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甘じょっぱい話〜砂糖と塩の美味しい物語〜  作者: 地野千塩


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22/23

塩顔の隣人が甘いものをくれる

 お隣さんは、誰が住んでいるのか良く知らなかった。


 駅に近い綺麗なアパートだが、 いわゆる事故物件だった。まあ、幽霊なんて全く怖くない私は、普通に住み続け、会社に通っていたが。


 そんなアパートのお隣さん・羽村智志くんと挨拶するようになったきっかけは、甘いものだった。


 会社から帰ってくると、偶然、羽村くんも部屋に入るところだった。鍵を片手になんか持っている。


 ドーナツだった。あの某チェーン店のドーナツの箱を持っていた。仕事帰りで空腹だった私は、思わずドーナツを凝縮。


「ひとつ食べます?」


 なんて言われてしまった。あぁ、大人として恥ずかしい。


 羽村くんは、大学生らしい。私よりだいぶ年下。顔はまあ、全く好みじゃないけれど、あっさりとした塩顔だ。全体的にオシャレにまとめている。たぶんサブカル男子ってやつだ。


「俺、甘いもん好きなんですけど、さすがに買いすぎたわな。おひとつだけでも」

「えー、いいの?」


 塩顔サブカル男子が甘いもの好きって意外だったけど、彼は部屋から紙皿も持ってきてくれてドーナツをお裾分けしてくれた。


 チョコレートドーナツだった。


「あぁ、美味しそう!」


 思わず笑顔になる。


「ありがとう!」


 なんだか感激もする。今時の若いものが、こんなに優しかったのも意外だった。羽村くんは若干引いていたが、笑顔の私に何も言えなくなっていた。


 以来、羽村くんから甘いものをお裾分けして貰う事が増えた。ドーナツだけでなく、チョコケーキ、カステラ、アップルパイ、フルーツキャンディー、アーモンドクッキー……。


 体重が増える不安を感じつつも、ありがたく羽村くんから甘いものをいただいていた。


 それだけだと悪いので、時々キャラメルポップコーンや羊羹、メロンパンなどを私も彼に持っていく。


「いえ、別にそんなお礼はいいです」


 なぜか羽村くんは、私のお返しには不機嫌だった。やはり、今時の若者はよくわからない。そこそこ愛想はいいが、笑顔はあまりない。確かにアッサリ塩顔は、一部の女性からは強烈に支持を受けるだろうとは思うが、ちょっと塩分量多くないですか?と思ったりした。一度で良いから彼の心からの笑顔を見たみたいと思ったりしていた。


 そんなある日、羽村くんも家から甘い良い香りが漂っていた。


 メープルシロップ?


 いや、これはチョコソースの匂いだ。一体なんのお菓子の香りだろう。


 ついつい家まで訪ねに行ってしまった私は、空腹状態だった。最近、仕事で嫌な事があり、ずっと落ち込んで食欲もなかった。それでも、この良い香りは、食欲を生き返らせていた。


「羽村くん! この良い匂いは一体何ですか?」


 チャイムをならすと、すぐに羽村くんは出てきた。手には大きな皿を持っている。


 ピザだった。


 ただのピザではない。チョコレートソースのドルチェピザではないか。真ん中には、バニラアイスが盛ってあり、じゅわりと熱で溶けかけている。


 これは私の口の中もヨダレでいっぱいだ。


「実は、最近、麻美さんが落ち込んでいたので、元気づけようと思って。フライパンでピザ作ってたんです」

「え? 私?」


 まさか私を励ますために?


 急にドキドキしてきた。これって脈ありとか、そういう展開?


「どうです? 一緒に甘いピザを食べませんか?」


 あの塩顔が、信じられないぐらい甘やかな笑みを見せている。ピザも美味しそうだが、この笑顔って反則ではないですか。甘くてしょっぱい中毒性あるお菓子みたいな顔を見せてくるなんて!


「わかった、お手上げよ」


 すっかり負けた。


 彼と一緒にピザを食べる以外の選択肢は、一つも思いつかなかった。

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