帝国へ(馬車の中)2
ぼんやりと馬車の外を眺めていた。
ガタガタと良く揺れる馬車に、お尻がかなり痛くなり、そっちに気がいってしまい、おかげで滅入らずにすんだ。
前に座るターニャが、あれやこれやと私に気を使い聞いてくるが、黙ってて、と制した。
私の心境を察してくれて、先程の怯える様子ではなく、静かに引いてくれた。
ターニャのおかげで気持ちは確かに落ち着ついていた。
何も考えたくなくて、ただ外を見て、今、自分の置かれている環境に素直に感情が働いていた。
このカーテン、ボロボロで穴が沢山空いてて、カーテンの意味ないな。夜だからいいけどこの馬車で寝るのはなかなかの図太い神経がないと寝れないだろうな。
フィーとカレンと落ち合う屋敷には、明け方に着く予定だけど、このカーテンだと明け方は太陽が眩しくて目が覚めるわ。
寝れないじゃない。
今は夏だから、日が昇るのが早いし暑くて、もっと寝れないわね。
夏?
そうか、もう夏か。卒業まで7ヶ月程しかない。それまでに王妃派を潰せるだろうか。
それに、お父様の言うようにフィーの事をもっと考えないといけない。
フィー、かあ。
綺麗で優しく微笑んでくれる姿しか浮かばない。
お父様の言うように、帝国からの使者として訪れてきたのは知っているけど、いつも遠くにいて社交辞令の話しをしただけだった。
ちゃんと話をしたとしたら、初めて会ったあの時だ。
あの時だって、お互いを知る会話らしい会話ではなかったのに、それなのに私を気にしてくれているという訳か。
「ねえ、ターニャ」
「なんでございましょう?」
「フィーは、どんな人なの?」
結局、私は、私に優しいフィーしか知らない。
「とても厳しい方です」
「厳しい?」
フィーが?
「はい。それは皇女様もそうです。ご自分に厳しく、他人にも厳しい。誰かに優しくするのは弱き自分を表し、隙を作ります。その為いつも壁を作り、誰にも心を許す事などありませんでした。ところが、公爵令嬢様の側に来て驚く程柔らかくなりました」
「それは・・・フィーが私の事を想っているのと、カレンが気に入った小説の登場人物に私が似ているからでしょう?」
「どうでしょうか?皇太子が公爵令嬢をお気に召されているのを皇女様は・・・癪に触っていました」
言葉を濁しながらもはっきりと口にした。
「それは聞いたわ。もっと大国の令嬢がフィーに相応しいと言っていたわ」
カレンの言葉が脳裏に鮮明に浮かぶ。
「仰る通りです」
不思議な言い方と、眼差しだった。
達観したよう口調と、
その微笑みが、
私のぼんやりとした気持ちに、
爽やかな光をさした。
もう、フィー、カレン。
2人して私の事を気に入りすぎよ。
ターニャの暖かな瞳に、特別扱いされてます、と呆れに近い感情が見えくすぐったかった。
「あなたは、私でもいいの?」
「あら、公爵令嬢様。私は手駒となった身分でございますよ。手駒となるには、それだけの資質とカリスマがあってこその相手に膝を付きます。その私に、公爵令嬢の存在意義を質問しますか?」
「・・・それでも聞きたいのよ。私は・・・私の存在意義がいつも揺らいでしまう、危うい気持ちしかもてない」
この脆弱な己の感情が、
洗脳、
に作られてしまったと、今の私だからこそ気づく事が出来た。
だから、殿下に縋りたくなる気持ちが心の底で蠢き、その手を取ることが楽になれると、私が囁いてくる。
振り払える強靭な強い己を、私は、本当に手に入れる事が出来るのだろうか?
「それならば、皇太子様に寄り添えば宜しいです」
「フィーに、寄り添う?私の存在意義を聞いているのよ?」
「はい。公爵令嬢様は、誰かに縋る事を望んでおられるのですよね?」
私の求め恐いた言葉を、
あっさりと、
言われた。
縋る。
私の傷つい心にふんわりと柔らかな布が巻かれるように、包み込んでくれた。
私は殿下の愛に、全身全霊を満身創痍にする程に、縋っていた。
それが生きがいであって、
私の存在意義たった。
「皇太子様は、常に公爵令嬢様を大切にして下さっております。そのお心に素直にお応えされればいいかと思いますよ。だって、公爵令嬢様の婚約者の方に対するご様子はストーカーのような執着ぶりで、気持ち悪かったですからね」
1歩下がった人からもそう見えてたのか。
「大丈夫です、と言いながら泣きそうな顔だ、といつも皇太子様が言っていました」
確かに、その気持ちだったわ。
殿下とレインの2人を見ていると焦り、苛立ち不安だった。
「それでも表に出す事なく人と接している姿はとても美しいと言っていました。つまりの惚気ですよ。それを聞いている、皇女様と私の身にもなって下さいよ」
口調が、苛立ちに変わった。
「グジグジされる公爵令嬢様を、どれほど前向きに皇太子様がグダグダと言って、私達にアピールして、最後は、済まない私の独り言だ。気にしないでくれ、と言うので締め括る。はあ!?ですよね」
その、通りです。
「しこたま喋って、最後はそれ?だったら隅で1人で喋って下さいよ、と言う愚痴を皇女様としました。そう思いませんか?」
その、通りです。
「あ、ですがね今は違いますよ。そんな、凹んだ演技の顔しなくても結構ですよ。もう、本性は知りましたからね。いやあ、人は見かけによらないと、つくづく痛感しました。実際皇女様も公爵令嬢様に逆らう事をやめて、機嫌を伺っていますからね。私も、同じでございます」
そこから、私を上げては、下げての説明に、とても複雑だった。
褒めてるのか、貶しているのか・・・。
でも、なんだか聞いていて嫌な気分にはならなかった。
ターニャ、ありがとう。
フィーに縋ればいい、
そう導いてくれた言葉に、
私の分岐点が消えたようだった。




