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血濡れの王道  作者: 雨兎
11/13

#10 悪魔の茶会





暗黒の帳が降り、闇へと満ち満ちた森林に、一筋の月光が射し込んでいた。


その先、暗がりに聳え立った古めかしい屋敷がひとつ。夜風薫るベランダの席、そこには愛らしき少女の姿が二つ。


月の光に照らさられ、妖しく、見蕩れるように輝く様は、まるで舞台に立った姫君のよう。


──そんな吸血鬼たちによる、月下の茶会が行われていた。





「……そう。もう心は決まっているのね」


「今更後悔なんてしていないわ。後戻りなんてできるようなことではないもの」


「こうしてゆっくりお茶をするのも、最後かもしれませんわね」


「ええ、そうね」



短くそう告げると、視線を月に向けながら紅茶を口に運ぶ。ダージリンの香味が鼻に広がり、爽やかな味わいが口の中に残る。


これが友人である彼女との、最後の茶会なのだろう。

だからと言って、特別な思いなんてものも存在しなかった。いつも通り、彼女の質疑に応答するだけ。彼女が用意する紅茶と菓子を、気まぐれに口に運ぶだけ。明るい月を見上げて、心にいっときの安らぎを与えるだけ。


悲しいとも、寂しいとも思わない。

いつかは終わりが来る。その終わりが、今日という日であったというだけなのだから。

それを受け入れたくないとも思わない。少し早かった気もするが、そういう運命だったということなのだから。


友人である彼女に対しても、興味なんてない。


友人だなんて、思ったこともなかった。ふと気が付けば、いつの間にか彼女はそばに立っていた。


ただ、それだけ。


利用価値がある、それだけの理由で関係を続けていただけ。


そう。ただ、それだけのこと。


そう、それも。ほんの数秒前までのこと。






「ねぇ────エフィミリス」






久しく名で呼ばれた彼女は、月のように目を丸くさせていた。初めて見せた彼女の表情に、思わず頬が緩んでしまった。


彼女の前で笑みを見せるのは、初めてだったのに。こんなかたちで見せてしまうことになってしまうなんて。


それでも、愉快であることに変わりはない。

だから別に、あまり気にすることもしなかった。


なぜなら────










「──あの夜、私たちを人間どもに襲わせたのは貴女ね?」










ようやく目の前の女を殺せるのだから。














全ては、あの永い夜から。


月が燃え盛るように紅く染まっていた、あの地獄のような夜から。


たった一夜にして、一族は滅んだのだ。


あの忌々しい炎が、全てを奪っていったのだ。





『この悪魔どもめ!』



『悪魔なぞ滅んでしまえ!』



『異端は殺されるべきだ!』



『魔なる者など在ってはならない!』





飛び交った罵詈雑言は、今でも頭に響くように覚えている。



『この愚かな私を、どうか赦してくれ……』



『約束、守れなくて……ごめん、ね……』



『嫌ぁっ! 嫌ぁっ! 助けて!! お姉様!! 行かないで!! お姉様ぁ!!』



震えた乞いも、掠れた泣き声も、悲痛な叫びも。

脳裏に焼き付くほどに、覚えている。


血と涙に濡れた父親も。

串刺しにされた母親も。

生き埋めにされた妹も。


遍く全ての光景を、鮮明に覚えている。


憎い。あまりにも憎い。


全てが憎い。この世のなにもかもが憎い。


元凶である目の前の女も。大切な人の命を奪った人間たちも。残酷で理不尽なこの世界も。


わたしを置き去りにした家族たちも。





────本当に、大嫌い。











テーブルにあった白のソーサーに、ロリアは小さく音をたてて空のティーカップを置く。


そして、今一度目を見開き、紅の瞳に少女の姿を映し出す。



「古い付き合いの好よ。なにか言い残したいことがあるなら、聞いてあげてもいいのだけれど」


「……ふふ。弁明の余地はなさそうですわね」



ロリアの紅蓮に染まった瞳は煌々と輝き、目の前に鎮座する彼女だけを見つめる。

それに対し、悠々とした態度で見つめ返しているエフィミリス。

自らが置かれている状況を、理解した上での態度とは思えないほどの余裕の表情は、ロリアの感情を逆撫でしているかのようだった。



「昔から気に食わなかったの。あなたの見透かしているようなその目が。もし仮に全てが読めているとして……いつまでその余裕が続くかしらね」



ロリアの声音に、彼女への苛立ちが混じる。眼前に平然と居座り続けているエフィミリスの姿が、もはやロリアへの挑発行為になっていた。


エフィミリスの釈然としない態度に憤りを感じているのにも理由があった。それは、この状況下において──ロリアが既にこの場の主導権を握っていたからだ。


テーブルを中心に、エフィミリスの全方位を囲むようにして、無数の黒剣が宙に縫い止められているのだ。

ロリアのたった一声で、それはいとも容易く少女の命を奪うことができる。誰からどう見ても、彼女に逃げ場などないことが分かりきっている状況だった。


それにも関わらず、エフィミリスはただ飄々とした表情を浮かべ、平然と紅茶を口に運んでいる。

その様子はまるで、この場の状況を理解していないかのように見えた。



「随分と今日は機嫌がよろしくないですわね。あまりストレスを溜め込むとお肌が荒れてしまいますわよ? ビタミンちゃんと摂取()れてます?」


「そう。さようなら」



ロリアは短く告げると、攻撃の兆しなどは一切見せることなく、宙に浮いた無数の剣をエフィミリスめがけて解き放った。


あらゆる角度から圧倒的な物量の剣の雨が降り注ぎ、余すことなく蹂躙の限りを尽くさんと凶器が迫る中、ロリアの視界には異様な光景が映し出される。



「──ねえロリア。私ね、好きな人ができましたの。彼を人目見てから……こんなにも胸がときめいて、顔が火照ってしまうことなんてありませんでしたわ。これを人は、一目惚れと呼ぶのでしょう?」



スローモーションがかかったかのように、黒剣の速度が急低下し、風化すると共にぼろぼろと崩れ落ちていく。その様子に目もくれず、エフィミリスが頬を紅潮させながらこちらに瞳を向ける。


妖しく揺らめくような輝きを放つエフィミリスの瞳と視線が重なった瞬間、ロリアの全身の力が失われるような感覚に陥った。

咄嗟にロリアは彼女との目線を逸らし、二振りの黒剣を宙に充填すると、ベランダから飛び降りながら紫の瞳を射貫くように撃ち放った。



「それにね、貴女が大切に持っているもの。その全てが魅力的で────奪い取りたくて仕方がありませんの」



エフィミリスが熱い吐息を混ぜながら語る中、やはり彼女に刃が届くことはなく散っていく。近付けば近づくほどに、それは本来の機能するはずの能力が著しく低下するかのようだった。


この異様な超常現象の発生源、それはまさしくエフィミリスの瞳にあった。


今も尚煌々と妖艶の輝きを放っているエフィミリスの眼。彼女の両眼が輝きを放ち始めた途端に異変は起こり始めた。

このような異能と眼がキーワードとなった以上、他に当て嵌るものなどこの世には存在しない。そう、この異変の正体こそ────





「──()()、ね」





忌々しくロリアが異能の名を呟く。

席に座ったままのエフィミリスは愉快そうに鼻を鳴らし、地面に立つロリアを小気味よく見下ろす。



「お披露目するのは、これが初めてでしたわね。頽廃の魔眼『エンプーサ・モルモリュケー』……賜りし我が至高たる魔眼の名ですわ」



鼻高々に魔眼の名を口にするエフィミリス。



魔眼────それは、現代の魔術世界において極めて希少価値が高く、発現者数も少ない異能力の一種である。


先天的に発現した例がほとんどであり、会得できるようなものではないというのが界隈での常識となっており、『視る』という行為だけで魔力の生成から魔眼固有の魔術の発動を可能とすることができるといった、強力な異能なのである。



「さあ、私はここですわよ。早くその剣で首を刎ねにいらっしゃいな」



上からくすくすと悪魔の笑みを浮かべ、更にロリアの神経を弄る言葉を投げ掛ける。

一切余裕の態度を崩さずに見下ろしてくるエフィミリスに、ロリアは堪え難い激情を自制する。


しかし、先程とは一変した状況に、ロリアは思わず固唾を呑んだ。

詳細は不明だが、エフィミリスの『エンプーサ・モルモリュケー』が発動されている限り、黒剣の射出攻撃は無力化される。それに、接近戦を仕掛けるにも彼女と視線を交わしてしまえば、身体に何らかの悪影響が生じる。

突破する策を講ずるには、攻撃の意を示していない今しかないのだ。





「あら、もう終わりですのね。お得意の手数で圧倒する手段以外にありませんの?」


「……ひとつ聞くわ。ミレアおば様はお元気かしら」






あまりにも決定的な、彼女の地雷を踏み抜いた音がした。


口元にティーカップを運んでいた手がぴたりと静止し、彼女の笑んだ表情が霧散する。


しんと静けさが漂っていた夜の空気に、針を刺してくるような鋭い殺気が入り雑じる。そのおぞましさに木々がざわめき、野鳥たちが慌てふためくように飛び去っていく。


全身から身の毛もよだつような殺気と魔力を放ち、無表情のままに魔眼の瞳だけをこちらに向けながら、エフィミリスは口を開いた。





「今──母様は関係ないわよね?」





低く、冷血な短い言葉だけが吸血鬼の口から発せられる。

怒り、憎悪、狂気が混沌とした感情が込められたその言葉には、彼女の本性を語らせるには十分すぎていた。



「やっと、本当の貴女に会えたわね。私はそちらの方が好きよ」


「……少し、痛い目に遭ってくださる?」




不敵に笑うロリアに対し、エフィミリスは凍り付くような冷たい笑みを浮かべる。

今まで腰を降ろしていた席を立ち、ベランダからロリアを真正面に見つめるエフィミリス。

紅と紫の視線が交わり、互いの殺気がぶつかり合う。


そしてこの瞬間、ロリアの憶測は確信へと変わった。


エフィミリスの魔眼『エンプーサ・モルモリュケー』には──効果の適正距離が存在している。

ロリアが確証を得た理由には、この状況に至る。

今現在として、エフィミリスと視線を合わせているものの、魔眼の影響を一切受けていないのだ。未解明な要素は多々あるものの、ロリアにとってこれだけの情報さえ掴めれば些細なことだった。



「その前に、死んでくれるかしら」



そう言って啖呵を切ると、ロリアは真紅の神剣を顕現させる。紅蓮の炎を纏う神剣を片手に、ロリアは天高く掲げる。



「魔眼と言えど、魔力を介した術式なのでしょう? なら、その許容範囲を上回る魔力をぶつけるとどうなるのかしらね?」



ロリアはエフィミリスに嫣然の笑みを向ける。一帯の空気が変わり、周囲の魔力が神剣を構えたロリアに吸われていく様子に、エフィミリスは無意識に息を呑んでいた。


掲げられた神剣の鋒、そこにひとつの火炎が灯る。赤く揺らめくそれは魔力を薪に、みるみると燃え上がると共に姿を形成していく。

そして、発動者のロリアさえも呑み込んでしまうほどの灼熱に充ちた、特大の業火球へと変貌を遂げた。





「『魔女よ、紅蓮なれ(ラ・ピュセル)』」





短く発声された言葉をトリガーに、火炎は弾丸の速度でエフィミリスめがけて襲いかかる。

瞬く間に迫ってきた火球を前に、エフィミリスは為す術もなく。眩い閃光と轟音が鳴り響くと同時に、紅蓮の業火へと包まれたのだった。



「────」



エフィミリスが立っていた地面にはクレーターが生まれ、黒煙を上げると共に炎上し続けていた。

エフィミリスの魔眼を以てしても、ロリアが放った業火球は阻害されることなく彼女を焼き付くした。

ただ、あれほどの大技を放つのに伴い、ロリア自身もかなりの魔力を消費していた。『エンプーサ・モルモリュケー』を打破すべく咄嗟に閃いた策だったものの、自壊しかねない手段だった。

だが──それ以外の手法ではエフィミリスを討ち取ることは断じて出来なかった。それほどまでに彼女の魔眼は強力だったと言えるのだ。



「……っづ、く」



大きく魔力を失った小さな身体に、倦怠感と睡魔が這い寄る。耐え難い疲労に苦渋の声が漏れ、激しい動悸と息切れに呻く。

焼けた地面をぼんやりと眺めるロリアは、神剣を杖がわりにようやく立っていられる状態にまで弱りきっていた。



「……癪だけど、運んでもらうしかなさそうね」



溜め息混じりに、ロリアは下僕の青年の顔を脳裏に浮かべる。

先程の爆発で飛び起きたに違いないと踏んだロリアは、彼が様子を見に来るまでの間だけでもとその場に座り込んだ。

その矢先、更なる眠気が一気にロリアへと押し寄せ、彼女の瞼に重みがかかっていく。

視界が朧気に霞み、意識が遠のいていくのも分からない。


深き眠りへと、瞬きが止むその刹那に──。





「眠り落ちるには、まだ早すぎるのではなくて?」





紅蓮の業火からの呼び声に、意識は完全に覚醒する。



霞んだ視界は明瞭に、そのあまりにも異質な光景を映し出していた。

抉り削られ焼土と化した地面の上に、黒い大きな影が聳え立ち、そのすぐ横には炎と同じ紅色の髪を揺らす少女がひとり。



「……最悪ね。本当に」



「ええ……本当に。その表情、最高に素敵ですわ」



赤黒く染まった剣を片手に──恍惚の笑みを浮かべたエフィミリスが立っていた。






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