帝国へ(フィアット家)3
「失礼致します」
中に入るガルマ様に、立ち上がりにこやかに微笑み会釈した。
「どうぞお座り下さい」
フィーは冷たく言うと自分が立ち上がり、私の横に座った。
「恐れ入ります、帝国」
「挨拶は結構よ。要件をどうぞ」
ピシャリと長くなりそうな挨拶をカレンはとめ、促した。
「恐れ入ります」
表情を崩さずガルマ様は、前に座った。
何度か自国の王宮で会話をした事があるが、ソファにかけて話をするまではない。
薄い青い髪に幾らかの白髪が見え、声も落ち着き柔らかな物腰で、かなり歳上かと思っていたが、間近で見るとそうでもかった。
50歳こえているだろうが、肌の張りがいいし、纏う雰囲気に若さを感じた。
「実は、先日の騒動の事を心配しておりました。頬に傷などは残っておりませんか?」
滑らかな優しい声で私を見ながら心配してきたが、目が笑っていない。
王妃様と揉めたあの時居られたが、どう見え、どのように報告したか興味あるが聞けるわけがない。
それに、何を考えているのか、分からない。
穏やかな声と、柔和な表情だが研ぎ澄まされた気配と、洞察力に富んだ方だと聞いている。
ガルマ様が王宮勤めとなった時から、より、この国が繁栄したと聞いている。だから宰相になったのだろう。
私がお茶のカップをとると、ガルマ様もとった。
こういう些細な所から、隙がない。
「ご心配して頂きありがとうございます。私の方こそ、内輪の揉め事を見せてしまいお恥ずかしい限りでございます」
「揉め事、とは気になる言葉ですね。それは、王妃様とスティングの様と、ですか?」
「色々ですわ。あの時はそのように見えたかも知れませんが、誰しも虫の居所が悪いが悪くなれば、誰かに当たりたくなるものでしょう?」
「王妃様にそのような流れを作っておきながら、矛先を上手く、召使いに変えておりましたね」
瞳で圧をかけ、目線を全く外さない。
どこの国もそうだが、宰相は狡賢い。
言葉の端々で色々探り、粗を見てけ、突いてくる。
「さあ、そうでしたか?」
「王妃様の虫の居所を悪くさせ、初めからあの召使い達を呼ぶおつもりだったのでしょう?それに、わざわざ扉を解放し、騒ぎを見世物にした」
「何を仰りたいのでしょうか?まるで私が王妃様を貶めるように、全て企てたかのような物言いですね」
ビリビリと、空気が痛い。
フィーもカレンもあえて何も言わず、にこやかにしているが、明らかに機嫌が悪い。
「いえいえ、その様な事はありません。ただ、これまでのスティング殿は穏やかに微笑み、事を荒らげる事を嫌っておいででしたが、前日のお姿は、まるで見目は同じでありながら、中身が入れ替わったかのように荒々しかった」
「誰にでも、その様な姿はありますよ。ガルマ様も同じではありませんか?幾ら仮面を被っても、いえ、被れば被るほど人の器は想い、という気持ちが溢れ、零れてしまう」
「つまり、零れた、という訳ですか。これまでの王妃様の態度はいささか目を見張る場面がありましたからね」
ニヤリ、といやな笑いを見せたガルマ様に、にっこりと微笑んだ。
嫌に突っかかってくる。
体中の体温が下がる気がした。
考えてみればここは隣国だ。
もしかしたら、王妃様、いや、グリニッジ伯爵様と何か繋がっているのかもしれない。
もしかしたら、自国だけでなく、隣国の、ここで悪事を行っているかもしれない。
そこに、ガルマ様が中核でいたら?
薬物となれば、場合によっては破格の値段となる。表立って流通は出来ないが、宰相であるガルマ様なら容易に手配できるだろう。
そうなれば、
震えそうな体に何度も深呼吸をさせ落ち着かせた。
「ガルマ様、何を仰りたいのですか?もう少し分かり安く言って頂けませんか?私は、まだ子供の為、このような言葉遊びを知りませんのでどう返していいのか思案してばかりでございます」
私の言葉に、ふっ、と飲み込むようなため息と威嚇の眼差しになった。
大きい。
穏和な顔と微笑みが、襲うかのように迫ってくる。
持っているカップを知らず力強く握ってしまい、無意識に隣りに座るフィーを見てしまいそうな自分を、どうにか抑え睨み返した。
「そうですね。お若い方に少し意地が悪かったですね。ですが、少し奇妙なことばかりが起こり気になってしまいましてね」
「奇妙、とは?」
お茶を飲みながら、震える声をを押えた。
「先日の行動もそうですが、今回の急な滞在のお願いの文」
「急な帝国への招待の為そうなったのです」
「なるほど。それでは何故、スティング様は後からの到着されたのですか?御一緒に来るものだと思っておりました」
「私は、殿下の婚約者であり、公爵令嬢でございます。色々すべき事があります。また、先日の騒ぎの謝罪や、後始末をしておりました」
「なるほど。確かにあの時の騒ぎは波紋を広げる事でしょう」
本当に喰えない男だ。
何一つ確信に触れない答えを言いながら、確信を聞いてくる。
「何が波紋なのでしょうか?」
やっぱり王妃派と関係があり、遠巻きに私にこれ以上騒ぐな、と言っているのだろうか?
「王妃様が、殿下の婚約者に手を挙げるなど有り得ません。それも隠匿された場所であればともかく、あのように多勢な人の目に触れる場所で、あえて見世物にした。あのような事が自国で起きれば、婚約者としての立場も、そしてその相手となる殿下の資質が問われます」
「結果論でございます。あの時扉が開いていたのは他の用事を頼んだ召使いが、偶然閉め忘れただけでございます。それに、王妃様の怒りの矛先を変えた、と仰いますが、元々は無礼を働いた召使いが原因でございます。その流れで、私は、私の出来ることしただけでございます。あの後、陛下から謝罪を受け、公爵家としても受け入れました。それを波紋を広げる、と言われますと、心苦しくなります」
「先日の後始末をしていたから、別々に出発し、遅くなった、という事でしょうか?」
「仰る通りです。それに、ご存知かとは思いますが、殿下とレイン様が避暑地に向かわれる時期でございます。そちらの兼ね合いもありまして、別々にて行動するしがありませんでした。これで、奇怪ではなかった、と納得してくださいますか?」
早くこの嫌な尋問みたいに会話をやめたい。
こういうの得意じゃないから、凄く不安だ。
これまでたかだかレインと王妃様を相手にしていたのに、こんな高尚な交渉なんてした事ない。
「これまでの事は納得しました。最後に1つお聞きしたいです」
まだあるの?
「何でしょうか?」
「スティング殿の護衛が、全てが帝国騎士団とは、これは何故ですか?」
ぐっ、と呼吸が止まりそうになり、無理やりお茶を飲み込んだ。
「本来なら、スティング殿の家の者、つまりヴェンツェル公爵家の騎士団、もしくはそれに見合う護衛と、召使いがついているはずです。ところが、衣服にしても、護衛にしても、馬車にしても、全てが帝国。はて、それは如何な事でしょうか?」
すっと持っていたカップをソーサーに置き、私に向けてくる眼差しが鋭い。
「それが何か?私がお2人にお願いして、そうしたまででございます。子供の我儘だと思って下さい。だって、帝国の馬車に乗り、帝国の服を着る、貴族の娘としては夢ですよね」
首を傾げながら、うふふ、と笑った。
いや、
笑えた!?
ちゃんと笑えてる??
こんなに頬がヒクヒクしてるけど、私楽しそうに笑って誤魔化せてる!?
2人に確認できないから凄い不安だ。
「なるほど。ですが本当にそうでしょうか、スティング殿?本当の狙いは別にあるのでしょう?」
やっぱり誤魔化せてないということは、王妃様の手の内なんだわ!?
「狙い・・・とは?」
心臓が破裂しそうな程に動き苦しく、息も苦しい中、必死に声を出した。
「つまり、亡命されるつもりでしょう?」
どうだ、と言わんばかりにずいと体を前に出した。
「・・・え・・・?」私。
「は・・・?」フィー。
「バッカじゃない」カレン。
一瞬の静寂後、私達の顔を見て、ガルマ様は戸惑うように首を傾げた。
「ハズレ、ですか?おかしいですね、かなり自信があったのですが」
「ふっ・・・うふふふふふ。いいえ、ガルマ様の答えは遠からず近からず、です。だって、ある意味、国から逃げてきたんですもの」
突拍子な答えにほっとして、笑いが出てきた。
「私もそう思い、この答えにいきつ来ましたのに、はてはて残念です」
「確かにそう思われるかもしれませんね。殿下をお慕いするのにも、少し、色々あり・・・疲れてしまったのです」
嘘ではない。
「あの、桃色の髪の女性ですね。特に最近よくガナッシュ殿下の側におられ・・・寵愛を受けておいでですね」
寵愛、という言葉を言いにくそうに言い、私から目を背けた。
「はい、と素直に言うのもおかしいですが、恐らく周りの方々もご存知の事と思います。先も申したように、この夏も殿下とレインは一緒に避暑地に向いました。私は、丁度お2人に帝国へどうかと誘われ、図々しいながらもその提案を受けいれたのです。本当なら殿下を誘い、帝国ヘ向かうべきなのでしょうけど、黙って出てきました」
「ああ、それで逃げてきた、という事ですか。成程だから、溢れた、ですか」
「はい。お父様に無理にお願いして、夜に黙って出てきたんです。だって、普通に出てきたら王宮騎士達に止められてしまいますもの」
「確かに。私でもそうしますよ」
「ですよね。もう少ししたら私が乗っているように見せかけて、屋敷から私付きのメイド達が出てきます」
「ああ、だから、滞在期間が長いのですね」
「はい。皆と合流して帝国へと向かいます」
やっと和やかな空気になり、冷めたお茶を一気に飲んだ。
「残念ですね」
ボソリと小さい声が聞こえた。
「ガルマ様?何か言われました?」
「何か?何も言っていませんよ。ですが、もしまた逃げるような事があれば、是非我が国に起こし下さい。まだまだスティング殿が知らない場所があります。是非案内させて頂きたいです」
気のせいだったのかしら?残念と聞こえたような気がしたけど。
「それは楽しみですわ。公務ではなく、私生活で行く旅行を私はあまりした事がありません。是非案内して頂きたいです」
「勿論です。それでは、後ろ髪引かれる思いですが、私は王宮へと帰ります」
「申し訳ありません。私達子供の為に御足労おかけ致しました」
「とんでもございません。先程言いましたように、とても心配しておりましてので、お会いでき、私の方こそこのような機会を頂き嬉しく思っていますよ」
にこやかに微笑むと一気にお茶を飲み、立ち上がった。
ぶるっ、と寒気向けが走った。
なんだろう?雰囲気?言葉の隠れる感情?
私を見る優しく微笑む顔がより恐ろしく見えた。
「前も思いましたが、御3人は本当に仲の良い関係なのだと感じました。是非御3人でこの国に遊びに来て下さい」
「機会があればね」カレン
「同じく」フィー。
2人私と同じく癪に障る感情を感じたのだ。
「はい。考慮しておきます」
「有難うございます」
すっと背筋を伸ばし纏う空気が変わった。
「帝国の光、帝国の輝き、ヴェンツェル公爵息女、御前を失礼致します」
綺麗な会釈と微笑みで、部屋を去っていった。
「何だか嫌な感じだな」
「やっぱりそう思った?」
「あの狸、何か隠してるね」
私達は何とも後味の悪い思いで、扉を見つめた。




