5.【パリィ】
赤毛の魔熊を倒した俺は、慣れた手つきで魔物を解体していた。
その様子をイーフィアが眺めている。
「アルくん凄いです! 冒険者でも倒すのが大変な魔物を簡単に倒しちゃうなんて!」
「赤毛の魔熊を倒したことは、みんなにはまだ黙っていてくれ」
「どうしてですか? 凄いのに隠す必要ないですよ?」
「余計な混乱は避けたいんだ」
大騒ぎになって、村が混乱するとどうなるか分からない。
それに知っていた相手だから、言うほど苦労することもなく倒せたんだ。
一か月近くできちんと実力が上がったのは良いことだ。
ちゃんとした剣があれば、もっと楽に倒せたとも思う。
「そんなことまで考えられるなんて……アルくんに比べて、私って本当に価値がないですよね……ただ、見てることしかできませんでした……」
「イーフィアはスキルとか持ってないのか?」
元貴族なら、何かしら持っていそうなものだ。
イーフィアは首を横に振る。
「周りのみんなは持ってました。でも、私は本当にダメで……」
劣等感を抱くのは、誰でも当然のことだ。
俺だって劣等感を抱いている。
「ふーん……欲しいスキルとかあるの?」
そう聞くと、イーフィアが顔を明るくした。
「人を守るスキルが欲しいです!」
人を守るスキル……か。
イーフィアの方を見る。
美しい金髪を揺らしながら、俺のことを輝いた目で見ていた。
イーフィアは良い子だ。ただ、自分に対する評価が低くて自信がないんだ。
何とかしてあげたい。
「……俺を信じてくれるか?」
「もちろんですよ! アルくんのことなら、なんでも信じます! ところで、何をですか?」
「人を守るスキルを取るんだ」
イーフィアは苦笑いを浮かべた。
「アルくん、スキルは神様から貰う物なんですよ? 手に入れようと思って手に入るはずが……」
「……じゃあ、やっぱこの話はなしで」
「ああいや! 別に疑ってる訳じゃないんです! ごめんなさい!」
必死に謝るイーフィアに、少し笑いそうになる。
意外に明るい子なのかもしれない。
「ちなみに……どういうスキルなんですか?」
「【パリィ】だ」
*
それから数日後。
俺はイーフィアと一緒に森にやってきていた。
そこで【パリィ】について教える。
「【パリィ】を使うには盾が必要だ。これを使え」
木製の盾を渡す。
イーフィアがそれを持ち、地面に尻もちをついた。
「お、重いですね……!」
「それを持って訓練しないと、【パリィ】だけ取得して使えない、なんて話にならないからね」
「は、はい! 人を守るために頑張ります!」
いい心がけだ……と思う。
正直なところ、俺はスキルの取得方法を他人に教えることが恐かった。
悪用されたり、広まったりしたら大事になる。
「なぁ、ちなみになんだがこのことは……」
「分かってます! 誰にも話しません!」
イーフィアははっきりと言う。
この時代にやってきて、初めて人にスキルを教えようと思った。
最初の相手がイーフィアで本当に良かった。
「あと、訓練するのは俺じゃなくてこの丸太だ」
「へ……? 丸太ですか?」
木に括り付けて、浮いている丸太を思いっきり蹴る。
すると、左右に大きく揺れていた。
【パリィ】の取得条件は攻撃を10000回も見切ること。
このスキルかなり使えて、相手の攻撃を弾くことができる。
また、盾持ちには必須とも言えるスキルだった。
「見切るって言っても、効率化を図るんだ。この丸太の動きをしっかりと見て、正面から躱す。それを10000回だ」
「えぇ!? 10000回もですか!?」
「それで取得できるんだ。まだ楽な方だよ」
それでも、時間が掛かるから俺はやらない。
他に欲しいスキルはたくさんあるんだ。
現状、体力は十分だ。
攻撃力の方に不安がある。
「は、はい……! 頑張ります!」
イーフィアが丸太の前に立つ。
振りかぶった丸太がイーフィアを吹き飛ばした。
「ふぎゃっ!」
顔面を強打したらしく、涙目になっていた。
イーフィアは諦めずに立ち上がった。
何度も吹き飛ばされながらも、次第に慣れてきたのか躱し始める。
俺はその光景を見ながら、オキアミの木から実を集めていた。
「はぁ……はぁ……アルくん……? 何してるんですか?」
「オキアミの実を集めて、すり潰してる」
「すり潰すなんて初めて見ました」
イーフィアは「一旦休憩……」とつぶやいて、俺の隣に座った。
「すり潰したオキアミの実に、水を入れるんだ」
「水!?」
「あぁ、それを少し放置すると……」
イーフィアが鼻を何度か鳴らす。
「くんくん……あれ、この匂い……」
「お酒だ」
「えぇぇぇっ⁉ お酒なんですかこれ!」
イーフィアが驚いて、オキアミの実を眺める。
かなり荒っぽい作り方だが、オキアミの実は優秀で香りや味と言った全てを備えている。
お酒の成分が少なく酔いづらいものの、舌触りや香りが良ければお酒は進むんだ。
「お、お酒まで作れちゃうなんて……あ、ちょっと樽っぽい香りもしますね」
「そういう酒なんだ。仕事終わりに飲むとうまいんだ」
「の、飲んじゃダメですよ! 私たちまだ子どもなんですよ!?」
「あ……そうか。完全に忘れてた……飲んだら怒られるか」
別に俺のために作っていた訳ではないが、飲みたい……。
いいや、ダメだ。大人になってから……いや、中身は大人だし……。
そう思いながら、隣を見るとイーフィアが頬を膨らませていた。
「アルくんって、意外と悪い子なんですね!」
「アハハ……冗談だよ、冗談」
それから順調にイーフィアは訓練を続け、無事に【パリィ】を習得した。
俺のことを抱きしめて「初めてスキルを取ることができました! アルくんのお陰です!」と泣きながら言っていた。
イーフィアなら他人に広めたりはしないだろう。
それに俺自身が、教えて良かったと思えた。