決戦の週末(土曜日)がつんとやってやります・王妃様の部屋にて2
優雅に、カレンとフィー、そしてクルリが、入ってきた。
「誰だ!?勝手に入っ・・・こ、これは帝国皇子様に、皇女様。どうされましたか?」
慌てふためき驚きながらも、王妃様が丁寧に頭を下げる対応に、感心した。
「入りたかったからです」
至極当然とばかりに答えるカレンの声が、私の緊張していた体をほぐしてくれた。
王妃様の訝し気な顔に、笑える余裕がもてた。
はあ、とお腹が痛いくらいに深呼吸がでた。
自分自身、よく頑張ったと褒めたいくらいだわ。
叩かれた頬が今更ながらジンジンと痛みを感じた。
手加減なく叩いてきた。
つまり、それだけ私に腹がたっていた、ということだ。
これまで自分の手のひらで転がし、上手く操ってきて時が、長くなればなるほど、その玉は滑らかで手に馴染んでくる。
その玉が常に己の思惑通りに動く事に慣れた時、
油断、
という状況が生まれる。
これまでも我慢し隠してきた棘が唐突に出てきた時の驚愕は、
あまりの驚きと、戸惑いで、
ぼろを落とす。
さあ、
落としなさい。
すっと、フィーが私の側に寄ってきた。
「それはどういう事ですか?たとえ帝国皇子様、皇女様とはいえ、この部屋はこの国妃の部屋でございます。勝手に入ってくるとは無礼ではありません!?」
流石だわ。
己が追い詰められるよりも、相手を追い詰める言い方と、その眼差し。
でもねえ、相手が悪いわ。
見なくてもわかるわ。
「そいつ」
背後から聞こえるその声がより威圧を醸し出し、恐ろしかった。
「私!?」
がたり、と膝を机で打ちながら慌ててクラウス様が立ち上がった。
ふっ。
あなた以外に誰がいるのかしら?
「あんたさあ、わざわざスティング様がこの部屋にいるのを聞いて、馬鹿にするような顔で扉を叩いてたよね。ねえ、あなた何様?スティング様はヴェンツェル公爵家の息女でありながら、この国の王子の婚約者。その上この部屋は王妃の謁見室。さあ、教えて?あんた何様?聞いたら、スティング様は王妃様に謁見は通っているけれど、あんたはない、と言われた。ねえ?あなたは何様かしらあ?」
ゾッとした。
低い声で、幾度も、あなた何様?と笑いながら言うカレンの声が、背後から聞こえる。
知らず体が震えてきた。
「答えろ!!」
フィーの鋭い言葉に、クラウス様はおののき、へたりとソファに座り、ガタガタと震え助けを求めるように王妃様を見た。
勿論、王妃様は青ざめ顔を背けた。
「あらぁ?王妃様が答えてくれるのかしら?」
上目遣いが笑いながらも、目は全く笑っていない。
王妃様はカレンに目を戻し、何か言いたそう口を開けたが、結局何も言えず口を閉じまた、下を向いた。
ふっ、とカレンの吐き捨てた吐息が聞こえた。
「私達の解釈はね、この国では、公爵令嬢が王妃様に謁見しているにも関わらず無視し、それも、扉を叩いても返事も貰えないまま勝手に入れるのね、と思ったの。だって、そいつはそうした」
さすが悪知恵を持つカレンだわ。クラウス様を見て何か考えて入ってくるだろうと思ったけど、よくまあ考えること。
どうにかするだろうと思ったけど、この短時間でよく考えたわね、と感心する。
大丈夫。筋は通ってる。
「つまり、この国の王妃の謁見は、扉を叩いて返事もなく入れる、スティング!?」
フィーが私の真横に来て、私を見て固まった。
「誰がスティングを殴った!!」
「ひっ!!」
あまりの怒りの声に、王妃様はよろめき、倒れそうになりながらもどうにか踏ん張った。
既にそれが、
答えとなる。
「フィー皇子様、王妃様でございます」
庇うなんてしない。
すっと指を差した。
「はあ!?どういう事よ!!」
あれ?
もしかして、ここか弱く言って泣いた方が良かった?
と、自分で考えてみたが、か弱く、という自分が浮かばず、変な気分だった。
「な、何を・・・いや・・・それは・・・」
王妃様は必死に声を出すが、2人の剣幕に否定をしなかったのは、余程余裕がないのだろう。
「私が至らなかった、と言う事で躾だそうです」
うるると悲しそうに見えるように、頑張ってみた。
「至らなかった?何をよ!」
凄い勢いで、カレンは王妃様の目前で止まり腕を上げ、
いああああああ!!!
やめて!!!
「カ、カレン皇女様!!お待ちください!」
私の静止の言葉に、ピタ、と腕が止まり、
はあ!?
みたいな顔で振り向かれた。
はあ!?じゃないわ!!
何しようとしてるのよ!?その止めるな、みたいな顔やめてよ!!
国交問題になるから!!
「その、理由としては先日の殿下の誕生パーティーで、私が逃げた、とご立腹です。次の日の朝、來賓客のお相手に苦慮されたようです!」
こっちに来て!
早く帰ってきて!!
私の思いが伝わったのか、顔が急にひきつり、素直に私の横にきてくれた。
「待ちなさい!そんな事言っていないわ!!」
カレンの行動に怯えながらも、反論してきた。
「では、どのような件で私は叩かれたのでしょうか?」
さあ、言ってみて。
こんな怖い2人の中で、言えるものなら言ってみなさいよ。私なら絶対反論しないわ。
カレン、私の後ろに来て!
カレンは私と目が合うと、こくこくと頷き、横にくると、王妃様を凄く睨んだ。
まるで、何かの捌け口するかのように、鋭さが増していた。
「スティング様が逃げた、と言うのは言わないでしょう。あまりにも能無しの考えよ。だって帝国皇子、皇女の目の前で、くっだらない嘘をついた王妃様よ。スティング様を迎えに行ったのに断られた、
とか本当に子供が考えそうな低レベルな事を言った方よ。では、本当の理由を聞こうかしら?」
「・・・そ、それは・・・」
「カレン皇女様、では、その後に王妃様が仰った、レイン殿は平民で学生ですので、愛人としてはみられない。だから、私が率先して動くべきだ、と叱責をうけました。それでしょうか?」
「待ちなさい!そ、そんな事言ってないわよ!」
「はあ?誰が見ても愛人でしょ。それも平民だから?学生だから?だったら何故平民を側に置くの?王子のそんな勝手な行動をこの国では許してるの?それ、元々の教育間違ってない?あんた、何も思わないの?」
慌てて否定するカレンに一蹴された上に、あんた呼ばわりされている。
「それは、そこにおられる王妃様にお聞きしてください。親、ですからね。ですが、これも違うとなれ
ば、では、他の理由でしょうか?」
「お嬢様」
すっとクルリが冷たいおしぼりを持ってきた。
「ありがとう」
見ると扉をが全開になり、人の声が増えてきた。
予定通りだ。
部屋で喧騒が始まったら、気付かれないように扉を開けてくれるようにクルリに頼んだ。
頬を叩かれたのは予定外だったが、逆に騒ぎが大きくなるからこちらとしては良かったわ。
「では、王妃様、伺いましょうか?」
カレンの底冷えする声と威圧に、王妃様は言葉をなくし、ただ青ざめ視線を泳がすだけだった。
「カレン。それなら王妃様は御自分の都合のいいよう勘違いするお花畑なのか?
ああ、だから、ここには、召使い1人もいない密室で、その男と一緒に、スティング様を痛めつけていたのか!!」
フィーの我慢ならないと、突きつける言葉の中に込められた感情に、とても私を心配しているのか分かった。
「何事だ!?」
この声は、陛下だ。
騒ぎを聞き付けやってきたのだろう。
そうして、今日会議でこられた隣国の宰相もいる。
「これはこれは国王様。王妃様が召使いもつけない密室で、スティング様を叩いたのよ。その上その理由を明らかにしない。それも、ほら、お茶まで投げつけている。スティング様のドレスは私とわざわざお揃いで着てきた大事なドレスなのに」
かつ!!!
振り向い瞬間のヒールの音が大きく響いた。
それだけ、カレンの怒りが現れた証拠だった。
「さあ、どうしてくれるの!?この国の王妃は帝国皇女を遠回しに馬鹿にしたいの!?だったらその喧嘩買ってやるわ!!」
大声での凄まじいまでの言葉に、凍てつく静寂が襲った。
まさに、最高の舞台だ。
密室の舞台ではなく、
観客も観戦している上に、
陛下も観覧だ。
「だったら俺も買ってやる!この国では暴力を是とする習性があるのだろう!そのような国は俺の時代では許しはしない!!」
フィーの苛立ちの中での奮起の言葉は、
でも、2人とも、やりすぎです。
皆怖がっています。
私の為に怒ってくれているのは、わかる。
分かっているけど、やりすぎ!
喧嘩買うなんて、皇女の言葉じゃないよ。
俺の時代、とか皇太子が言ったらその国は普通潰されるから。
クルリはクルリで、笑いこらえてるし!
もう!
「恐れ入ります、フィー皇子様、カレン皇女様」
軽く斜め前に行き、2人の顔が見える場所に歩き、一礼した。
私が、止めるしかないでしょ・・・。
全く。
「お怒りはごもっともと思いますが、王妃様に召使いが付かないとは有り得ない事でございます。恐らく、王妃様に遣われた召使いがこちらに来なかった事が、王妃様の機嫌を損なう結果となり、私に手を出してしまったものと思われます」
ともかく、流れを戻さないといけない。
「王妃様、そうでございましょう?」
「そ、そうよ!頼んだ召使いが来ないから、困ってスティング殿に八つ当たりしてしまったわ!!」
明らかに逃げれた、とほっとした顔で言ってきた。
八つ当たりな訳が無いでしょう。八つ当たりの方がまだマシだわ。それなら機嫌を損なわないようにすれば万事上手く行くということでしよう。
それも冷静に考えれば、ご自分の意思もなく話が進んでいる状況に、少しは過敏に反応すべきだわ。
まあ、この2人目の間にして、喧嘩買う、と言われたら思考停止になるは頷けるし、
何よりも、
私の喧嘩を買ってくれた。
「その召使いは誰ですか?もしかしたら、スタン、ですか?」
「そ、そうよ!その通りよ!!」
かかった!
今の状況なら誰の名を言っても乗って来るのは分かっていた。
自分が助かりたい一心と、責任転嫁。
なんて単純なの。
「グレース、その者を呼んでこい!!」
「はい、陛下」
陛下の一声にグレースと呼ばれた年配の女はキビキビと動き出した。
グレースはこの王宮のメイド長だ。
どちらの派閥にも所属しない、昔から王宮に使える由緒正しき家柄だ。
「お待ちください、陛下。それならリットもお呼び下さい。ホールにて私のドレスを汚した上に、お2人に対して無礼極まりないない態度をとり、カレン皇女様の怒りを買いました」
「分かった。その女も連れてこい」
「はい、陛下」
「グレース、お待ちなさい。こちらへ」
私の急な呼び掛けに動じることなく、側にきた。
コソコソと用意して欲しいものを頼んだ。
「かしこまりました」
「行きなさい」
「はい、では失礼致します」
そういうと、早歩きで去っていった。
「陛下、後は私の方で王妃様と解決いたします。このような騒ぎを起こしてしまい、申し訳ございません。この騒ぎにつきまして、明日解決策をお持ちしますので、お時間を頂ければと思います。勿論王妃様もご一緒にお願いいたします」
陛下の方だけを向き、一切王妃様は無視してみた。
「それは構わんが、王妃に代わって謝罪しよう。すまなった」
すっと頭を下げてきた様子に、さほどざわめきは起きなかった。私の立場を考え、また、相手が王妃様となれば当然の対応だ。
ただ、王妃様の歯がゆい顔を拝めないのは残念だけど、下手に振り向いて、下手なことを言われたくない。
どうせ、自分の都合のいいように言うのだろうけど、これ以上フィーとカレンに火を注いでほしくない。
余計ややこしくなるわ。
それに、陛下のこの対応は国の頂きに立つものとして、潔く心晴れるものがある。実際隣国の宰相様も穏やかな顔になったが、ちらりと王妃様を見る目は侮蔑だ。
「陛下、頭をお上げ下さい。宜しいのです。私がまだ至らなかったと言うことでしょう」
私の言葉に、辛そうな顔で頭を上げた。
「いかような理由があろうとも、手は上げる事は許されない。皇太子の仰るように暴力を是とする国ではあってはならない。公爵令嬢よ、何か詫びをしたい。なんなりと申せ」
あら?これは願ってもないお言葉だわ。
「では、明日の私の行動に寛大な心でお許し頂ければ幸いです」
「そなたが何をするのだ?いつも穏やかな冷静に判断してくれるでは無いか」
「先程申したように、今日の騒ぎの解決でございます、陛下」
瞳と瞳が絡み合う。
陛下と同じ青い瞳が、穏やかながらも覚悟を決めた輝きが見えた。
「よかろう。出来るだけそなたの望むように応えよう」
「ありがとうございます。陛下の公務に水を差し申し訳ございませんでした。お戻り下さい」
「分かった」
そっと近づくと肩に手を置き優しく微笑まられた。
「新しい冷たい布を持ってこさせる」
「恐れ入ります。・・・今回は布石となり、私は本気で動きます。もう陛下も我慢されなくて結構です」
小さく呟いた言葉に、陛下はいつもと変わらず穏やかな顔で小さく頷くと静かに去っていかれた。
「フィー、カレン中で待ちましょう。もうすぐそのメイド達が来るわ」
「そうだな」
「そうね」
中に入りながらクルリに目配せした。




