女王シーディス
エルフの里は魔法によって防衛された一つの国だ。
しかし、それはあくまで里だった。つまり外敵と戦うための軍隊や防衛術、兵器などを持っているわけじゃない。エルフの民が弓術に長けているのは生活が狩猟を主とするのが理由だった。防壁や城というものはないし、人間で言うところの階級制度みたいなものもなかった。
けれど女王として存在するシーディスだけは別だ。
なぜなら里の民はすべて彼女の子供だからだ。女王シーディスは。いや。女王シーディスだけが交配能力を持つ。いわば女王バチと働きバチの構図だ。だからエルフは女王のために生まれ、女王のために生き、そして女王のために死ぬ。それらも当たり前の事だった。
城も軍隊もない。と言ったけれど正確にはそうじゃない。
城は里そのものだ。城壁は森そのものだ。軍隊は民だ。いざという時にはエルフの民全員が命をかけて女王のために戦うだろう。
「人は石垣・・・か」
エルフの好奇の視線を浴びながらシーディスのいる神殿へ向かう。途中になにひとつ邪魔される事や、取り押さえられるような事はなかった。外からの侵入がありえない生活のせいか『こいつら変な格好してるな』という目で見られるだけだった。
「よく来ましたね。オルディアの皇女。そして勇者」
白いローブに身を包んだエルフ。これがシーディス。警備のお供もなしで思ったより質素な衣装に身を包んでいて想像とは少し違った。そして俺達の事を知っているような口ぶりだ。
「女王シーディス様、私達に力を貸していただけませんか?」
レナが跪いた。俺も慌ててそれに習い、我関せずといった具合に隣でふんぞり返ってるヴィネリアの手を無理矢理ひっぱる。
「お前なぁ!」
「なんだよマスター。それは弱者のポーズだろーが」
「当たり前だろ! お前は立場が分かってるのか!」
ヴィネリアが俺を睨みつけ顔をぐいと寄せる。
「マスターこそ分かってるのかよ。エルフの里なんて勢力よりあたし個人の戦闘能力の方が高い。何なら里の連中を適当にぶっ殺して従わせてもいいんだ。分かるかよ?大事なのは隠れる場所だ。この土地があればそれでいい。大陸の種族が殺しあう中、涼しい顔してこんなところに引きこもってる連中なんて当てにするな。誰が死のうとこいつらには関係ねぇんだ。そこにはマスターも含まれてんだよ」
「お、お前・・・ちょっと黙れよっ」
声を荒げようとする俺にシーディスが割って入る。
「いいのです。魔族の言うとおりです。私達は種の保存のために外との交わりを絶ちました。故に誰を信用するという事はありません。オルディア皇女も今は領土なき亡国の姫。貸した力を受け止める器にもならないでしょう?」
「はい・・・」
交渉は失敗か。こうなったらヴィネリアの言うように力ずくでもやるしかないのか。
「しかし・・・我らエルフは力なき皇女に力を貸しましょう」
「あ、ありがとうございます。しかし一体なぜ?」
「それは・・・」
シーディスが口を開いたとき、神殿の扉が大きな音を立てて開いてボロボロのエルフが倒れこんだ。
「で、伝令! 魔族が魔物を連れて森へ・・・!」
おいおい。安全な場所じゃねぇのかよ・・・。