エルフの森
エルフの森。
それは人間も魔族も立ち入る事ができない絶対領域らしい。もちろん物理的に入る事は可能だが、魔法がかけられた森は侵入者を惑わし永遠に森の中を彷徨い続ける事になるのだとか。
「そんな場所に行って大丈夫なのか?」
「私達も迷ってしまうのでないでしょうか?」
「他に行く場所があるなら聞くぜ」
確かに今の俺達に他に選択肢はない。それにエルフ達が力を貸してくれるならば心強い事この上ない。どうにか説得できれば良いけど何の手立ても見返りも思い浮かばなかった。エルダー山脈を北へ向かうとエルフの森だが、その向かう足取りは重い。
ヴィネリアに導かれ辿り着くと、そこには1本の木が生えているだけだった。決して特別なものには見えないし、大樹というほど大きいものでもない。その木を指さして言う。
「あれがエルフの森だぜ。マスター!」
「森って……木じゃん」
ヴィネリアが俺の手を取り引っ張りイタズラっぽく笑う。
「マスター。ビビんなよ?」
その木に近づくとパチリと何かが弾けるような音がした。そして辺り一面無限に広がる森がそこにあった。魔法だ。エルフはこの森を隠していたのだった。それは魔族かそれとも人間か分からないけれど外敵から自分達の住みかを隠していたのだった。なるほど、この広大な森では何の目印もなしにエルフの里へたどり着くのは難しいだろう。さらに魔法で道を惑わすならば尚更だ。
「どうやってエルフの里まで行くのですか?」
「心配すんな」
ヴィネリアが得意げが笑みを浮かべて刀を抜刀する。
「お、おい。お前・・・まさか」
「ソロモンの神器! 魔剣不知火!」
強力な魔力が森の木々を瞬く間に灰にする。
「待て! これからエルフの協力を仰ぐのに攻撃するやつがあるか!」
「でもほら。向こうからやって来てくれたぜ」
見上げると深くフードを被ったエルフが木から俺達を見下ろしていた。緑のローブはこの森では保護色になり目立たないように工夫されたものだろう。エルフは俺達をじっと観察するように見つめていたが、やがて無言のまま背に担いでいた弓矢を放った。
「待てまて! 俺達は争うつもりはないんだ!」
「こんな事しておいて、よく言う」
「た、たしかに!」
放たれた矢が足元に突き刺さる。矢を撃ったのは1回だったが地面に刺さっている矢は3本だ。すごい腕なのは分かったが間違いなく殺しにきているのも分かった。近くにある木に隠れて何とか射線から逃れた。
「ちょ、ちょっと話を聞いてくれよ」
「命乞いは聞かない」
ダメだ。話を聞いてくれる相手じゃなさそうだ。
「マスター。あいつはただの斥候だ。クソエルフ掟のままに生きるだけの家畜だ。何の話も無駄だぜ」
そう言ってヴィネリアがフラリとエルフの方へ歩み出す。
弓矢が雨のように降る中をゆっくりと歩く。放たれた矢はヴィネリアの魔力で彼女の体に届く前に焼けて灰になった。抜刀した不知火を片手でゆらゆらと揺らし殺意に満ちた妖しい笑みを浮かべた。
「こいつをぶっ殺して、縛呪して里の場所を吐かせようぜ」
ギラリと光る不知火を振りかざした時、ヒッと、短い悲鳴を上げてエルフは飛ぶように逃げて行った。
「よし・・・マスター。追いかけようぜ」
なるほどな。なかなかにヴィネリアも機転が効く。これで迷う事なく、そして誰も殺す事なくエルフの里までたどり着けるってわけか。それに・・・。
「ヴィネリア、最初から殺すつもりなんてなかったんだろ?」
「ふん・・・殺してもいいとは思ってたさ」
逃げた斥候のエルフを追い、やがて森を抜けた。
そこには豊かな緑の大地があった。幻のエルフの里だ。