帝国へ(フィアット家)5
「今しがた国境近くで貴族の馬車が襲われた、と報告がありました」
「・・・え・・・?」
昼食後のお茶を和やかにしている中、ガルマ様が慌てた様子で部屋に入って来たかと思ったら、開口一番その内容だった。
一気に血の気が引き、息が止まった。
クルリとリューナイトは、今日の明け方屋敷を出て、正午頃に国境を越え、何も無ければ、フィアット子爵家に3時頃には到着予定だった。
丁度国境を超える時間だ。
汗だくのガルマ様が小走りで部屋に入り、一直線に私に近づいた時点で、悪い予感しか無かった。
がちゃんと、持っていたカップが落ちた。
「国境近くで問題があれば、双方の国に報告が入ります。襲われた馬車の紋章から、こちら側の貴族ではなく、セクト王国側で、と聞いております」
クルリ!
リューナイト!!
ガタガタと身体が震える私の両手を左右に座るフィーとカレンが手を握った。
その瞬間、何かおかしい、と思った。
急に、あの時の言葉が思い出された。
残念ですね。
確かにガルマ様かそう聞こえた。
「スティング殿、少しお話をしたいのです」
ガルマ様が汗を吹きながら、意味深な言い方で言ってきた。
「わかったわ」
2人に目配せし、手を離してもらい、部屋の隅に行った。
「何でしょうか?私は急ぎ向かいたいのです」
身体が震え、声が震え、気持ちが急く中、それでもおかしい何かを気づきたかった。
「十中八九ヴェンツェル公爵家の馬車でしょう。良ければ、我が王国が、全面にてお助け致しましょう」
悪魔の囁きのように、脳に染み込んでくる優しい声。とても耳障りに聞こえたの、隠しもしない、卑劣な感情があったからだ。
有り得ない話に、より不安が駆り立てられる。
他国を全面に助けるのは、それはその国の要人が襲われている時だけだ。
だが、今はたかだか隣国の公爵家に仕える召使い達。
召使いだ、と昨夜説明しているのだから、分かっていて動く、と断言した。
それも、宰相であるガルマ様が、全面に助ける、と豪語した。
何故ここまで用意周到なのも不可解だが、これは、ガルマ様だけの決定ではない。
「その真意は!?」
「見返りとして、我がボルディー殿下と婚約して頂きたい」
「私はガナッシュ殿下の婚約者です!」
馬鹿馬鹿しい限りだ。
「そうでしょうか?先日の騒動を見る限り、スティング様は昔ほどガナッシュ殿下をお慕いしている風には見えません。それならば、いっそ婚約破棄され、我がボルディーの王太子であるスレッガー殿下と婚約をして下さればいい」
淡々と、つけ込む低く嫌な声。
だから、あの時、残念です、と言ったんだ。
私が亡命したら、何の問題なくスレッガー殿下の婚約者に出来る。
「宜しいですか?一刻を争います。スティング様は誰1人として、ご自分の護衛連れておられません。では、誰が大切な召使い達を助けに行きますか?」
真っ直ぐに私を見るその瞳は、重たく鋭い。
「帝国騎士団に頼む事もできません。国交問題になります。襲われた馬車の中にそれ相応の人間が乗っているならともかく、スティング様の身代わりとして乗っている召使い。そんな輩に帝国騎士団は、当然動きません。早々にご決断をされなければ、命さえも危なくなりますよ」
ああ、そう言う事か。
おかしい何かを気づいた。
その言葉の内容と、ガルマ様の語気の強さに、怒りの為呼吸がままならない。
「ガルマ様」
「おや、賢明な答えを頂けますか?まさか、おひとりで向かうなど聡明な貴方様はしませんでしょうからね」
「馬車が襲われるのを見ていて、報告させましたね!それも、助けもせず放って来ましたね!?」
ギリッの睨み返した。
「何を根拠に仰います。私はただ報告を受けたのみです」
冷静にとても、冷静に微笑むガルマ様に怒りが込み上げてきた。
「令嬢!!馬車が襲われました!!」
ザンが大声で部屋に入ってきた。
「これが答えよ!馬車には何人か帝国騎士団を潜入させていた。それなのに、何故その帝国騎士団よりも先に知っているのですか!簡単です!!このあなたなら、国の近道を知っていたからだわ!!あなたは、私の馬車が襲われているのを確認し、見捨てて報告させたんだわ!!」
だから、帝国よりも早かったのだ。
なんて、なんて、卑怯なの!!
「フィー、カレン!貴方様の騎士団を私に貸して!」
「それは不可能でしょう!先程も言いましたが、ご友人だからと帝国騎士団をそう易々と頼めるものではありません!我が王国の騎士団が揃っています!!」
「ふざけんな!!あなたの手助けなど要らないわ!!」
見上げ声を張り上げる私にガルマ様は、初めて顔を歪ませ、怯んだ。
人の弱みに漬け込んで策を練るのは、常套手段。
分かっていても、自分がされると腹立たしい。
国は、政治と権力を地盤として創られ、それが人の犠牲を踏み台とするのも、理解している。
理解しているが!
誰も死なせなくない!!
「その通りよ。あんたスティングの話聞いてた?誰が帝国騎士団を出せ、と言った?スティングはね!私とフィーの騎士団を貸せ、と言ったのよ!!」
つかつかとカレンはやってくると、思いっきりガルマ様の胸ぐらを掴んだ。
「何を言った!?スティングに何をコソコソ言っていた!!」
「カレン、そんな事後よ!!ザン!!」
「はい」
「私が案内するわ。馬を用意して!10分後に出発する、準備して!」
「スティング!?」
フィーが、慌てて私の側に来た。
「私が、道案内をするわ!リューナイトから近道も、水飲み場も聞いている。大丈夫よ、フィー。貴方様の騎士団は私を護ってくれるでしょ?」
フィーは口を開け何かを言いたかったようだが、私の顔を見て諦めてくれた。
そうよ。何を言われてもひかないわ。
「その通りです。では、私がお側にいます」
いつの間にターニャが動きやすい服装で部屋にいた。
「どうされました?私もお2人を護る騎士の1人でございます」
鋭い眼光で、答えると、ザンに合図を送り、私の側に来た。
「いいえ、少し驚いただけよ。ターニャ私の着替えを手伝いなさい」
「はい、お任せ下さい」
私とターニャは急いで部屋を出た。
その後、何だかフィーとカレンの喚き声が聞こえてきた。
多分ガルマ様に詰め寄っているんだろう。
ふん、ざまーみろ、よ。
「ターニャ、これを」
着替えが終わり、玄関へと向かう途中紙をターニャに渡した。
「何でしょう?」
「リューナイトが書いてくれた国境までの抜け道や、水飲み場が書いてあるわ。私は乗馬は得意だけれど、知らない場所に馬を上手く案内出来る自信が無い。ターニャが持ってきた方がいいと思うの」
「分かりました。では、私の少し後をついて来て下さい」
「お願いね」
「はい」
馬車に一緒に乗っていた時と雰囲気が全く違い、全身から迸る程の緊張感を出していた。
でも、動きからしてザンのように隙がなかった。
メイドが騎士か。
私と違って、フィーやカレンは命を狙われる事が多いだろうから、一石二鳥で、敵も油断するだろう。
私も欲しいな、メイドだけど、私専属の騎士。
リューナイトは性格的にメイドにはならないな。
かと言って、クルリに剣を教えるのもねぇ。
でも、私の側にいるのなら2人に頑張って貰わないとね。
「どうされました?楽しそうな顔ですね」
「うん。楽しい事考えてるよ。そうじゃないと、やってられないわ」
不安に押し潰されては駄目よ。私が考えたら落ちる所まで落ちてしまう。
「良い考えです。さあ、公爵令嬢、どうぞ」
玄関ホールまで辿り着き、恭しく頭を下げながら、微笑むターニャが私を前に出した。
かつり、と玄関を出るとザンが率いる騎士団と嘶く馬とが、鮮烈なまで目の前に繰り広げられていた。
不安にに一気に胸が痛くな。
でも、高揚感も襲ってくる。
「準備はできております」
ザンの言葉に、馬の側にいた騎士が綺麗に馬に乗った。
「スティング、気をつけね」
「スティング、待ってる」
側にいたフィーとカレンに精一杯笑って抱きついた。
「当たり前でしょ。でも、もうここにはいたくない。悪いけど、ここでない所で待ち合わせしましょう」
2人に答え、その少し離れたところで青くなっているガルマ様に向かって最後は言った。
「勿論よ。こんないけ好かない場所で待ち合わせしたくないわ。友人であるスティングを愚鈍な手で手に入れようなんて、許せないわ!スティングの言うように手助けなど要らないわ!少しでも手を出してみないさい。それは、私に」
「俺に」
「喧嘩を売ったということよ!買うわ!!」
「喧嘩を売ってきたんだ!買うぜ!!」
はい、その通りです。
2人の揃った言葉に満足した。
あの時コソコソした話しを聞いたんだろうな。
フィーがガルマ様を恐ろしい顔で睨んでいた。
「ガルマ様。王宮に帰り、ご自分の失敗を報告なさいませ!」
思い出すと怒りが込み上げてくる。
「弱みにつけ込む相手を間違えたのです!」
ガルマ様の側により、睨みあげた。
「2人が死体となった時、覚えておきなさい!!」
絶対に許さない!!
ドン、と思いっきり肩を叩いた。
途端に、力をなくし座り込み、見上げるガルマ様を睨みつけた。
言葉を無くし、顔を背けた。
ふう、と深呼吸する。
いけない、ここでこんな時間を潰してはいけない。
ぐっと唇を噛み、前を向いた。
「出発します!総勢143名、全ての生存を確認します!」
たとえ、
「死体となっても!!」
探し出す!!
「御意!!」
私達は、救出へと向かった。




