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甘じょっぱい話〜砂糖と塩の美味しい物語〜  作者: 地野千塩


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恩返しと焼きうどん

 高校二年の時は特にひどかった。


 うちは母子家庭だったが、母親が重い統合失調症だった。ろくに働けないので、各種福祉の支援や俺のバイト代でどうにか生活している状況だった。


 姉は一人いた。父親が違う姉だが。七つ年上で顔もまあまあ良い。イケメンな婚約者もいたが、母親のせいで婚約破棄になっていた。相手はそこそこ金持ちの家で「障害者の母親がいるのはちょと……(これ以上は言えません)」という事だった。最近の多様性云々というのは、綺麗な建前だと思った。人間は本音を巧妙に隠して生きている。


 それで母と姉は毎日のように大喧嘩。母も病気が悪化し、躁病のような症状も出ていた。いつもの症状より重く、貯金や生活費、俺のバイト代も占い師に全額貢いでしまっていた。


 困った。


 食うものがない状況だった。母は強制入院となったが、姉は新しい彼氏の家に入り浸っている。


 新しいバイトでも探そうとしていたが、気持ちは抉れる。何不自由もない高校生も大勢いる一方で俺の家族って一体何?


 不平等さに下唇を噛む。バイトを探す気も失せてくる。いっそ万引きでもして捕まった方が各種福祉支援を受けやすいんじゃないか。そんな悪い思考も出てきた時、歩いていた商店街に食堂があるのが見えた。


 小さな食堂で、一見小さな古民家にしか見えないが。いつのまにかオープンしたらしい。看板も出ていた。ハレルヤ食堂という店らしい。店の扉近くは、濃いめの出汁や醤油のいい匂いがした。


「なんだ、これ?」


 扉の前には、ポスターが貼ってある。子供向けか、天使なイラストが目につくが、それだけではなかった。近くの子供食堂利用者やお金ない子供はタダでいいとある。


 子供食堂でもかねている店なのか。なんか、胡散臭い。そもそも俺は子供じゃない。バイトも出来る高校生だ。それでも空腹に負けた。店からの良い香りに逆らえず、店のご主人や奥さんに頭を下げていた。


「あらあら、それだったらしょうがないわ。うちで食べていきましょう」


 奥さんはすぐにお水を持ってきてくれて、席に座らせてくれた。店はこじんまりとし、そう大きくはない。カウンター席と四人がけ席が四つほどの食堂。子供連れやサラリーマン風の人が食事しているが、どこも変わった場所はない。こんな慈善事業をやってるようだが、悪意のある客はいないように見えた。


「あの、この焼きうどん食べたいんですが、本当にタダでいいんですか?」

「いいのよ。あんたは子供でお金も無いんでしょう?」


 奥さんは、俺の目の前に焼きうどんを持ってきた。太めの麺はソースがからみ、野菜や肉がゴロっと豪華にある。その上にふわふわな鰹節が踊り、かまぼこが一枚飾ってある。キャラクターのイラスト入りかまぼこで、子供扱いされているらしい。見ていると泣きたくなってきた。そういえば家ではずっと子供になれなかった。母が大人ではなかったから、こんな飯は食った事がない。


「いただきます」


 こうして食べた焼きうどんは、ちょっと涙の味もして、甘じょっぱかった。食べながら母や姉のことを考え、心は重い。それでも、この焼きうどんは美味しかった。温かくて優しい味がした。


 その後、バイトが決まったり、母が退院したが、相変わらず家計は苦しく、あの店にお世話になる事があった。


 申し訳ないやら、ありがたいやら。何とも言えない感情が混ざるが、あの店に行くと心が休まった。


 こうして時が流れた。かねてから書いていた小説の文学賞をもらい、本を出す事になった。あの店をモデルにした「神様の食卓」という小説を書いた。ストーリーはほぼファンタジーだが、腹を空かせた高校生のエピソードは実話だったりする。この店に恩返ししたいと思い書いた作品だった。


「まあ、嬉しい!ね、あなた」

「ああ。よくやったな。すごいぞ」


「神様の食卓」の見本誌を渡すと奥さんもご主人もよく喜んでくれた。サインをねだられたが、これは恥ずかしいので辞退したが。


 今日食べた焼きうどんは、もう涙の味はしない。母は亡くなったし、姉とも疎遠になってしまったが、帰る場所は無いわけじゃない。

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