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甘じょっぱい話〜砂糖と塩の美味しい物語〜  作者: 地野千塩


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失われたパン

 婚約破棄された。


 原因は、いたってシンプル。母に重度の精神疾患があり、向こうの親に差別されたのだ。この件で毎日母と喧嘩してたが、もう疲れた。高校生の弟もいるし、私が我慢するしかない。家族や世間にいつも人生を潰されてきたと思う。


「今の時代は多様性です。では、ゲストに男性同士の新婚カップルをお呼びします!」


 日曜日の午後、テレビを見てたら、男性同士の同性愛カップルが出てきた。両者ともイケメンだった。元モデルと会社経営者で、社会的地位も高く、テレビではオシャレな生活風景も映し出されていた。


 結婚を親に反対された苦労も語っていたが、私はテレビの電源を消した。何もこの人達だけが差別対象じゃない。見えない差別はこの世の中にいっぱいある。メディアが選ぶマイノリティにも十分「差別」がある。そう思うと悲しくなってきた。


「はぁ」


 ため息をつきつつ、近所のカフェにでも行くことにした。高校の時の同級生がやっているカフェで、よく入り浸っている。


 住宅街の中にあるこじんまりした小さなカフェだ。カフェというより喫茶店と言いたくなるようなレトロな店だ。客も若い人が少なく、シニア層の溜まり場だ。


「おぉ、玲菜、いらっしゃい」

「うん」


 同級生は樋口という。なんだか気の抜けた顔をしている彼だが、ここのコーヒーやパンケーキ、ドーナなんかも美味しい。


 窓際の端の席に行き、メニューを見る。中途半端な時間に来たせいか、客は常連のおじいちゃんだけだった。


「注文していい?アイスコーヒーと ドーナツとパンケーキと、プリンと、チョコサンデー、あとフレンチトースト頼める?」

「おお、玲菜。そんな食べるのかい?」


 樋口は、困ったように眉毛を下げた。


「うん。婚約破棄されたからね」

「あ、あぁ……」


 これ以上樋口は何も言ってこなかった。やけ食い祭りを開く事を察したらしい。


 常連のおじいちゃんもヤケ食い祭りに引いていたが、事情を話と涙を流して一緒に悲しんでくれた。


 申し訳ないやら、恥ずかしいやら、ありがたいやらで、私も泣けてきた。口の中は甘さしかないはずなのに、涙でしょっぱい。お腹はいっぱいになってきたのに、心は満たされない。むしろ、なんだか石みたいに固くなっていた。


「さて、最後のフレンチトーストだよ」


 そして最後に樋口は、フレンチトーストを目の前に置く。


 ふわふわで黄色いフレンチトーストだった。表面にはハチミツと粉砂糖もかかっている。ハチミツはパン生地に染み込み、いかにも柔らかそう。


「おぉ、失われたパンだね」


 おじいちゃんは、フレンチトーストを指さす。


「失われたパン?」


 聞いた事ないが、樋口はなんの事が知っていて、教えてくれた。


「フレンチトーストの別名だよ。日本ではオシャレな料理だけど、フランスとかでは硬いパンを再生利用する料理だからね。高級なお店ではフレンチトーストは無いらしい」

「そうなんだ」


 こんなにフワフワで美味しそうなのに。失われたパンというよりは「失われるはずだったパン」か。


「硬いパンだって再生するんだ。また、結婚できるよ」

「そうですよ。差別するような家に嫁いだら大変な事になっていたかもしれません」


 樋口もおじいちゃんも精一杯励ましてくれて、なんだか涙が止まらない。


「ちなみにカナダではフレンチトーストは、黄金色のパンっていうらしいよ。そこに再利用感はないね」


 そんな樋口の声を聞きながら食べたフレンチトーストは、かなり柔らかく、甘かった。


 少し涙の味はするけれど。


「玲菜、辛いけど、君の人生はお母さんのもんじゃない。家族のもんでもない。もちろん、世間でも社会のものでもない。好きな事しても、わがまま言っても、良い子じゃなくても別に玲菜の価値には変わりはないよ。呪いは自分で解いていいんだよ」


 最後にそんな事まで言う。


 もしかして、もう少しだけ自由になっても良いのかもしれない。


 もう心はそんなに固くはなっていない。私の心も再生されたかどうかはわからない。それでも全てを失ったわけではないはず。

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