そういう異世界
久しぶりに書きます。
「怜奈ちゃん!」
ひときわ甲高い悲鳴と共に、小さな女の子が横切って行った。
トラックのけたましいブレーキ音が響く。
「バッ・・・あぶな・・!」
とっさに車道に乗り出した俺は少女を突き飛ばすと、トラックに轢かれて死んだ。
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目を覚ますとそこは暗い森の奥だった。今が何時なのかよく分からないが焚き火の炎だけが唯一の光。ざわざわと揺れる木々がなんとも不気味な雰囲気を漂わせる。ふと気付けば、焚き火の横に可愛いお姫様が立っていた。こんな場所には場違いな気がする。
「勇敢なる異世界の勇者よ。どうか我等の大地を救いたまえ・・・」
OK。理解した。
どうやら俺はトラックに轢かれて死んで異世界へ転生したらしい。ここら辺の飲み込みの良さは
任せておけってんだ。どうせ王様が現れて、チート能力もらって、俺TUEEEEするんだろ?
「分かった。王のところへ案内してくれ」
「王は死にました」
「え」
「もうオルディア王国は滅んでしまったのです」
「え」
「魔族との戦争で国境は突破され、幾重にも連なる防衛線もことごとく破られ、城は陥落し多くの兵士が死に、多くの村や街が廃墟になりました。もう何もないのです」
・・・詰んでんじゃん!?
「いやもっと早く勇者とか召喚しようよ!」
「もう既に12人の勇者が戦死したのです。貴方は13番目」
12人も死んでるのなら俺だって無理じゃないのか!?
いやいや、それ以前にその間でなんとかできなかったのか?もう軍隊や領土もないわけで、戦える状況じゃないだろ。そもそも、ここはどこなんだ!?
「・・・とにかく状況はわかった。それで君は誰なんだ?」
「私は今は亡きオルディア王国の皇女レナといいます。貴方は?」
「ヤマト・・・」
レナから聞く話によると、魔族との戦争はもはや10年にわたる戦いなのだそうだ。その間12人の異世界の勇者を戦線に送り込んだものの、結果は全員戦死という惨憺たるものだった。逆に言えば、その12人の勇者のおかげで10年も耐える事ができたのだと思う。
オルディア王国が滅んだのはつい先日で、皇女直属の親衛隊の奮闘もありシノンの森まで逃げてきたらしい。大陸南西に位置するオルディア王国の西にはシノンの森。そして広大なエルダー山脈があるのだが、そこが大陸の終わり。つまり森を抜けて山があって行き止まりだ。
「マジで詰んでるって・・・」
この状況を打破するには、俺の異世界勇者たるチート能力に期待するしかない。しかし過去12人の勇者が死んでいるわけで、俺にどんな能力があったとしてもこの絶望的な状況を覆せるとは到底思えない。というかもうゲームオーバーのような気さえしている。
「ところでレナは何で一人なんだ? 護衛とかいないのか?」
「城は魔族の軍勢3万に包囲され、みんなは私を逃がすため全員死にました」
「全員!?」
「私も、もはや国を守れるとは思っていません。ただ、ただ死んで行った多くの民や兵士のために、どうにか一矢報いるために勇者を召喚したのです」
「負けると分かってて・・・って事か。俺も死ぬんだけどな」
「こんな状況で申し訳ありません・・・。でも私は・・・」
レナの肩が小さく震えた。
「分かってるけれど。でも、でも私はこれしかできないからぁ・・・」
潤んだ瞳から涙が溢れた。
何か言いたかったけど、何て言ったらいいか分からなかった。だから言葉をかけるのは辞めた。その代わりレナの手をとった。これが俺の絶望から始まる異世界だ。