開けると、先程までの狭い鍾乳洞を抜け、今度は広間とも言える広い空間に出ていた。

 何が影響して青白く光っているのか分からなかったが、その光を鍾乳石や水面が反射して幻想的な世界が広がっていた。


「綺麗…」


 声が聞こえるのは、まだこの先からだ。先に進む道を探すと、奥の方で暗くなり影になっている所が先へと続く道だと気が付いた。その先に進むと、急に暗くなったので再び何も見えなくなった。俺は落ち着いて目を閉じ、目を暗闇に慣れさせてから目を開けた。


ゾクっ!


 目を開けた瞬間、背筋が凍り付く思いをした。視界の先には、鎧武者の男が座っていたのだ。


「誰だ!お前が俺を呼んだのか!?」


 恐怖を(ぬぐ)い去ろうと、わざと大声で質問した。しかし、鎧武者の男は答えなかった。相手の名を聞く前に、己が名乗らなければ失礼だったと思い直した。


「失礼しました。私は日本人…倭人です。名前を宮島海斗…今は、花娘子と言う者です。俺を呼んだのは、貴方ですか?」


 改めて(たず)ね直しても返答が無いので、近づいて見た。


「ひゃあ!!」


 思わず飛び上がるほど驚いた。そして恐怖で失禁しそうにもなった。鎧武者の男は、ミイラになっていたからだ。

 俺を呼んでいた声がザワザワし始め、今度は「こっちへ」と呼び始めた。俺は最早(もはや)これは怪談だと思い、気を失いそうになるのを(こら)えた。

 だがその声に(あらが)う事が出来ず、吸い寄せられる様にミイラの前に立った。その瞬間、恐るべき事が起こった。何とミイラの左手が動き、俺の右手首を掴んだのだ。

 その間、金縛りにあったみたいに身体は動かなくなり、俺は恐怖の余り失禁して足元に水溜りを作った。


「うわぁ!!」


 ミイラに右手を掴まれたと同時に、ミイラから膨大な思念が送られて来た。その量は余りにも多く、頭の整理が追いつかないほどであった。その思念の全てが、歴代の大宗師の記憶と技であった。


 登州は梁山泊から見て北東に位置する。そう、ここは『東の大宗師』の縄張りである。後継者を得る事が出来なかった『東の大宗師』の無念は思念となり、己の声を聞いて辿(たど)り着く事が出来た者に大宗師の記憶と技を継承しようとしたのだろう。頭の中で、また例の声が鳴り響いていた。


“◯◯のスキルを獲得しました!”


“◯◯のスキルを獲得しました!”


“◯◯のスキルを獲得しました!”


“◯◯の……”


 遠のく意識の中で、スキル獲得のアラームが頭の中に鳴り響いていた。



 その頃梁山泊では108星がそろい、「替天行道」を掲げて宋江は招安の道を探った。すなわち、朝廷への帰順と役人として官位に返り咲こうと考えたのだ。

 梁山泊内では高俅の為に酷い目にわされた林冲や、腐敗した政治に嫌気が差している李逵らがコレに強く反発した。

 しかし宋江は「国と民の為に忠節を尽くす」と言い、林冲らは「それならば何も官僚となる必要は無い」と言い合い平行線を辿(たど)った。そうこうしている間に、朝廷から梁山泊の帰順を求める勅使が来た。


「勅令である!」


「ははぁ!」


 宋江ら梁山泊の頭領達は、拝礼して勅書を聞いた。


「梁山泊に立て籠もる賊徒は、(ただ)ちに水寨を破壊して勅使と共に都入りせよ!さもなくば討伐する!」


 勅書にはこの様な書き方はされていなかったが、蔡京、高俅、童貫らに言い含められた勅使の陳宗善は、わざと高圧的な態度を取って見せた。この勅使の物言いに頭に来た李逵が殴り掛かり、馬乗りになってボコボコにしたので慌てて宋江が止めた。

 陳宗善は慌てて逃げ帰った。この報告を受けた朝廷は激怒し、枢密使の童貫を大元帥に任命して梁山泊討伐の兵を(おこ)した。この時、花娘子がいれば討伐軍の指揮を任されていたかも知れない。


 水滸伝通りのストーリー展開であればこの後童貫は敗戦し、今度は高俅が軍勢を率いて梁山泊を討伐しに来る。しかし高俅も破れて捕虜となり、恨みを持つ林冲や楊志に殺されそうになるが、宋江は逆に高俅をもてなす。これに恩を感じた高俅は、朝廷に取り成すと言って解放されるのである。

 高俅は梁山泊の招安を認める代わりに、国境を侵犯して来た遼国の討伐軍として向かわせる事を提案して採用される。梁山泊の招安を認めさせると言う約束を果たし、尚且(なおか)つ狡猾にも使い捨ての駒として用い利用すると言う陰険な策を(ろう)した。

 だが俺と言う異物がこの世界に来た為に、本来の水滸伝のストーリー展開とは異なり変化が生じた。それは水滸伝には登場しないが、史実に登場する抗金の英雄・韓世忠がこの梁山泊討伐軍にいたのだ。彼は1人で1万人に匹敵すると評され、「万人敵」と呼称された豪傑である。

 韓世忠は武力もさる事ながらその戦術も巧みで、童貫の失策や疑わしい指揮で敗戦濃厚となった状態から何度も逆転勝利を掴んだ。先の江南の叛乱を鎮めた功績は、童貫では無く韓世忠によるものだった。

 しかし軍師の呉用ですら韓世忠を知らなかった為に、梁山泊は壊滅寸前まで追い込まれる事となるのである。

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