隣の席のメイドさん
SNSが当たり前になった現在。
簡単に言葉や写真がつぶやけて、それを人々に見て、感じて貰えるようになった。俺はそんな世界にドップリ浸かったせいか、現実ではぼっちだった。
フォロワーが百万人いても、リアルにまでは影響がなかった。
リアルをそこまで曝け出しているわけでもなかったし、ネットアイドル的な存在として俺は振舞っていたからだ。
そうして、俺は高校二年の春を迎えていた。風見高校は、服装自由の私服で通える学校。だから、俺もみんなも普段通りの服装だった。
一週間、二週間経っても俺に友達なんて出来るはずもなく、孤立を深めていた。幸い、席は窓側の隅の席。最高の平和的ポジションだった。それが余計に孤島になっていたかもしれないが。
――ある日、隣の席の美少女『比屋根 愛』がメイド服を着て登校してきた。クラス内は騒然としていた。さすがにコスプレしてくるヤツなんていなかったからだ。いくら服装自由とはいえ、メイド服って……。
しかも、比屋根は俺の方に大きな瞳を向けていた。瞬きもせずに、妙な緊張感で。なんだ、この話しかけられそうな雰囲気。まさか……。
そのまさかだった。
比屋根は明らかに俺の席の前に立っていた。
「……えっと」
「天川 竜くん」
俺の名をつぶやく比屋根。
肩まで伸びる銀髪。赤と青のオッドアイの瞳。全てが宝石のようにキラキラしていた。こうして間近で見ると、凄い美人だ。
当然このレベルなら彼氏とかいるだろうと、俺は気にも留めずにしたのだが……。今は目の前にいた。比屋根が俺を見下ろして名前を口にしていた。
意味が分からなかった。
いったい、なんの罰ゲームなのかと俺は困惑するばかりだった。
「比屋根さん……どうかした?」
「わ、わたしの名前を憶えてくれているんだ。……良かった」
「え?」
「な、なんでもない。それより天川くん、ちょっと話があるの」
話? なんの話だと首を傾げる。
俺と比屋根さんに接点なんて全くない。あるとしたら、隣の席だってくらいだ。その程度の話。でも、これは……。
う~ん、ちょっと興味があるな。
「分かった。話を聞くよ」
「ありがとう。そのね、天川くんって……ツブヤイターやってるでしょ」
「――なッ。なぜそれを!」
「わたしもフォローしているの。度々バズっているし、人気よね。だからどんな人かなって気になっていたの……まさか、隣の席の天川くんとは思わなかったけど」
「まってくれ。なんで分かった? 特定はされないように心がけていたのに」
聞き返すと、比屋根は周りに聞こえないように俺の耳元で囁き始めた。うわ、小さな顔が近い。ていうか、息が耳元に……!
「隣の席だからね、君がスマホを弄っている時に見えちゃったの……。百万人のフォロワーを持つ“番犬”くんよね」
番犬――それこそ、俺のツブヤイターの名。飼い猫の写真がバズって以来、フォロワー数を伸ばし続け、百万人まで伸びてしまった。現在も毎日投稿していた。
それを見られてしまっていたとは。
「まさかバレるとはね、現実では初めてだよ」
「良かった、わたしが一番なんだね」
「そ、そうだ。それで、俺を脅して金でも取る気か?」
「違うよ。わたしを天川くんの専属メイドにして欲しいの」
突然の提案に、俺はビックリする。
比屋根が俺のメイド?
なんだそりゃ……。
だけど、彼女の目は本気だった。
「いやまて。いきなり、メイドとか言われても……」
「天川くん、アパートで独り暮らしよね。男の子、ひとりで大変だよね」
な、なんで知っているんだ~!?
こわっ……。
「ちょっとマテ。比屋根さん、俺のプライベート情報を知りすぎだろ」
「うん、知ってから一週間は天川くんを尾行してたもん」
尾行ってか……ストーカーですやん。まさか、俺が女の子に追っ掛けされていたとは、全然、気付かなかった。
嬉しいやら恐怖やら。
いやだけど、こんなアイドル級の比屋根に気に入られてる(?)時点で、俺は嬉しかった。こんな子と毎日過ごせたら楽しいだろうな。
「で、専属メイドて本気?」
「うん。奴隷メイドでもいいよ?」
だから、いちいち目が本気!!
「なんでそんな俺に構う。俺と付き合うメリットなんてないぞ」
「ううん、そんな事ない。だって、あんな可愛い猫ちゃん飼っているじゃん! そんなペット愛のある天川くんが素敵だなって思ったの。あ、猫ちゃん撫でさせてねっ」
なるほど、目的は“サクラ”か。
雌の三毛猫。
甘え上手で人気を博し、今も尚人気は鰻登り。
……まあいいか。俺の秘密を共有してくれる相手が比屋根なら、後悔はない。この日から、比屋根 愛は俺のメイドになった。