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第1話 転生

「面白いな、水滸伝か…」


 俺は今まで中国の歴史と言えば三国志演義しか知らず、小説、漫画、ゲームに()いても人気なので、それらを題材とした商品は市場に(あふ)れている。

 しかし逆に、それ以外のほとんどが市場には出回っていない。水滸伝も三国志演義と同じく中国四大奇書の1冊ではあり、宋の時代背景を題材とした完全創作小説であるのだが、日本では三国志演義と比較するとマイナーな作品感は否めない。


 俺は会社の昼休みに、毎日立ち寄っている古本屋で、「水滸伝」を立ち読みするのが日課となっていた。


「キャアァァァ!」


 休憩時間も終わりに近付き店内を出ると、いつもとは違う異様な雰囲気を感じた。悲鳴がした方向を向くと、パッと見でも8人は地面に人が倒れていた。

 顔を上げると、見知らぬ男が自分目掛けて走って来るのが見えた。陽の光でキラリと光ると、思わず左腕で防御したが、その男は両手にサバイバルナイフを手にしていた。


(しまった…)


 左腕を犠牲にして最初の攻撃を防いだものの、2撃目は確実に俺の腹を貫いた。


「ごふっ…くそっ!何で俺がこんな目に…」


 俺を刺した男が、全力で走って逃げて行く背中を呆然と見ていた。俺は文字通り自身の血の海に沈んでいた。


(くそっ…俺も…宮本武蔵みたいな二刀流だったなら、あんな奴は返り討ちに出来たものを…)


“スキル『二天一流』を獲得しました!”


(痛いし、傷口が焼ける様な熱さだ。それになんだか寒い…)


“『痛覚耐性』『熱風耐性』『冷寒耐性』スキルを獲得しました!”


(痛みを感じ無いし、寒気も感じ無くなったな。どうせなら二天一流だけじゃなくて、柳生新陰流とか天然理心流とかも会得したい…)


“『柳生新陰流』…獲得に失敗しました!”


“『天然理心流』…獲得に失敗しました!”


“これより、獲得するまでチャレンジ致します!”


(さっきから何なんだ、うるさいな。もう…眠らせてくれよ…。何だかとても眠い…。そう言えば『二天一流』を会得したって?確か宮本武蔵は片手で両刀の相手をするから、片手の腕力を両手の腕力に匹敵するほど鍛えたんだよな?ごっつい姿は嫌だな。どうせなら見た目は可愛いく…)


“『柳生新陰流』の獲得を(あきら)め、『天然理心流』の獲得に成功しました!これより、新たな身体の構築を致します!”


“新たな身体の構築に成功しました!”


“『神眼』の獲得に失敗し、『天眼』の獲得に成功しました!”


 俺は深い闇の底に堕ちて行く感覚を感じながら思った。


(もう良いよ…うるさい。いい加減に眠らせてくれ…)


“続けて装備の獲得に…成功しました!”


 相変わらず頭の中に響く声を後にし、俺は眠りの底についた。




「ふわぁ~あ!」


 何だか良く眠った。それにしても喉が渇いた。目を開けて辺りを見回すと、田舎にいるみたいだった。小川を見つけて両手で水を(すく)い、顔を洗った。冷たくて気持ちが良い。そっと一口、川の水を口に運んでみた。


「美味しい…」


 発した声が、聞き慣れた自分のものでは無かったので驚いたが、川の水鏡に映った自分の姿を見て更に驚いた。


「嘘だろ?俺が…俺が女の子になってる…!?」


 川に映った姿は、女子高生くらいか?しがないサラリーマンでしか無かった俺は、今年で37歳になるアラフォーだったはずだ。


「はっ!!」


 少し離れた場所で人が争う声が聞こえたので、その方向へと向かった。木陰から様子を伺うと、60歳は過ぎているであろう老婆を(かば)う様に位置取りした屈強そうな男が、見るからに山賊達を棒で打ち据えていた。山賊達は20人以上いたが、その男には(かな)いそうも無かった。木陰から見ていると多勢に無勢であり、老婆を人質にする動きが見えた。


「卑怯者!」


 思わず口に出して、老婆を救う為に斬り込んだ。


「何だ?コイツは!」


 直ぐに5、6人の山賊達に囲まれ、山賊達の振り上げた剣や鎌から繰り出される攻撃が止まっているみたいだった。


“『天眼』のスキルによって、(あらかじ)め相手の攻撃が予測可能です”


 また頭の中に、声が聞こえて来た。俺はそれを少し不快に感じて眉を(しか)め、山賊達の攻撃を(かわ)し、或いはいなして見せた。


“回避不能の攻撃を受けます!攻撃を繰り出して止めますか?”


「YESだ」


 俺はまた痛い思いをするのかと考えると、身体が反射的に反応して攻撃を受ける前に山賊を斬り捨てた。刀を通して人の肉を斬り裂く感じは気持ち悪く、生まれて初めての殺人にガタガタと震えた。

 人を斬って呆然としている自分に対して、仲間を殺された山賊達は憤って仇を討とうと俺を取り囲んだ。俺は左手の剣の束を何気無く見た。


「備前長船住元重…最上大業物だ。切れ味が良過ぎる訳だ…」


 腰に下げているもう1本の刀も、似たような最上大業物なのかも知れない。そう言えば、装備の獲得に成功したとか言っていたが国宝の刀だ。パクったのか?などと考えていると、山賊達が四方から攻撃して来た。

 しかし初めて人を斬りまだ呆然としていると、老婆を守っていた男が棒術で山賊の攻撃から俺を守ってくれた。


「有難う」


 俺を守ってくれた男は不思議そうな表情をし、山賊達に向き直って(にら)み付けた。


“彼らとは異なる言語を使用しています。翻訳しますか?”


「異なる言語だって?言葉が通じないのは困るな。頼む」


(かしこ)まりました。これより、自動翻訳オートトランスレーションのスキルを使用します!”


 向かって来た山賊達を男は、あっという間に全員を叩きのめして見せた。


「覚えていろよ!」


 山賊達は月並みな台詞を吐いて、逃げて行った。うん?確かに言葉が判る様になっているな。


「有難う御座いました」


「いや、こちらこそ母を助けて頂き、感謝致す!」


 この男は、元々は皇宮で棒術を教えていたらしい。かなり強いとは思ったが、なるほどと納得した。

 よくある話で、皇帝に気に入られた男が鳴物入りで高官となり、かつて自分の父がその男の武術師範であった時に、人前でボコボコにした事があったそうだ。

 彼の父は病で亡くなったが、その恨みを息子である彼に晴そうとされた為に命の危険を感じて、母と一緒に都を逃げ出し延安府の知り合いに(かくま)ってもらう旅の途中だと言う。


「陰険な奴だなぁ。で、そいつの名前は?」


 (たず)ねたが、そいつに関わると恩人の俺も命の危険が迫ると、教えてはくれなかった。彼ら母子(おやこ)と一緒に隣り村に来た。


「史家村だって…!?」


 俺は最近読んだ、水滸伝の物語が頭をよぎった。


「あなたはもしかして、八十万禁軍の教頭・王進殿では?」


「何故それを?」


 王進は都からの追手を恐れる身である為、俺が名前を言い当てた事で警戒させた。


「いえ、あなたの名前は天下に轟いております。私で無くとも、知らぬ者はいないでしょう」


 そう言うと気を良くした王進は客桟(旅館)の2階で母を休ませ、俺たちは1階で酒を酌み交わした。


「うい~、店主。酒と肉だ。早くしろ!」


 ガラの悪そうな若者が入って来るなり、席の一画に座っていた客を追い払って、自分達が座った。


「チッ、ヤンキーが…」


「ヤンキー?」


 思わず心の声が(こぼ)れると、聞き慣れない言葉に王進は怪訝(けげん)な表情をした。


「何見てやがんだコラァ!!」


 ジロジロ見て目が合ってしまい、その若者は上半身をわざと肌けさせて背中の刺青を見せて威嚇して来た。見事な九匹の龍の刺青だ。


「もしや九紋龍・史進では?」


「ほう?俺も有名になったもんだな」


 彼は王進と同じく、槍棒を得物にして身構えた。


「ふふふ。構えは中々のものだ。だがそれでは、本物の達人には通用しないな」


 王進は史進の構えを見て鼻で笑った。


「お待ちを。あなたも棒術をやりなさるのですか?」


 老翁が現れて、王進に話かけて来た。


「ああ。棒術にかけては、俺より強い者は少ないだろうな」


「1つお願いが御座います。こやつは儂の(せがれ)なのですが、自分の武術を鼻にかけてはやりたい放題。目を覚させて、稽古を付けては頂けませんかな?その間は儂の屋敷に住んで頂き、不自由はさせませぬ」


 王進は、お安い御用だと言って史進の前に出て槍棒を構えた。怖いもの知らずの史進は打って出たが、王進はアッサリと史進を地面に引き倒して組み伏せてしまった。


「信じられねぇ。この俺様が、こんなに容易(たやす)く…」


「もう1度試してみるか?」


 王進は史進を解き放ち、再び構えた。史進は怒号を挙げて打ち掛かったが、ほんの数合で再び組み伏せられた。王進は明らかに、レベル違いの強さだった。


「ははは。天下は広い。そこにいる若武者は、この儂よりも強いぞ!」


 王進は俺の方を見て言った。


「そんな…。師匠、これからは心を入れ替えます。どうか私にご指導お願い致します!」


 史進は王進に膝を突いて頼み、師事した。俺も王進と一緒に武芸を指導して欲しいと頼まれたが、そんな器では無いと断り、2、3日ほど滞在して史家村を出た。


「ふぅ~、あれが史進か。水滸伝の最初の主人公だな。すると次は、豹子頭・林冲に会えるかな?」


 どうやら俺は、通り魔に殺されて水滸伝の世界に転生したみたいだ。それも何故か女の子の姿で、だ。ゴツい身体で無く可愛い姿で、とか思ったのが原因だろう。

 俺は訳あって女性である事を隠したいと老翁に言うと、サラシを巻いて胸を隠し男物の着物をくれた。髪は後ろで束ねて()っただけなので、見ようによっては若武者に見える。そうして俺は、次の目的地を目指した。


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