神官メアリーの追放
「神官メアリー、今この時点をもって君を勇者パーティーから追放する。」
勇者アルベルトが重々しく告げるとメアリーは泣きそうな顔でその腕にすがった。
「どうしてですかアル!最後まで一緒に居ようって、どんな事があっても離さないって言ったじゃないですか!」
アルベルトはメアリーの肩を押して引き離すとひどく苦い物を飲み込んだような表情で応えた。
「事情が変わったんだメアリー。他のみんなも君の追放について賛成してくれている。」
「嫌です!絶対に嫌です!ここで私だけなんて帰れません。そんな事をしたら邪神を倒したって報われないじゃないですか!カタリナ、カタリナもなんか言ってください!」
涙をいっぱいに溜めた瞳を鎧に身を固めた重戦士の女に向けるメアリーだったが、カタリナは目を合わせようとすらせずに言った。
「メアリー、あたいら親友だろ、聞き分けな。あんたは追放されたんだ。」
「そんな・・・嘘だと言ってくださいカタリナ。またいつもの笑えない冗談ですよね、みんなで私を騙そうとしているんです。そうに決まってます。」
「神官の嬢ちゃん、もう諦めな。ほら、餞別だ。オレは優しいからよォ、このまま放り出すなんてしねえぜェ。こいつを持って行け。」
大きな傷が走るいかつい顔をした元盗賊のバルカンがずっしりと重い革袋を無理やり押し付ける。
「嫌です、こんな物受け取れません。だってこれはバルカンさんが・・・それに受け取ったら私、本当に追放されるみたいじゃないですか。」
「だから最初から言っているだろう。追放だ、もう全て終わったんだよ。そうだ、僕からも餞別をあげよう。」
聞き分けの無い子供に諭すように語りかけるアルベルトはマントを止めていた琥珀色のブローチを外すとメアリーの手にしっかり握らせる。
「嫌だ、やだ、これ、アルがいちばんだいじにしてた。」
「ハハッ、そりゃあいいね。じゃあたいはこいつをやるよ。武骨なあたいには似合わなかったしね。」
涙を流して呆然とたたずむメアリーの髪にカタリナが精緻な銀細工の髪飾りを挿す。災いを退けるといわれるアンブローシアの花を模した髪飾りは薄暗がりの中でもきらきらと細やかな光を反射している。
「さあ、時間じゃ。転移門が開いたぞ。」
今まで呪文を制御していた老魔導師のランドルフが額に脂汗を浮かべながら告げる。魔力も気力も使い果たした老魔導師はさらに一回り老けたような有り様だった。
「メアリー殿、転移門の中は瘴気と時空の歪みで濁流のようになっておる。治癒と結界は絶対に切らすでないぞ。そして例え出られたとしてもどの時代へ繋がっているのかはわからんが、おぬし一人だけなら何とかなるやもしれん。気を付けて行くのじゃぞ。」
「じゃあな、嬢ちゃん。達者で暮らせよ。その金は好きに使っていいが、金貨1枚くらいは王都の孤児院に届けてくれると助かる。」
「あばよ親友、いままで楽しかったさ!もし故郷で弟にあったらよろしく言っといておくれよ。」
バルカンとカタリナが行くまいと必死で抵抗するメアリーをずるずると引きずっていく。
「やだ、だめ、アル、たすけて。」
「メアリー、これで最期だ。今までありがとう、愛しているよ。」
アルベルトがメアリーを転移門に優しく突き飛ばすと、メアリーは絶望の表情を浮かべながら昏い渦の中に落ちていった。
壁が、床が、目に見えるもの全てが歪み、薄れ消えてゆく。
「あーあ、行っちまったねえ。でも良かったのかい、アルベルト。」
「いいんだ、これでいい。」
「かーッ、湿っぽくていけねえや。お、そうだ、爺さん記念に一杯やろうぜ。」
「ほほぅ、まだ酒が残ってたのか。いいぞいいぞ、祝杯をあげるのじゃ。」
「当然あたいにも一杯くれるんだろうね、真面目なあの子がいるとこういうのうっさいからね。」
「よっしゃ爺さん、姐さん、残った酒は少ねえけど最後の一滴まで飲んでやろうぜ。」
「僕にも一杯くれないか。」
「おっ、珍しいじゃァないかい。いい子ちゃん2号の旦那がねェ。」
「僕だって飲みたい日はあるさ。・・・うわっ、なんだこの酒は。」
「ハハハ、アルベルトには安酒が合わなかったようだね。だったら今度はあたいらにいい酒でもおごっておくれよ。」
「ああ、いいとも。ここを出たら好きなだけ高級なワインを飲ませてやるさ。」
「旦那、約束ですぜェ!なんせオレは嬢ちゃんに全財産やっちまったんだ、旦那がおごってくれなきゃァ干からびて死んじまう!」
「ああ、約束だ。そうだ、乾杯しないか?メアリーの幸福を願って。」
「嬢ちゃんの強運を。」「親友の健康を。」「わしらの希望を。」
あるじを失い崩れゆく邪神の領域はそこに居る四人の生命を巻き込んで消えていった。
荒れ狂う時空乱流が結界をきしませ、漏れ出る瘴気が肺の内側から体を焼く。
メアリーは共に生きた仲間たちと、恋人と最期まで共にいきたかった。
いつも小難しい話をする老魔導士の、稼ぎのほとんどを孤児院に届けていた気のいい盗賊の、いつも自分を守ってくれた親友の、そしてずっと共にあった一番大切な人の気配が途絶えた時、もうそれも叶わぬ事と知った。
メアリーは託されたものを抱き護るように、涙が止まらない瞳を閉じて固く体を丸めた。




