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血濡れの王道  作者: 雨兎
7/12

#6 際限の無き黒鉄の剣



「──────あ」




夢々愛のか細く掠れた声が漏れる。目の前で起きた事に理解が追い付いていないのだろう。永徒は自分の身体に重なる屍を除けて出血した箇所を手で抑えながら上半身を起こす。

目の前には、呆けた表情で涙を流しこちらを見つめる夢々愛の姿があった。何時にも見ない無感情な表情と矛盾して、瞳からは涙の瀑布が止まらないでいる。





そして、目の前には漆黒のドレスを風に靡かせ緋色の瞳でこちらを見下している少女の姿が目に映る。手には魔獣たちの鮮血でより一層に紅みが増した剣が握られていた。



「囮ならもう少し役立ってくれないと困るのだけれど」


「誰が、囮だ。こっちは逃げるのに必死だったん、だぞ」


「まあ、ある程度の魔力は補給できたしスケープゴートの駆除も出来たから良しとしましょう」




そう言ってロリアは踵を返すと何を思ったのか夢々愛の方へと歩み寄り、永徒の思いがけない行動に出る。





「───────っおい!!なに、やってんだよ!!!」




永徒の腹の底からの怒号に紅剣を振り掲げたままのロリアは忌々しい表情でこちらを睨みつける。

夢々愛は泣きながらも真っ直ぐに永徒を見つめ助けを求めている。出血している箇所を乱暴に押さえつけよろよろと立ち上がる。そして永徒も、主人に歯向かう狂犬の如き眼力でロリアを見やる。




「………………あなたは黙っていなさい」



「海寺さんは、関係ないだろう、が…………」



「知ってしまったのだから処分しないとでしょ?人間なら尚更ね」



「嫌だ。早くその子から離れろよ…………!!」



「これで最後よ、早く退きなさい」



「絶対にいっ────────」





右脚が軽くなる。同時に視界が揺らぎ地へと落ちていく。理解が及ばず、とりあえずは違和感のある右脚の方を見やる、そして戦慄、絶叫を上げる。




「─────ぁ、がゃあああああああああっっっ!!?!?!!」



「次はもう片方、ね」




血痕を地面にばら撒き飛んでいった右脚が生々しい断面がこちらに縋るように見えている。あまりの激痛に涙は溢れ苦痛の叫びが止まらない。その様子にロリアは見向きもせず夢々愛の方へと再び紅剣を構える。


すると、剣先を向けられた夢々愛は何を思ったのか永徒の方を向いて優しく微笑んだ。意味は理解出来なかった、それでも()()()()だと思った。



地を這い、目の前の凶行を止めるために手を伸ばす。届かぬことは分かっている、それでも永徒は諦められない。




「………………お願、い、だ。やめて、くれ」




力無い掠れた声はロリアの耳には届かず剣を降ろそうとはしない。夢々愛は涙を零しながらも目を瞑りぎゅっと手を握っている。



どうしてこんなことになったのか。



非力な己の無力さがこの結果を生んでしまったのか。



伸ばした腕が地面と重なる。視界がぼやけ意識が朦朧になり、限界を悟ってしまう。体が自分の指示を受け付けず固まったかのように動けない。

無理だと諦めたその瞬間、再び展開は大きく変動する。





「おぉやおぉやぁ。いけませんねぇぇ、人が嫌がる事をしてはいけないと習っていませんでしたかぁ?…………まぁ、吸血鬼ごときがまともな教養を受けているとは到底思いませんがねぇ」




突如として投げかけられた言葉に三人は辺りを見回す。まるでロリアを見下すような男の声だった。

しかし、すぐに三人の中でも一番最初に見つけたロリアは校舎の屋上に立っている人影に標準を切り替るとそれにめがけて黒剣を放った。が、いとも容易く全てを弾かれその声の主は屋上から飛び降り難なく着地した。その男はロリアに向けて恐ろしく爽やかな笑みを向け再会の言葉を贈る。




「お久しぶりですねぇ、()()()()()()()()()



「汚らわしい貴様の口でその名を呼ぶな。余程死にたいようね、─────聖堂教会」







火蓋は切られ真っ向からロリアは突撃する。それに男は動じることもなく何の素振りも見せずに直立している。ロリアは黒剣を出現させ、男に向かって放つ。六発の黒剣は風を切りながら一斉に男に襲いかかる。が、それにも全く動揺せず先程と同じくして弾き飛ばす。

そして、男の背後。ロリアが紅の神剣を男の首めがけて振り下ろす。獲ったと、この場の誰もがそう確信した。




「うーむ、今日は貴女と戦うつもりで来たわけではないのですよ」




防げる筈がない、死角からの一撃だった。それを男は難なく片手で受け止めたのだ。一瞬驚いたがすぐにロリアは次の一撃をと黒剣を放つ。男が迫る黒剣を迎撃せんと体勢をとる。その生じた僅かな隙をロリアは逃さなかった。もう片方の手に黒剣を持ち、男の心臓に狙いを定め二刀で突き穿つ。




「隙を生じぬ二段構え、お見事です。ですが!残念ながら私には届きませんっっ!!」




強く言い放った直後、男は目にも止まらぬ動きでロリアの背後に回り拳を構える。微妙にも反応が遅れてしまったロリアは躱す事が出来ないと判断し、二つの剣を十字に交錯させ防御体勢をとる。



「…………お導きを、『聖裁よ、魔に光を(ラ・リュミエール)』」



男の構えた拳が眩い光を放つ。そして真っ直ぐに放たれた正拳突きがロリアの防御を物ともせずその小さな身体を吹き飛ばした。ロリアは校舎の壁に大穴を空け土煙と瓦礫の中へ消えた。



「ッ、!?ロリアッ…………っ!!!」



「言ったでしょう?私には戦うつもりは無いと。人の言うことを聞きなさいと習うでしょう?これはそれを守らなかった貴女への罰です」



男の問いかけに何一つ反応は無く永徒に不安という暗雲がたちこめる。男はゆっくりと瓦礫の方へと足を進める。



「クソッッ、ロリアぁ…………!!!」



「さあ、お仕置きはまだ終わっていませんよ」




瓦礫の元へと辿り着き再び拳を構えようとした瞬間、不安を覆すような光景が飛び込んできた。

校舎の屋上から無数の黒剣と共にロリアが男めがけて急降下しているのだ。上空の異変に気付き男は顔を上げると穏やかな笑顔の表情も、不意を突かれた驚きの表情へと変わっていた。




「なんと…………!?」



「死に晒すがいいっ──────!!!」




凄まじい轟音と共に爆風が迸る。土煙が巻き上げられ辺りは煙幕で充ちていた。顔を伏せ爆風から身を守っていた永徒は恐る恐る目を開き周囲を見渡す。




「海寺さん、は…………!?」



「…………っ、けほっ、、亜喰くん!!大丈夫!?」



「海寺さんこそ、怪我は………」



「………ううん、私は平気。亜喰くん、ありがとう」



夢々愛が永徒の手をそっと握る。思わぬ安堵の温もりについ気を緩めてしまい瞼が重い。と、何やら身体が地面にずぶすぶと沈んでいくような感覚を覚えた。夢々愛にもその現象は起きているらしく戸惑いの声を上げている。



「何これ!?自分の影に、沈んでる………!?」






そこに、ひとりの少女が舞い降りる。






少女は二人の元へと歩み寄る。夢々愛はうつ伏せの永徒を背に庇う。すると、少女は夢々愛の顔をじっと見つめあまり聴こえないような小さい声で呟いた。









「───────もう、戻れないわよ」
























──────二時間前。



ロリアとの戦闘により割れた地面が剥き出しになり校内はかなり荒れ果てていた。そこに、ひとつの人影が岩石を除けながら這い上がってくる。





「……………ふぅ、少し油断が過ぎてしまいましたか。全く勝手に立ち去るなんてありえないですねぇ」





服に付いた土や泥を手で払いながら着崩れた箇所を直す。ふと、急に男の手が止まり硬直する。

そして、男は頭を抱えながら空を仰ぐ。




「しまったああああああああぁぁぁっっ!!!?私としたことが初対面の方にご挨拶もしていないじゃないかぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!なんということでしょう!?おぉぉぉぉ神よ!!我が悪行をお赦し下さい!!お慈悲をぉ!愚かな私めにお慈悲をお与え下さいぃぃ!!!」




「────近所迷惑になってますよ、ヴェイ」



そう言って歩いて来るのは同じ修道服を着た青年だった。それを目にした男、ヴェイは我に返ったかのように元の穏やかな表情に戻ると誤魔化すように咳払いをして青年と対峙する。



「…………こほん。ごきげんよう、アルマス。見ての通り私の失態だよ、大型のスケープゴートも使い潰してしまったしね」



「そう嘆くことはありません。貴方のおかげであの吸血鬼の居場所は特定したも同然ですので。大手柄ですよ、ヴェイ」



「……………君は本当に優しい人だ。あの吸血鬼に学ばせたいぐらいだ」




「それは言い過ぎです。私はただ神の御心のままに行動しているだけですので」








そう言って青年は日の沈んだ空を背に笑ったのだった。














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