#3 リトル・ヴァンパイア・オーダー
「…………これはなに?」
「……え、食パンだけど。食べたことないのか?」
「吸血鬼は基本、魔力か生き血しか摂取しないの。味覚はあるけど食べ物はあまり口にしないのよ」
「生き血は分かるけど魔力、だっけ。その魔力ってのは何なんだ?」
「……あーもう、何で私があなたにいちから説明しなきゃいけないの。早くこの食パンってものを食べたいのだけど!」
「……わ、悪かったって」
怒ったロリアに謝りつつも、そっとその容姿を見つめる。ロリアは食パンを口に頬張り感激の表情を顕にし、眼を輝かせている。こちらに見せていた射殺すような冷たい視線を送っていた眼が、かようにも愛らしく輝くものなのかとこちらの目を疑うほどに。
その無邪気な姿は、本当にただの少女にしか見えなかった。
こんなにも幼げな少女が、あの怪物たちを葬った事が未だに信じ難かった。目の前で異能を見せつけられ、確かに記憶にも残っているものの。あれほどまでの殺気を放つものを、永徒は見たことがなかった。
と、深く考え込んでいる合間に、ロリアはこちらが見つめているのに気づき眉をひそめる。
「…………なに」
「美味しそうに食べるなぁって」
「この塗ってある赤いものはなに?甘くて美味しいわね」
「ジャムだよ。他にも種類があるけど、俺はいちごが一番美味いと思ってる」
「人間は朝からこんな美味しいものをたべているなんて、何だか腹立たしいわね」
「いやなんでだよ」
朝食をぺろりと平らげ、ロリアは満足そうに鼻で笑った。
「まあ、それなりに美味しかったわ」
「……それで満足してくれたなら安いもんだよ」
「気分も良いから、特別にあなたが知りたがっていた魔力について教えてあげる」
そう言うと、ロリアは天井に向かって掌を掲げる。すると突然、無より紅蓮に燃え上がる炎が生まれ、彼女の手に収まるように形を成していく。やがて、紅く染めあがった剣の姿へと変わり果て、ロリアは永徒に見せつけるように構える。
「魔力というのは大気や身体中に流れる力のこと。生命の流れとは似て非なるもの、魔術を用いるための対価とでも言うべきかしらね」
「その剣も、魔術で作ったものなのか?」
「少し違うわ。魔術を最大限にまで行使するために、この神器を使っているのよ」
「神器…………?」
「そう、神々によって造られた兵器。かつて天使や悪魔、堕天使が争うために造られたと言われてるけど、あまり詳しくは知らない。神器と契約を交わすことで莫大な魔力を得る事が出来る。それによって本来扱えない魔術の行使や、身体への影響を及ぼす力もある。その神器にもいくつか種類があるみたいだけど、私はこの神剣しか見たことがないわ」
「天使や悪魔がって言ったけど、お前は何なんだ?」
「私は悪魔、それも高位のね。まあ、お陰で追われてるのだけれど」
「お前、追われてるのかよ……!?」
「───────聖十字教会。『悪魔狩り』よ」
ロリアは低い声でそう告げると、忌々しそうに顔を歪めた。短く嘆息し、傍らで湯気を揺らすコーヒーを飲み渋い表情を見せると浮かない顔で再び会話に戻った。
「神々に祈りを捧げ人々の幸福を願う、なんて連中はいない。私たち悪魔や堕天使、神々に反する者のような存在を否定し、抹消する。そんな頭のイカれた組織よ」
「聖堂教会が悪魔狩りを…………。それは世間に公表されていることなのか?」
「いいえ、恐らく聖堂教会が個人に行っていることよ。でないとあんな怪物送ってこないわ」
「あ、あの怪物は聖堂教会が………!?」
「スケープゴート。本来は神々に捧げる貢物の山羊だけど、何らかの魔力を用いて悪魔化させたものよ。私を仕留めるために放ったみたいだけど、あんなの相手にもならないわ。魔力もろくに持っていないし本当に鬱陶しいわ」
「怖くはないのか……………?」
聞かずにはいられなかった。なぜ彼女はこうにも敵と対峙することができるのか。自分は恐ろしくてたまらなかった。あの怪物と出会った時、恐怖で身体中が怯みただ終わったのだと諦めていた。自分にはそうすることしか出来なかったのだ。
しかし、彼女は違う。
平然と敵を屠り、自らの野望のため強く生きようと諦めることをしない。
自分よりも幼い少女は、生き抜くために前を向いている。
ロリアは永徒の問いに迷わず即答した。
「怖くなんかない。私は自らこの道を進むと決めたのだから、絶対に折れたりしない。私はこの世界に復讐を誓った、私の邪魔をするのなら誰であろうと殺すわ」
「…………そっか。俺も、覚悟決めないとな」
「死に急ぐことになりそうね」
「縁起悪いこと言うなよ」
ロリアは呆れた口調で言い放つと再びコーヒーを口に注ぎ込む。先程に見せた渋い表情でカップをテーブルに置くと、ぼそりと呟いた。
「…………………もうこれは出さないで頂戴」