第一話 冒険者のココロ
とある町のとある学校に一人の少年がいました。
少年の名前は『ブレイク・オドラン』。
後に世界にその名を轟かせることになる。
このとき少年はそんなことを夢にも思ってもいなかっただろう。
しかし、ここで語るのはよそう。
これから話すのはその偉大な冒険家の人生の一ページ目だ。
そう、それは少年が十歳の時のことだ。
ここは町のはずれにある学校。
学校の名はディライト学院。
愉快な学校という意だ。
まあそんなことはどうでもいいとして……ここは学校と言ってもただの学校ではない。
ここでは剣、槍、弓などの戦闘方法のほか生活技術、遺跡などの歩き方などが教えられている。
もう分かっただろうか。
そう、ここは冒険者を育成するための学校なのだ。
その為生徒はそれぞれ武器を常に持ち歩きさらに寮に数人のグループで入り自給自足の生活をしている。
少年『ブレイク・オドラン』もその内の一人だった。
チャイムが鳴り生徒は席に着き、先生が教室のドアを勢いよく開く。
「よーし始めるぞ!!」
先生の元気な声で室長が号令をかける。
元気な声であいさつを済ませ着席する。
「よーし出席を確認するぞ! アックス、ウゲル…………ブレイク、ん? ブレイク!! ブレイク・オドラン!!」
しかしどこからも返事はない。
「あっ……あいつ寝坊です。何回も起こしたんですが」
一人の生徒が思い出したように言う。
その時廊下からドタドタと走る音が聞こえた。
その音を聞いてクラスは遅刻だ遅刻だと騒ぎだすが先生の表情は険しくなっていった。
ドアがバタンと勢いよく開き一人の少年が息を切らしながら立っている。
ブレイクは小さくごめんなさいと言ったが先生の大声で掻き消された。
「バカ野郎!! ブレイクお前って奴は何回遅刻すれば済むんだ!!」
先生の凄い剣幕にブレイクは後ずさりするが必死に弁解する。
「いや、シビア先生……これは昨日遅くまで修行を」
「修行? お前はもっと早く起きれるようにする修行をした方がいいんじゃないか?」
このシビアの言葉に教室は笑いに包まれる。
ブレイクは顔を赤らめながら席に着く。
「まあいい、授業を始めるぞ。教科書二十一ページを開け」
こうして何事もなく授業が始まった。
授業が始まって数十分後シビアの説明も終わり生徒が板書を必死にノートに書き写している。
シビアはその光景をうんうんと頷いて見ている。
が、またシビアを怒らせてしまうものが目に入る。
そう、ブレイクがノートを枕代わりにしていびきをかきながら寝ているのだ。
シビアは血圧を上げないように怒りを抑えてブレイクを起こした。
「おーいブレイク起きろよ……」
「わ! 先生どうしたんですか? ……もう昼飯ですか?」
なるべく怒らないように抑えていたがそれも限界だった。
周りの生徒は全員避難している。
「バッカ野郎ー!! まだ一時間目だ!!」
シビアの拳がブレイクの顔面をクリーンヒットする。
ブレイクはまだ寝ぼけているのかあくびをかきながら返答する。
「先生……そんなに怒ったら血圧があがりますよ……」
「お前のせいじゃあ!! ブレイク放課後職員室に来い!!」
放課後ブレイクは職員室でシビアにこってりと絞られた。
シビアにこってり絞られブレイクはトボトボと寮へと歩みを進めていた。
「はあ……またやっちゃたよ。まあいいや修行、修行」
ブレイクは気にしない様子で自分の剣を抜き素振りをし始めた。
そのころシビアは校長室に呼ばれていた。
決して功績をあげて呼ばれたわけではない。
シビアは妙な胸騒ぎがしてたまらなかった。
しばらくして校長が入って来た。
その顔は決して穏やかではなくひどく険しいものだった。
「シビア君……」
校長は低く重い声で語り始めた。
その声にシビアはより一層不安を募らせる。
「困るんだよねえ」
「何が……ですか?」
シビアは緊張で乾ききった喉を絞り出すように答えた。
「君のクラスのブレイクのこと」
「やっぱり……」
「やっぱりってねえ……あの子何回遅刻してるの? 成績だって学年ビリは当然」
このようにシビアはブレイクのことで校長に散々と言われた。
長々と語られたのでシビアは若干キレかかっていたが必死に堪える。
しばらくして話が終わった。
シビアはこってり絞られ精神的にかなり疲れたようだった。
部屋を出ようとするとそれに追い打ちをかけるように校長がシビアの背中に語りかける。
「シビア君わかってるね。もし次に彼が問題でも起こしたら君の監督不行き届きとして彼と一緒に退学してもらうからね」
退学、この二文字がシビアの心に深く突き刺さる。シビアは返事もせずに部屋を出て行った。
しばらく退学の二文字が心で鳴り響いていた。
気付けばもう夜になっていた。
シビアは気分を晴らすため夜風にあたることにした。
ふと顔をあげると夜空一面に星が見え、星たちが煌々と輝いている。
そんな星たちを見ていると少しだけ心が穏やかになっていくのをシビアは感じた。
そんなことを思っていると遠くから音が聞こえてきた。
何かと思い、音がした場所に近づいて行く。
物陰に隠れて見てみるとブレイクが剣の素振りをしているのだ。
「あいつ……ホントに修行してたのか」
シビアは今朝のことを申し訳なく思った。
シビアはブレイクに気付かれないようにゆっくりと近づいて行く。
そして大きな手でブレイクの目を隠す。
「だあれだ?」
「シビア先生」
「早!! なんで分かったんだ?」
「手のマメだよ。知ってるよ先生が暇さえあればいつも素振りしてること」
「そうか……」
シビアは子供とは案外そういう大人の行動をちゃんと見ているのだなと思った。
「それより……今朝はスマン!! お前のことバカにして」
シビアは大きな声で深々と頭を下げて謝った。
その様子にブレイクは驚いていたようだがすぐに笑ってシビアに顔をあげてと語りかける。
「いいです。僕も悪かったから……」
「そうか……」
「ねえ先生?」
「なんだ」
「先生って昔は世界中を旅する冒険家だったんでしょ」
「ああ、そうだあの頃は楽しかったよ。もちろん苦しいこともあった」
シビアは昔のことを思い出した。
その思い出はとても鮮明に今にも飛び出してきそうだとシビアは感じた。
「お前らと過ごす今も楽しいけどな」
「ふーん」
「ふーんって……それよりお前はなんでこんな時間まで修行をしてるんだ?」
「え……これはちょっと山に」
「山?」
シビアの問い詰めにブレイクは焦って話を変える。
「そ、そういえば明日って先生の誕生日ですよね」
「ああそうだが……」
「ですよね。じゃあ明日ちゃんとプレゼントあげますから」
そう言い残すとブレイクは逃げるように寮へと戻って行った。
シビアは呼び止めようとしたが、もう夜も遅いので自分も帰ることにした。
夜が明け朝になった。
その日はものすごい雨でシビアは誕生日なのにと少し残念がっていた。
するとまだ朝早い時間にドアがドンドンと鳴る。
ブレイクがプレゼントでも持ってきてくれたのかと少し期待してドアを開ける。
だが、そこには息を切らしたブレイクのルームメ―トがいた。
シビアは少し嫌な予感がした。
「どうしたんだこんな時間に?」
「せ、先生……ブレイクがいないんです!」
「そこらへんで素振りでも……」
「いませんでした!!」
「何!?」
シビアは昨日の会話を思い出す。
(山……誕生日プレゼント……まさか!?)
「おい! お前たち他の先生を呼んで、裏山に来るように行ってくれ!!」
そう言うとシビアは豪雨の中急いで走って行った。
その頃ブレイクは豪雨の中泥まみれになりながら山を登っていた。
「はあはあ、なんて雨だよ……でも先生の為に頑張らなくちゃな」
ブレイクは休むことなく山を登って行く。
道のりは険しく何度もこけたがくじけることなく登って行った。
気付けばもう頂上に到達していた。
「や、やった……着いた……」
ブレイクは側にあった木にもたれかかるように座った。
先程までブレイクを苦しめた雨が木の葉をつたって落ちてくる。
その雫は先程の雨とは違いどこか心地よいものだった。
しばらく休憩した後ブレイクは洞窟へと入って行った。
決して奥深いダンジョンのような場所ではない。
何かを祀る祠のような場所だ。
ブレイクは中に入って行き天然の岩でできた台座の前で止まる。
台座の上には綺麗に赤く光る石があった。
ブレイクはその石を恐る恐る手に取った。
「これがフェニックスの灯火……」
そうここに祀られていたのはフェニックスの灯火という魔石だ。
この魔石は不死鳥といわれるフェニックスになぞらえてつけられた名前で、この石を加工して身につけると長生きできると言われている。
ブレイクは血圧が高いシビアに長生きできるようにと思って誕生日にあげようと思ったのだろう。
血圧が高いのはほとんど自分のせいなのだが。
ブレイクは意気揚々とそれを袋に入れて洞窟を出た。
外に出ると雨はまだ止んでおらず少し気分が下がったが魔石を見ると元気が湧いてきた。
「さあてと返るか……先生喜んでくれるかなあ」
そう言って歩き出すと上から嫌に生温かい雫が落ちてきた。
それはとてもベトベトしていて何か巨大な生物を想像させた。
そう、ブレイクは知らなかったのだ。
この祠にこの石を守るものがいることを。
「ガルル……」
ブレイクは冷や汗をながしながら顔をあげる。
そこには血に飢えた黒いドラゴンがいた。
「ぎゃあああああ!!」
ドラゴンはブレイクめがけて巨体に似合わぬ速さで突っ込んで来る。
ブレイクは間一髪でかわすが、すぐにドラゴンの尻尾で木に叩きつけられた。
ブレイクは剣を抜き戦おうとしたが力が入らずその場に倒れてしまった。
それを見たドラゴンがブレイクに鋭い牙を向ける。
ブレイクはもう助からないと思い目を瞑る。
先生ごめんなさい、ごめんなさいと心で謝った。
しかし激痛は走ってこない。ブレイクはゆっくりと瞼を開ける。
すると目の前にはドラゴンに噛まれたシビアがいた。
「せ、せんせい……」
「まったくお前ってやつは……俺もうクビだな」
シビアはドラゴンに噛まれてかなり出血していたが心配かけまいと笑って答える。
だがその笑みも一瞬にして消えた。
シビアはドラゴンの方を向き、とてつもない殺気を放つ。
「おいテメェ俺の生徒に何ちょっかいかけてんだ。ああ? かかってこいよトカゲ!!」
その殺気に圧倒されたのかドラゴンはひるんだ。
その隙を狙いシビアは剣を抜きドラゴンを真っ二つに斬り裂いた。
「すげえ……」
ブレイクが半泣きの顔で感心しているとシビアが近づいてきた。
シビアはブレイクの袋から魔石を取りだす。
「全く俺の為にこんな危険を冒しやがって……」
「ごめんなさい先生……でも受け取ってくれますよね?」
「いや……これは受け取れねえな。俺はもうお前にプレゼント貰っちまったからな」
ブレイクは困った顔をして何かあげたかなと考えている。
シビアは少し照れくさそうに言った。
「プレゼントはなお前が生きていたことで充分だ」
シビアが優しく諭すようにブレイクに言う。
するとブレイクは一筋の涙を流していた。
その一筋の涙はやがてその日の雨の如く激しくなっていった。
「おいおい、泣くなよ男だろ?」
「泣いてなんかない! ゴミが……目に……うわあああああ!!」
そう言いながらもブレイクはもう雨か涙か分からないくらい泣いている。
そんなブレイクにシビアは語りかけた。
「ブレイク、冒険者ってのはいつだって好奇心を持って真実を追求するものだ。 だから危険を冒して洞窟に入ったり、宝物を見つけに行くんだ」
「うん……だから僕も怖かったけど勇気を持ってこの山に……」
「それは違うな。 お前のは勇気じゃなくてただの無謀だ」
シビアはブレイクに厳しい口調で言う。
そんなシビアの顔を見てブレイクはまた泣きそうになった。
「無謀……?」
「そうだこんな山に冒険者資格も持たない子供が一人で入るなんてただの無謀、死にたがりだ」
「う……」
「いいかお前はまだ若いんだ。 命を無駄にするな」
「うう……」
「勇気と好奇心を持って真実を追求することと無謀に命を無駄にすることと意味をはき違えるな……これは誰もが持っている冒険者のココロだ……うっ」
「うわああああああ!!」
ブレイクはまた泣きだしてしまう。
シビアもその場に倒れ込み意識を失ったようだ。
その後しばらくして他の先生たちが来てシビアとブレイクは病院へと運ばれた。
二人とも大怪我だったが何とか無事だったようだ。
だがブレイクの涙は止まることなくその日一日中泣いた。
ブレイクはその涙の中で己の非力さ、冒険の過酷さ、そして冒険者のココロを深く胸に刻んだ。
その後二人は退院して学校に戻った。
だが戻ってすぐブレイクとシビアは校長室に呼ばれる。
「ブレイク君、シビア君分かってるね」
「はい……分かっています」
「え? 何がですか?」
「ふん……君たち二人には退学してもらうよ。学院の名折れだ」
「ええ!?」
ブレイクは驚き戸惑いその場にしゃがみこんだ。
「異議はないね?」
「いえ校長私はやめてもいいですがお願いですからブレイクだけは!!」
「だめだ」
その言葉を聞いたシビアは待ってましたとでもいうように剣を抜いて校長に詰め寄る。
「そうですかわかりました。じゃあここであなたの命を奪って私もここで死にます!!」
そのシビアの気迫に押されたのか校長は怯み後ずさりする。
シビアは校長を壁に追い詰め剣を喉元に置く。
「おい、やめろ。死んじゃうから! やめろ!」
「じゃあブレイクのこと……」
「わかった。許す!! だから剣をおろせ」
シビアは満面の笑みで剣を鞘に納める。
校長はその場で半べそかいていたが気にすることなく二人は部屋を出て行った。
「ねえ……先生」
「何も言うな……俺もちょうど旅に出たいと思ってたとこだ」
そう笑って言い返したがその表情はどこかもの寂しげだった。
その日はそのままそれぞれの部屋に返り一夜を過ごした。
次の日、つまりシビアが学校を去る日が来た。
校門の前には全校の生徒、職員がいた。
その中心にブレイクとシビアはいる。
互いに言葉をなかなか交わすことができないまま時が過ぎた。
しばらくして校長がもう時間だとシビアに出て行くように促す。
「わかったよ……あっちょっと待ってくれ」
するとシビアは自分の腰にさしていた剣をブレイクに渡した。
「これは?」
「見ればわかるだろ? 俺の剣だ。餞別としてお前にやるよ……俺のこと忘れるなよ」
そう言ってシビアは歩き出した。
その姿は何かやり残したことがあるかのようにどこか寂しげだった。
その姿をみてブレイクは大声で叫び出す。
「先生!! 僕いつか……先生みたいに……立派な冒険家になって……この世界にブレイク・オドランの名を世界中に轟かせます!! だから……」
そのあとはもう言葉にならなかった。
シビアも振り向き大声で叫ぶ。
「俺はお前に……もっとたくさんのことを教えたかった!! でもお前にその意思があるなら大丈夫だ!!
だから……いつか偉大な冒険家になって……また俺に会いに来い!!」
シビアは叫びながら涙を流していた。
「泣くな!! ……男だろ!!」
そう言うブレイクも涙を必死に堪えている。
「泣いてねえ!! ゴミだ!! ……じゃあな……また会う日まで!!」
シビアは堪え切れず泣きながらゆっくりと歩みを進めて行った。
その姿に生徒も職員も、そして校長も涙を流している。
だがブレイクはシビアが見えなくなるまで決して泣かなかった。
シビアが見えなくなるとブレイクに校長が近づいてきた。
「すまなかったな……でもなこういうときは泣いてもいいんだぞ」
「う……うわああああああ!!」
この言葉にブレイクは我慢できずに泣いてしまった。
だがこの日を境にブレイクは決して泣かなくなったという。
それから月日はたち、ブレイクは十五歳になった。
少年から青年へと変わり、ブレイクは心身ともに成長した。
「はあ……もう卒業かあ」
そういうブレイクの腰にはシビアの剣、指には加工したフェニックスの灯火が装備されている。
「さあて……行くか!!」
ブレイクは勢いよく駆け出し、新たな冒険の旅へとページを一枚めくった。




