#1 紅月の少女
紅い月光に照らされ、少女は独りこちらを見下すような目を向けていた。燃えるルビー色の瞳に同じ漆黒の長髪、赤色に染まるリボンも付いている。純黒のドレスを身にまとい、片手には両刃の紅い剣が握られている。この少女が、あの怪物を仕留めたのだろうか。とても小柄で、見た目だけでは小学生の女の子にしか見えない。目の前に立つ少女はこちらに蔑んだ目を向けながら歩み寄ってきた。すると、敵意を示すかのように剣先を向け、厳しい目付きでこちらを睨んだ。
「貴様、教会の遣いか」
「…………は、ぇ?」
「…………答える意思がないのなら、即刻殺すまで」
待て、と声を荒げる。しかし少女は剣を振りかざそうとするのを止めない。
また殺されるのだろうか。今日というこの日が命日であることは避けられないらしい。何の変哲もない人生だった。虚無にも等しい、空白の人生。その人生が今、終焉を迎えようとしている。
───────そう、思っていた。
少女の背後、暗闇から妖しく光る単眼が、獲物を見つめるような目で少女を見ていた。
何も成し遂げることはしなかった。
ただ、ただ、虚無の生活を送り続けた。
その虚しさが、今日はどこか嫌いだった。
今まで思ったこともなかったのに、今日に限って何故。
「─────────っ」
ああ、そうか。
ずっと知りたかったんだ。
自分が誰かのためになれるかどうか。
せめて、自分の命に変えても誰かのために────。
「……ぇ…………ねぇ………………ねぇ、目を覚ましなさい人間。ねぇったら」
「……っぅく。あ、あれ。俺、生きてる?」
「馬鹿なの?見ればわかるでしょ」
「な、なんで、俺は生きてる?…………助けて、くれたのか?」
「ええ、そうよ。何か文句でもあるのかしら」
永徒は自分が助かる道を捨て、怪物から少女を庇った。とは言うものの、永徒は怪物に殺されることはなく突き飛ばされたという。塀に激突しその衝撃で気を失っていたらしい。その後、怪物は少女に難なく倒され今にいたる。
「…………人間。どうしてお前は、私を庇うような真似をしたの?私に殺されようとしていたのよ、そんな奴をどうして助ようと思ったの」
「………………確かに、殺そうとする奴を助けるなんておかしいのかもしれない。けど、目の前にも同じ死にそうな奴がいたら無視することなんて俺には出来ない。君みたいな小さな女の子が死ぬよりも、俺みたいな価値のない人間が死んだ方がいい、そう思ったんだ」
「そう……それじゃあ私があなたを価値ある人間にしてあげる」
「………………どういう意味だ」
少女は鼻で笑うと妖しげな笑みを浮かべた。艶めいた白い肌が紅く月光に照らされる。そして、少女の背から暗黒に染まった蝙蝠の翼がはためいた。
そう、その姿はまるで───────。
「────我が名はロリア・ヴラド・ツェペシュ。誇り高き吸血鬼一族の当主にして、魔族を束ねし者。そして、我が名の下に汝を我が下僕として迎えよう」
今この時より、亜喰永徒の下僕としての二度目の人生が始まりの産声をあげた。