祈りのプレッツェル
「だったら先生。神様がいるなら、なぜこの世に悪と不幸があるんですか? 不平等ですよ」
困った質問だ。
洸子は頭を抱えそうになるが、真摯に応える事に決めた。
洸子は若干25歳ながら、田舎で牧師をやっていた。本当は父の教会だったが、色々と事情があり、一人で教会を守る必要があった。
幸い、教会員からの支援や理解もあり、若い女牧師一人でも何とかやっていけた。問題なのは、こういう来会者だ。キリスト教が好きでも何でもない人も冷やかしでやって来たりする。中には明らか悪意をもち論破してやろうという者もいる。
目の前にいるこの上品そうなマダムはどちらだろうか。一応、牧師館の応接室に通し、丁寧にもてなす。
「どんな人間にも平等に死はやってきます。金持ちだけ、悪い人だけ永遠に生き延びたって聞かないですよね。その点は平等です。聖書はむしろ死後について言っています。死後はみんな平等かもしれません。どうですか。詳しく聞きますか?」
「けっこうよ」
マダムは、ピシャリと言い放った。
「私はね、実は余命宣告受けてるの。これでも真面目に生きてきたつもりなのに。でも何で悪い人が栄えているの? 何でクリスチャンがいる長崎の教会に原爆が落とされたの? なんでいつもあなた達が戦争を起こしているの?」
「それは……」
何も言えなくなってしまった。表面的にはげんきそうにみえるマダムだが、余命宣告を受けていたなんて。
洸子はマダムが買えると、一人、静かに祈っていた。
その数ヶ月だった。再びマダムが教会に現れた。今度はげっそり痩せていたが、色々と思うことがあったらしい。手土産ももって頭も下げていた。
「そんな、謝らないでください」
「いえ、関係ないあなたにも悪い事言ってしまったわ……」
何があったかわからないが、病気や死の恐怖は、気の強そうなマダムも弱らせてしまうのだろうと察し、複雑な気分だった。
手土産はチョコレートのプレッツェルだ。表面に塩の粒もあり、きらりと光っていた。
「この世の悪い人も苦しんでいるかもしれません。神様が入れてくれた良心に逆らって悪い事しても、幸せにはなれませんから」
聖書に出てくる使徒パウロも極悪人だった。それでも神様はパウロにも「本当は苦しいでしょう?」と言いたげに憐れみを向けていた。
「そう。そうなのね……」
「ええ。それに聖書的には誰も良い人なんていないんです。私もあなたも、悪い人も神様の目からはそんな差が無いのかも。悪い事ちょっと頭で考えるのも神様視点では、罪ですから」
こう言い、マダムと二人でプレッツェルを食べた。なんだかこのプレッツェルは甘くてしょっぱい味がした。
プレッツェルは祈りという意味もあるらしいが。確かにこの形は、祈る時の組んだ手に似ている。
今はとにかくマダムの為に祈るしかないだろう。洸子は、彼女の為に再び祈った。




