煉獄のヴィネリア
エルダー山脈から伝わる咆哮は、麓のシノンの森まで響いた。
「なんだありゃ?」
浅黒い肌に長い銀髪。赤に染った瞳は魔族の中でも強力な魔力を持つ者の証だ。名前はヴィネリア。魔王軍の第1団隊総指揮官にしてトップクラスの実力を持つ。
「それより女はまだ見つけられんのか!?」
「ヴィネリア様が放った火が予想より強くて、捜索に支障がでています」
「う、うるさいよ!」
ヴィネリアの拳が部下の腹にめり込んだ。部下は低い呻き声を出しながら倒れた。
「腹を刺されて死んでる奴がいるんだ。まだそんな遠くに行ってないだろう!」
「はい…なので恐らくエルダー山脈に逃げ込んだものと思われます」
ヴィネリアは焦っていた。
オルディア王国が滅んだとて、皇女を逃しては意味がない。皇女代々伝わる召喚術。それが魔族にとって1番厄介で、恐ろしいものだという事を歴史が物語っている。力で劣る人間が大陸を制覇し、魔族を辺境の地に追いやったのはひとえに、この召喚された勇者の力だ。
しかし時代は流れ、その偉大なる血統も次第に薄れていき、召喚される勇者の絶大だった力も徐々に失っていった。そしてついに魔族の反攻作戦が実を結んだのである。
魔族にとってこれは聖戦であり、魔族という種族を人間の支配から解き放つ独立戦争でもあった。巡り巡る因果がこの戦争の種になっている。果てしく救いのない運命だ。
「わかった…。エルダー山脈に軍を進めろ」
「ヴィネリア様、正気ですか?あそこは…」
どす。
ヴィネリアの拳が部下の腹にめり込んだ。
「うるさいな!あたしが行くと言ったら行くんだよ!」
ヴィネリアの指揮のもと進軍した。その道中ワイバーンの苛烈な襲撃に逢い、進退を極めた。
「忌々しい鳥どもめ。分隊を分けてバラバラになって進め!まとめてブレスに焼かれるな!」
突然の襲撃に最初こそ虚をつかれた魔族だったが、魔防壁や弓矢を巧みに使い、上手く対応した。ここら辺の練兵の完成度の高さはさすが魔族第1団隊であること他ならない。
やがてエルダー山脈も中腹に差し掛かろうとした時、突如、地面が2つに割れたくさんの魔族の重装歩兵達を飲み込んだ。これが、この山がエルダー山脈と呼ばれる所以である。
エルダードラゴンが地鳴りと共に姿を現す。
「いよぉ。クソジジィ。女を探してんだよ」
「黙って縄張りから出てゆけ」
「じゃあ黙って縄張りを荒らしてやるよ!」
そう叫ぶとヴィネリアは抜刀した。
その剣撃は凄まじくエルダードラゴンの体を切り裂いた。が。大山と同化したエルダードラゴンは全く動じる事なく、ヴィネリアの攻撃を全身に受けながらも灼熱の息を吐いた。
魔族の歩兵達が炎に巻かれヴィネリアにも波のような炎が押し寄せる。
「ソロモンの神器!不知火!」
ヴィネリアの一閃がドラゴンの炎の息を2つに割った。
「これが魔力の戦いか」
「ヤマト様。大丈夫でしょうか?」
戦いは互角にも見える。が、しかし、少しずつでもダメージを与えるヴィネリアに対して、エルダードラゴンの攻撃は全く届いていない。圧倒的にヴィネリアの方が素早い。何でもいい。一撃でも当たれば致命傷になるかもしれない。
そんな期待を裏切るように、大きな咆哮と共にエルダードラゴンは力尽き動かなくなって死んだ。
「そんなっ…ヤマトさまっ」
「分かってる…ここからが俺の勝負だ!」
「え?」
落ち着け、俺。
確信はないけど大丈夫だ。
よく思い出して、考えるんだ。
俺はヴィネリアの眼前に堂々と飛び出した。
「お目当ての皇女はここにいるぜ!」
「え」
レナは動揺し過ぎたのか声も出てない。
「なんだお前は?その女は本物か?」
ヴィネリアが抜刀しゆっくり構えた。
「教えてやるよ」
「レナは本物の皇女で…」
「俺は…」
言葉を紡ぐ間にヴィネリアの太刀が飛んで来る。
「俺は勇者だっ!」
死隷縛呪!
「なっ!なんだ!?」
眩しいほどの閃光と共にうしろで倒れていたエルダードラゴンが起き上がり、灼熱の吐息を吐いた。ヴィネリアは突然の攻撃に為す術もなく炎に巻かれていった。
「ぐはぁ…!クソジジィは死んだはず…!」
「そう。死んでいたさ」
あっという間にヴィネリアの体は灰になった。
「死んでいたから、起き上がったのさ」