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甘じょっぱい話〜砂糖と塩の美味しい物語〜  作者: 地野千塩


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ハニーバターポテトチップ

 女ってハエみたい。


 安達健はそう思う。


 金持ちの御曹司として何不自由なく育ち、子供の頃からイケメン、イケメンと持て囃されていた。モテる自覚はあり、それをちょっと利用して営業の仕事をとる事もあるが、自分に群がってくる女は、ハエに見えた。


 甘ったるい声を聞いたり、ぶりっ子演技を見てるとイライラとしてくる。


 お前ら、弱者男性や陰キャ男性に「キモい」って言ってるの知ってるからな。


 イケメンの前だけぶりっ子してもバレバレですが? 何か?


 そんな事を考えていたが、表面的にはニコニコとやり過ごす。今日も会社でハエ女どもが群がったが、ウンザリだ。休憩時間はオフィスからそっと離れ、人気がいない休憩室で缶コーヒーを啜った。静かすぎて自動販売機が唸る音が耳につく。


「お?」


 休憩室には派遣社員の原田菜乃花がいた。


 この女は、ハエではない。


 他に彼氏がいるらしく、健には全く興味を持っていないようだ。むしろ塩対応。仕事はそつなく出来るが、最近は妙に表情が明るくなり、目がイキイキとしていた。よっぽど良い男と付き合っているんだろうか。まあ、どうでもいいが。


「あの、安達さん。これ、旅行のお土産のポテトチップスなんですが、貰ってくれませんか?」


 原田は、紙袋を差し出してきた。中には韓国かアジア風のパッケージのポテトチップスが入っていた。ハニーバター味。塩っぱいだけではない甘いポテトチップスのようだ。


 でも何で自分に?


 聞くと、少し前にチョコレートのポテトチップスを貰った御礼だという。そういえば北海道土産にチョコレートのポテトチップスを原田にあげた事があったが、すっかり忘れていた。


「まあ、ありがとう」

「いいえー」


 そう言う原田は笑顔だった。


 うん?


 やっぱり前より綺麗になってる???


 健の頭は混乱してくる。


 家に帰り、原田から貰ったハニーバターポテトチップスの袋を開けてみた。黄金色のポテトチップスは、ハチミツと塩とスパイスの味が混じり合い、甘いだけではなかった。


 しゃくしゃくと咀嚼音が響く。


 甘じょっぱい味が後を引く。バターの濃い匂いも悪くない。


 なぜか原田の顔が頭に浮かぶ。


 少し前に読んだ本では、ダブルバインドという人を混乱させ、判断力を失わせる手法が載っていた。例えば書店の売り場では「長生きしたければ肉をやめなさい」というタイトルの本と「長寿者は肉を食べている」というタイトルの本を同時に並べる。相反するメッセージの本を見た客は混乱し、どちらかの本を買ってしまう確率が上がるとかなんとか。


 そんな事は眉唾物だが、甘くて塩っぱいポテトチップスを食べながら、健の心も混乱してきた。


 美味しいポテトチップスだが、自分に全く興味を持ってこない原田の顔が浮かぶ。その割にこんなポテトチップスを持ってくる。


 どう言う事だ?


 これも一種のダブルバインドか?


 混乱しながらも健の口元はニヤついていた。こんな混乱も悪くない気がしていた。

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