2.【踏み込み】
裏庭には家庭菜園があり、森へ続く道もある。
俺は手ごろな場所を選んでスキルを発動した。
「【踏み込み】」
はっきりと口にして構えるも、何も起こらない。
「……なるほど」
スキル【踏み込み】は冒険者なら誰でも持っている。
言うなれば、初心者が使う足さばきのスキルだ。
ただ素早く距離を縮めるだけのスキルで、用途が少なく経験を積んだ冒険者になれば、このスキルを使わずに戦うようになる。
なぜならば、このスキルは体力を多く消費するからだ。
今の俺は10歳、このスキルを手に入れるのは数年後のはずだ。
つまり過去に戻る前に身に着けていたスキルは、引き継がれていないという事だろう。
そこへ洗濯物を干しにモナが来る。
「アルちゃん、パパの真似をしているの?」
「えっ、えーっと……スキルの【踏み込み】を使おうと思ったんだ」
モナは優しく視線を向け、俺の頭を撫でた。
「フフ……さぁねぇ、スキルは神様からのお恵みだからね。きっと、アルちゃんもいつか神様からスキルをもらえるわ」
この頃の世界は、スキルは神からの恵み物だと考えられていた。
自然によって起こり、そこに人の意思は介入することができない神聖な物である。そう教えられた。
しかも、18歳までしかスキルが手に入らないのは、体が熟成しきってしまうとスキルが肉体に定着しないからだ。
決して処女とか童貞は関係なかった。あの言い伝えを俺は許せない。
だが、俺の未来では取得条件さえ満たしてしまえば、いくらでも欲しいスキルが手に入るのだ。
……本当に取得できるか、確かめなきゃ。
「……母さん、ちょっと森に行ってきてもいい?」
「……危ないわよ?」
「ちょっとだけだよ。すぐ帰ってくるから」
モナは悩んだ素振りを見せながら「うーん、ちょっとだけよ?」と許してくれた。
俺は子どもっぽく笑顔を作り、駆けだした。
母さんは俺に甘かったからなぁ……優しいから大好きだけど、この頃の俺は反抗期だったっけ……馬鹿なことしたなぁ。
俺は考え込んで、足元を見ずに走っていた。
そのせいで木の根に躓く。
「あだっ!」
「アルちゃん!?」
こけた俺を心配する声が聞こえる。
「だ、大丈夫だから母さん!」
土を落とし起き上がると鼻から血を出していた。
(このくらいで鼻血か……あんまり無茶はできないな)
「もう、アルちゃんはドジなんだから。門限までには帰ってきなさいよ~」
「は~い!」
*
森の浅いところで、俺は周りを見渡す。
魔物の気配はしないけど、鳥や動物が俺の様子を伺っている。
「ここら辺で良いかな」
俺はそう言うと、地面の転がっている木の棒を拾う。
剣なんて物はない。
子どもの頃に身近にあった武器と言えば、こん棒だ。
「よし! このこん棒で【踏み込み】を取るぞ!」
【踏み込み】の取得条件は武器を持って一人で動物10匹を倒すこと。
たった10匹、されど10匹だ。
子どもの体で、自然界に生きる動物の身体能力に敵う訳がない。
鳥なら空を飛んで、リスや小型は素早く動きが取られられない。
モスなら突進されて死んでしまう可能性がある。
簡単に倒すことはできない。
「弓を引く程の腕力はないし……よし! 罠を作ろう!」
考えついたことを実行すべく、俺は近くにある木を見上げた。
僅かに赤みがかった木だ。オキアミの木と呼ばれ、実は香ばしく美味しい。ただ、あまり多く食べると酔う。
「これは使えるぞ」
その実を砕いた物を地面にばらまき、草むらから様子を伺う。
この餌で鳥を誘って倒そう。
なんとしても【踏み込み】は今日のうちに取得しておきたい。悠長にしている時間はないんだ。
空から翼を羽ばたかせギョロ目の鳥が降りてくる。
(キョエー鳥か。仲間意識が強くて、鳴くとうるさいんだよなぁ……)
一匹のキョエー鳥がオキアミの実を食べにくる。
俺は夢中になっているうちに……と草むらから飛び出した。
「おらー!」
「キョエー!!」
草むらからこん棒を持った子どもが現れ、鳥が驚く。
急いでこん棒を振りかざすも、バサバサと飛び去られる。
「クソ……っ! 飛び出すのが早かった。それにこの体の瞬発力じゃ、全然追いつけない……!」
空を見上げると、先ほどの鳥が飛んでいる。
「キョエー! キョエー!」
鳥は高らかに鳴き声を上げて、優雅に飛んでいる。
まるで煽られているようで、俺はイラッとした。
絶対狩ってやるからな……。
それから数時間ほどかけて、俺はようやく10匹のキョエー鳥を倒した。
喉筋から汗が流れる。
「はぁ……はぁ……これで、10匹目!」
取得条件を満たした俺を白い光が包む。
これはスキルを獲得する時に出てくる光で、次第に体内へ吸収されていく。
頭上に俺だけしか見えない文字がでてくる。
スキル【踏み込み】を取得しました。
「よし! やった!」
ちゃんと取得できるぞ!
未来の俺の知識は通じる!
疲れなんて吹っ飛んで、思わず笑顔になった。
このスキルを世の中はゴミだと吐き捨てていた。駆け出しの冒険者が使うスキルだからこそ、そう思われていたのだろう。
でも、神様が一番手に入りやすいスキルをゴミにするはずがない。
「キョエー! キョエー!」
最初に逃した鳥が俺の目の前に降りてくる。
キョエー鳥は仲間が殺されたことに、相当怒っているようだ。
ちょうどいい、試してみよう。
こん棒を構える。
キョエー鳥が姿勢を低くする。
翼を大きく開き、突進してきた。
「キョエー……キョエー!!」
俺はふと、おっさんだった頃を思い出した。
『たった3つしかスキルが使えない癖に、出しゃばんなよ。おっさん』
そう、若い子に言われたことがある。
確かに、俺はスキルが3つしか使えなかった。
でも、その3つで必死に成り上がろうとした。
技術、感覚、経験。これで他人にはない部分をカバーしたんだ。
俺にとって【踏み込み】は、人生の相棒と同じなんだ。
間合いを見切り、スキルを発動する。
「【踏み込み】」
このスキルの利点は、素早く敵に踏み込めることだ。
踏み込んで、懐に入る。その速度は【踏み込み】がどのスキルよりも一番早い。
脳で考えるよりも早いんだ。
「キョエ⁉」
アルは異様な速度を保ったまま、こん棒を振りかざす。
打撃を受けたキョエー鳥は、そのまま意識を失う。
場が静まり返る。
「はぁ……」
アルは息を吐いて、大の字に倒れ込む。
(やべ……興奮して【踏み込み】を使っちゃったけど、練度の低い状態は体力をかなり持っていくんだ)
既に大半の体力を使っていたアルは、母さんに怒られる……と思ったものの意識は飲み込まれた。