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血濡れの王道  作者: 雨兎
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#9 夕闇に少女は踊る




「……帰るったってお前、城なんかどこにあるんだ? この辺じゃ全く見当がつかないんだが」


「こんな辺鄙な町にあるはずがないでしょう。もしあったとしても、すぐに連中に気付かれて城攻めにでもあっているわよ。そんなことより、早く出立の支度をなさい。もうここに戻ることはないんだから」



穏やかな昼下がり、尚早に自宅を立ち退くことを告げられ──亜喰 永徒は未だ状況を呑めずに立ち尽くしていた。



本格的に聖十字教会が行動へと移り、見えざる魔の手が忍び寄ってきているのを察知したロリアは、早々に拠点を変える選択をとった。

彼女の言う城とは全くの見当がつくこともなく、多少なりとも憤りを感じていたが敵に自宅を特定されているとなると話は別だ。

どちらが悪かと問えば、どちらなりとも悪であることは変わらないだろう。こんなことに巻き込まれているのも、彼女との出会いがきっかけでもあり、聖十字教会の仕業でもある。

怒りの矛先を向ける相手はどちらなのかは正直、永徒自身にも分かっていなかった。


ただ、聖十字教会のやり方が気に食わないことだけは確かだった。

無実の人間を巻き込む連中を、心の内で許せない自分がいることだけは理解していた。

目の前の少女が決して善性のあるものだとは思わない。しかし、早々に排除すべきは聖十字教会の方なのだと。永徒はそう自らに言い聞かせ、黙々と身支度に取り掛かった。





自宅のマンションを出立して、小一時間が経過していた頃。永徒一行は街から外れた山の中に足を踏み入れていた。今にも何かが飛び出してきそうな鬱蒼とした山道を歩き、足場の悪い獣道に悪戦苦闘している最中だった。



「なぁ……俺たち城に向かってるんだろ? どうして屋敷なんかを探す必要があるんだ?」


「説明は後。あなたは黙って私について来ればいいの」


足がもつれながら声を上げる永徒には気にも停めずに、ロリアはひたすらに歩みを進める。

ロリア曰く、目的の城へと向かうにはまず、屋敷を目指さなければならないという。話の方向が右往左往するばかりで、何一つ解せないまま振り回されていることに、さすがの永徒も心身共に疲労が顕になっていた。



「もう夕方か……。クソ、屋敷なんてどこにもないじゃねぇか……!」



気づけば空は茜色に染まり、鴉たちが夕刻を知らせるかのように鳴き声を上げていた。


そんな中、永徒の鬱憤は溜まっていくばかりで、ロリアの背中を追うことで精一杯だった。

ただでさえ人の手が加わっていない山道も、暗闇が立ち込めたことで更に歩き進むことが困難となっていた。

しかも、ロリアは永徒に気にとめる様子もなくひたすらに歩むばかりで。こんなところで迷子にでもなればひとたまりもない。彼女が助けてくれる筈がないと理解しているからこそ、死ぬ気でロリアについて行かなければならないのだ。



「……ここよ」



自宅だったマンションを出てから約五時間ほど。ようやくロリアの足が止まり、到着を知らせる声に永徒は顔を上げる。


──そこには、目的の屋敷が聳え立っていた。


洋風な出で立ちが印象的な建物だが、蔓が屋敷の壁中に這っており、森と同化しているようにも見えた。人の気配もなく、かなりの年月が経っていることがわかる。



「……これからどうするんだよ」


「この屋敷に住んでるやつに用があるの。……本当は不本意なのだけれど」


「嫌な予感はしてたけどやっぱり誰か住んでるんだな。……取って食われたりしないだろうな」



想像したくない事態に永徒は身を震わせながら、ロリアと共に屋敷へと侵入した。





「……中は思ったより綺麗だな」



取り付けの悪い扉を抜けて、館の中へと入った永徒は素直な感想を呟く。


二人の前に現れたのは客を迎えるには広大なエントランスホール。天井にはやたら豪勢なシャンデリアが吊るされており、床にはシミひとつない赤いカーペットが敷かれている。

なにより荒れた外観からは予想できないほどに中は整っており、まるで毎日清掃が行われているかのように思えた。


しんと静まり返った館内に当然人気はなく、ロリアの思惑をますます疑うばかりだったのだが。()()を目にした瞬間、永徒は悟ったと同時に悪寒が全身を巡った。





「──まぁ。どんな客人かと思えば……貴女でしたの。また会えて嬉しいですわ、ロリア」





二階へと伸びた階段から、魅惑の声と共に小さな影が降りてくる。二人のもとへ降り立ったその影──否、少女が愉快そうに笑みを浮かべていた。


病的な青白い肌に、濃淡な紫紺の瞳。燻った紅の長髪をツインテールに纏めている。ロリアとはまた一風変わった、ゴシック調の豪奢で中世を彷彿とさせる灰色のドレスに身を包んでいる。幼い見た目からは想像しにくいが、その整った顔立ちはロリアにも負けじ劣らず、なんとも悪魔的な魅力をもつ美貌の持ち主であった。



「……森に入った時から眷属を介して見てたでしょう。白々しい真似はよしてくれるかしら」


「あら、気付いていましたのね。友人との再会ですもの、手厚い歓迎がお望みだったかしら?」


「散々私たちを屋敷から遠ざけておいてよく言えたわね」


「久しぶりのお外でしょうから、少し運動をばと思いまして。私の心からの気遣いですわ」


「心からの嫌がらせの間違いでしょう、まったく……」



永徒の前で行われている二人のやりとりは、およそ少女の戯れにしか見えなかった。あの冷徹で血も涙もないロリアでさえ、可憐な乙女と錯覚してしまうほどにだ。

見たところ、永徒たちの前に現れたこの少女もロリアと大して体格差もなく、一見すれば人形のように美しい女の子といった印象を受ける。


だが、彼女の姿を捉えた瞬間に味わったあの悪寒を思い返せば、ただの少女であることは皆無に等しいと言えるだろう。


あれは人間が出せるほどの異質さではない。もっとなにか、別の類の。それも、人間とは程遠いなにか。


第一、ロリアと友人であるということがそれを根拠付けていた。しかし──彼女が何者であろうと決して深く踏み込んではいけない、これだけは確信していた。



「それにしても、貴女が誰かを連れ歩いているだなんて……趣向を変えましたの?」



永徒の視線に気付いた少女が、こちらを見上げながらロリアに問う。ふたつの眼差しに永徒は思わず顔を背ける。



「私の下僕よ。敵の囮くらいにしかならないけど」


「お前な……もっとマシな紹介があるだろ」


「だってそうじゃない」



自分の雑な紹介のされ方に異議を唱えるが、ロリアの一言に一蹴される。事実、自身が非戦闘員だということは嫌でも理解している。学力に自身はあるものの、運動神経は優れているとは言えないことも自負していた。言い返す口実もない永徒は文字通り口をバツ印に縫い合わせていた。


「まあまあ、この子の下僕だなんて。さぞご苦労なさっていることでしょうね。紹介が遅れました。私──エフィミリス・エリザベート・バートリと申します。ミリス、とお呼びくださいませ」


「お、俺は亜喰永徒。えっと、よろしく……」



柔和で丁寧な語り口調で名乗ったエフィミリス。気品のある態度と所作に永徒もおずおずと頭を下げる。


「もしかしなくても、悪魔……だよな」


「ふふっ。そう斜に構えないでくださいまし。私は彼女と違って野蛮なことは好みませんの。ただ悠久を生きるか弱き乙女ですわ」


「どの口が言ってるのよ。あんな悪趣味じみたことを平気でやっている貴女のどこがか弱き乙女なのかしら」


「うふふふふ、貴女ほどではありませんわ。すぐに殺気立てて凶器を振るうことに躊躇いもない様子だと、お淑やかさとはきっと無縁でしょうし? 説得力には少々欠けるのではなくて?」


「へぇ、そう。貴女、赤は好きよね? 今から全身赤で染め上げてあげるから、言い残すことがあれば早く吐いておきなさい?」


「やれやれですわね。ロリア、貴女のそういうところを言っていますのよ? まあ、毛頭真っ赤に染まるつもりもないのですけれど」


互いに譲ることなく、女の意地と意地が激しくぶつかり合い、屋敷一帯に殺伐とした空気が張りつめる。

こんなところで殺し合いでもされたら、巻き込まれて死ぬ未来しか見えない。


「な、なぁ、ここには目的があってやって来たんだろ? こんなことやってる間に、聖十字教会の奴らが追ってくる可能性もない訳じゃないんだし、目的を果たすことが先なんじゃないか?…………と思います」


勇気を出して会話へ割り込んだ永徒だったが、咄嗟にロリアとエフィミリスに睨みつけられ、怯んだようにみるみると萎縮する。


しばし二人は顔を合わせると、互いに一時休戦の目配せを送り合い、何事もなかったかのように咳払いをする。


「……ここへ来た目的はただひとつ。私の城へ帰るためよ。繋がるまでどれくらいかかるのかしら」


「もう随分とあちらとは断っていたものねぇ。ざっと一週間といったところですわね」


「それ以上早くならないの?」


「無理を言うんじゃありませんことよ。……少なくとも、三日は頂きますわ。そうでもしないとまともに接続ができませんもの」


「はぁ……あまり急いでもしょうがないわね。少しの間、世話になるから」


そう言うとロリアは黒い長髪を揺らして踵を返し、階段を登る。その様子をきょとんと見上げる二人に、ロリアは眉を顰めてため息混じりに言葉を投げつける。




「お風呂はどこ? 早く汗を流したいのだけど」




思わず茫然とした永徒とエフィミリスはお互いに顔を見合わせる。



「……アレとよく今まで暮らせていましたわね」


「……ああ。自分でも驚きだよ」






──この時、ロリアだけが不思議そうな表情をしていた。






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