シノンの森 1
状況はまさに絶望だった。
世界は滅び、俺達のいるシノンの森に魔族の軍勢3万が押し寄せてきている。目の前には魔族。後ろはエルダー山脈で退路はなし。頼れる味方や騎士団もなし。30000対2人という悲惨な状況だ。どう考えても勝ち目はない。しかし、男にはやらねばならぬ時がある。それが今だ。
「レナ。とりあえず移動しよう」
「どこへですか? 私達には行く場所なんて・・・」
「エルダー山脈だ」
レナ曰く、エルダー山脈には恐ろしい飛竜が住むという。獰猛かつ強力で他の種族と一切交わる事のない孤高の存在。なぜ魔族が10年もかけてオルディア王国の防衛線を突破したかというと、このエルダー山脈が防波堤となり、防衛線を迂回できなかったとか。何万もの魔族が踏破できないとなると、相当に恐ろしい場所なんだろう。
しかし、この状況下では『魔族が踏み込めない土地』というのが、俺達には必要だ。
俺達が歩き始めると森がざわつき始めた。遠くで何かの気配を感じる。
「姫さまー。助けにきました! どこですかー!?」
近衛兵と思われる男の声が遠くから聞こえる。
「まだ生きている人がいたのね!」
「ちょ・・・待って!」
とっさにその声のする方へレナが駆け出した。俺は慌ててその後を追う。
(いやいや、どう考えてもおかしいだろう!!)
城が陥落して姫を逃がしたのに、そんな大声で探すわけないだろう!? 魔族もきっとレナの事を探し回ってるに違いないんだ。そして近衛兵自身も命からがら逃げてきたのに、わざわざ自分から見つかるような真似するわけない。不自然すぎる。
「レナ! 待てって! なんかおかしいぞ!」
「でも放っておくわけにはいかない!」
その声のする場所に辿り着くと、レナは小さな悲鳴をあげた。
魔族がいたのだ。浅黒い肌である事以外は人間とほとんど変らないが、人間で言うところの白目と黒目の位置が逆だ。しかし、そんなものよく見ないと分からない程度の違いだ。皮でできた鎧を着込んで長剣を携えている。そして、なるほど。そういう事か。
腰には切り離された近衛兵の頭部がぶらさがっていて、さっきの言葉を叫んでいる。何か魔法かそういう技術を持っているのだろう。
「趣味の悪い事しやがる」
「酷すぎるよ・・・」
あまりの光景にふらつくレナ。とっさにその体を支えた。幸い魔族はこちらに気付いていない。早くここからは離れよう。ゆっくりと音を立てないようできるだけ足早にその場を去った。
が。
「姫様。見つけましたよ」
男の声が聞こえた。