コリュ目線2
「そうだ、これ家からくすねて来た干しぶどう」
足元に置いていた、袋をどさりと机の上に出した。
「こりゃ嬉しいな。お前の所の干しぶどうは、皆に好評だからな」
「その言い方だと、俺が去って寂しいと言うより、これが貰えなくて寂しい、と聞こえるな」
「そりゃそうだろ。干しぶどうはここでは高級品だ。お!結構あるな」
「農園の小屋に置いてあるから、また、くすねて来るわ」
「お前の家も大変だろうから、無理すんなよ。廃嫡されても、親は親だからな」
「痛いとこつくな。ほとぼり冷めたら適当に会いに行くわ」
「そうしな」
微笑むガンダラから滲み出る優しさが見えた。
貧民街に住む人間の結束は硬い。
その分、情も深い。
その分、部外者にはとことん冷たい。
一度ここに入れることを決めた相手には、家族同然のように扱ってくれる。
だから、こそだ。
ここでの情報は絶対に貴族には漏れない。
本当にあの方は侮れないというか、感がいいのだろうな。
王妃様が何をしているかは分からないが、事が表立ってないとすれば、上級貴族が必死に守っているのだろうが、そんなヤツらが使うのは何時だって平民だ。
金さえ握らせば、黙ってくれる。
もしくは、殺されるかだな。
だがここでは、大金の仕事をする時は必ず長に連絡し誰がその仕事に相応しいか決める。
そうして手に入れた金は必要な品物を買い、皆で分ける。
だから、ここが居心地が良かった。
ここで貴族世界のように上下関係がなく、誰もが平等だ。
「ところで、その公爵令嬢というのはあの公女の事だろ?」
急に真剣な顔つきになり、鋭い目つきで俺を見てきた。一気に部屋の空気が剣呑に変わり、顔がひきつりそうになった。
「あの公女?ああ、そうかここでは貴族の女をそういう呼び方するんだったな。殿下の婚約者のスティング様の事だけど、合ってるか?」
なんだ?
何故スティング様が出てくるんだ?
ここでは貴族は嫌われていて名前さえ出しもしないのに、わざわざスティング様を?
俺が関わっているとしても、基本人のことを根掘り葉掘り聞きはしない。
「合ってる。どうした?顔が強ばっているぞ」
「その公女には嫌な思い出しかないからな。さっき言っただろ?ついこの間、俺の屋敷に来て謝罪がなっていないと廃嫡された所だからな。あれは怖かった」
必死に答えながら、自分が何を言っているのか不安になった。
この答えであってるよな?間違ってないよな?
どくどく心臓の高鳴りが、体を強ばらせていく。
もうバレたのか?
いや、もしかしたら初めからスティング様に嵌められたのか?
本当に悪女なのか?
俺が殺されるのか?
冷や汗で、手のひらがベタベタしてきた。
俺を見つめるガンダラの顔が、異様に怖く見える。
貧民街の情報を私利私欲で流せば、
殺される。
自分の死体が脳裏に浮かび、ゾッとした。
「本当にそんな酷い公女なのか?噂でも、かなり悪女だとは聞いていたが、この間の七夕祭りの紙風船をタダにしてくれた上に、菓子とぬいぐるみを貰った、と喜んで帰って来た奴がいてな、そいつらが言うには優しい公女だったらしいんだ」
はっ?
そっちか?
何やっているんだ、あの人は?
「何でスティング様だと思ったんだ?人違いだろ。そんな優しい事をするわけがないだろ」
ビビって損した!
「いいや、あってるな。お前が今、スティング、と言ったな。そいつらは、その公女が、スティング、と呼ばれているのを聞いたと言っていた」
「まさか」
しかし、ここでスティング様の名前が出るなんて思ってもいなかった。
それも、やはり優しい方なんだ。
すいません、疑ってしまいました。
「だが、屋台で買って食べきれんから、とくれたらしいがかなりの量を持って帰ってきたのは事実だ。それに、紙風船をタダにしてくれたおかげでガキ共が喜んで祭りに行っていた」
「タダにした話は聞いた。だが、俺が聞いたのはスティング様」
「公女様」
何故か話の途中で言い直された。
「なんだ?公女様と呼ぶようになったのか?まあ、いい。俺が聞いたのは公女様が父親の代わりにやった、と聞いたんだけどな。偽善者、という事だろ?騙されているんだ」
「そうかもしれんが、そうではないかもしれん」
ガンダラのこの言い方は明らかに何かを探っている。
「何を言いたいんだ?」
はっきり言えよ。
やっぱり俺が何でここに来たのかバレているのか!?
「お前ここに住まわしやるから、公女様を探ってこい」
「はあ!?」
「もしかしたら、他の貴族とは違うかもしれん。別にここを出たいとかじゃない。ガキらがもう少し飯を食えるようにしてやりたいんだ。だから、お前がどうにか近づいて、どうにかしろ」
「俺が公女様にケンカ売ったの知ってるだろ!?」
「分かっているが、貴族だろ?どうにか出来るだろ」
「出来ねーよ!出来てたら、ここに来てねーよ!」
「ともかく、そういう事だ。話は終わりだ。それとも、住処は要らないのか?」
ニヤリと意地悪な言い方で、目を細めた。
「・・・ひでぇ奴だ」
「何言ってるタダで住処を貰おうなんざ虫よすぎるだろうが」
「干しぶどう渡しただろ?」
「これはこれ、それはそれだ。ともかく無理のない程度でいいから探ってこいよ」
「・・・わかった。期待すんなよ」
「当たり前だ。期待した方が負けだからな」
「そうだな。俺もそう思う」
王妃様から声を掛けてもらった時色々期待して、結果そうならなかった。期待が大き過ぎれば、大きいほど外れた時の落胆は堪える。
「だが、相手にもよるな。自分達のことを考えて一緒に動いてくれるならたとえ期待通りに全くならなくても、後悔はない」
スティング様となら、
結果が悪くても後悔はない。
さっきは疑ったのは、気のせいということにしておこう。
「それはそうだろ。それは、仲間だから、だろ」
仲間?
スティング様と俺が?
立場が違いすぎるし、背負った重さが違いすぎる。
だが。
「そう、だな。仲間だから、期待に応えるように努力するんだろうな。じゃあ、俺も早くここの皆から仲間だと思って貰えるように頑張るわ」
「悪ぃがそうしてくれ。だが、無理はするな。それとお前の家に迷惑かけるようなマネはするなよ」
「わかった。じゃあ帰るわ」
「おう」
ガンダラは陽気に手を振り俺を見送ってくれた。
貧民街を出るまでに何人か知り合いがいて、手を振ると振り返してくれた。




