メロンに生ハムを乗せる理由
糟糠の妻。
今の私は、陰でそう言われているらしい。長年、支えてきた夫が事業で成功し、年収も桁が違っていった。
私もパートで働いているが、近所の人からは「羨ましいわぁ」「勝ち組」などと言われるようになった。一方で「糟糠の妻」と悪口を言われているのを知っている。夫は成功した途端、女遊びをやりまくり、私は嘲笑されていた。
それでも離婚する気は全くない。意外な事に夫もそう。子供もいるのが一番の理由だが、めんどくさいのだ。五十過ぎになって人生を変えるエネルギーはさほど残っていない。夫の女遊びを容認し、嘲笑をスルーするのが、夫婦の妥協点となっていた。
そんな生活はぬるま湯に浸かっているみたいだった。生活の不安もなく、恵まれている方だが、大きな刺激もなく、毎日退屈だった。一般的に幸せになれば良いと思っていたが、実際はそうでもない。
オシャレや娯楽もだいたいやり尽くした。子供も高校生だし、もう子育てには手がかかっていない。家も車も夫が得たもので、何の有り難みも持てない。
毎日、退屈な時間を塗りつぶしていた。
満たされない。
心地良いぬるま湯にいるのに全く満たされない。この時、夫が女遊びをしている理由が理解できた。それぐらいやっていないと退屈で死にそうなのだろう。
自分も不倫でもやってみようかと思うが、そんな勇気もないのだ。せいぜい不倫ドラマを見て擬似体験するしかできない。
そんな時、家にメロンが届いた。夫の親戚からの贈り物だった。そういえば毎年メロンを貰っていた事を思い出す。
子供の頃は、メロンはご馳走だった。特別な日にしか食べられないものだったが、今は、全く嬉しくない。甘い味も想像がつく。この歳になると世にある食べ物はだいたい食べ尽くし、新鮮味がない。
メロンを包丁で切り分ける。綺麗なグリーン色のメロンだ。蜜がジュワジュワと溢れる。種を綺麗に取り除いてみたが、あまり食べたくはない。
そういえば。
メロンに生ハムを載せる食べ方があった。そんな食べ方も別に珍しくはないが、夫はこの食べ方を嫌っていたのを思い出した。「甘いメロンとしょっぱい生ハムを合わせるとか意味がわからない」と怒っていたっけ。
冷蔵庫から生ハムを出し、切り分け、メロンの上に乗せる。半透明の生ハムは、ベールのようだ。
「あなた、メロンよ」
食卓に生ハムつきのメロンを出した。
「げ、やめてくれよ。生ハムなんて載せたら甘しょっぱい味になるじゃないか。これ、まずいんだよなー」
夫は生ハムつきのメロンを露骨に嫌がっていたが、私は満足だ。夫の表情を見るだけで、ほんの少し復讐できた気がした。
今の生活では、夫からのこんな表情も刺激になっている。
「そう?メロンに生ハム。けっこう美味しいと思うけど」
そう言いながら、たいして美味しくないメロンと生ハムを食べた。




