ミレットの機転
「食えそうだけど・・・ウマいのか?」
俺は角の生えた魚をマジマジと見つめる。いやどう考えたって普通じゃない。分かってはいる。ここは異世界、元の世界とは文化も生態系も違うとは思う。分かってはいるんだけれど、これがなかなかどうして決しておいしそうには見えない。
「食ってみないと分からないぜ」
ヴィネリアがひょいとその大きな魚を軽々と片手で持ち上げると、勢いよくかぶりついた。
「え?」
「ん~。まぁまぁかな」
「お前なにやってんだ!?」
「何って・・・味見ってやつ?」
「あのな・・・そんな事したら・・・」
「毎度ありっ!」
そう・・・俺達は完全なる無一文なのだ。
元気の良いおじさんがニコニコと笑顔を向けてくる。が、無一文なのだ。
「銀貨なら1枚。銅貨なら5枚です!」
俺はレナに顔を向けるも、レナは真っ青な顔をして首を横に振る。魚にかぶりつくヴィネリアとフラウスは無論、お金など持っているわけもない。こんなところで食い逃げなんてして、騒ぎになっても面倒だし最悪の場合ランドールを追い出されかねない。当然、摩訶不思議な事にポケットからお金が沸いてくるなんて事もあり得ない。
万事休すだ!!
「あんた、ひょっとして・・・金がないのか?」
挙動不審な俺達を見て、おじさんが怪訝な顔をする。
「い、いや!ちょっと待って下さい!お金ならあります!」
とっさにそう言ってしまった俺はポケットをまさぐる。そして何故かそこから金貨や銀貨の入った小袋が出てきた。俺は当然、困惑したのももいたって平静を装い慣れない手つきで銀貨を1枚、商人のおじさんに渡す。おじさんは若干怪しむように渡された金貨をまじまじと見つめたり、指で曲げるような仕草を見せたが銀貨が本物だと分かると笑顔を取り戻し、また元気よく毎度あり!と声を張った。
なぜ。俺のポケットからお金が出てきたのか!?
「私がヤマトのポケットに入れた。私には使い方が分からないからな」
振り返るとミレットが金貨の袋を腕いっぱいに抱えている。
「私は人間の文化はよく分からないが、これが必要なんだろ?」
「いや・・・そうだけど・・・なんでお前がそんなの持っているんだ?」
「人間はたくさん持っているからな」
「そういう事じゃなくて・・・」
強烈に嫌な予感がした。
強烈に嫌な予感がしたのと街の往来で悲鳴が上がったのは、ほぼ同時だった。
「俺の金がない!」
「私の財布もないわ!」
「盗人がいるぞ!気をつけろ!」
「どこだ!捕まえろ!」
間違いない。ミレットが盗んだ。というよりスリみたいな事をしたんだろう。固まってる俺達をよそに何か問題でも?と言わんばかりに不思議そうに首をかしげるミレット。おそらく善悪ではなくて、外界との関わりを絶ったエルフの森という環境で育ったミレットには通貨の概念がないのだろう。それでも聡い彼女は感覚的に通貨の価値を理解している。結果『よく分からないけど必要なんだろ?』になったわけだ。
これは怒るべきか?
いや褒めるべきか?
何の罪もない人々よ。本当に・・・
すまん。
俺達はどよめくランドールの人々を背にそそくさと立ち去った。
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俺達は早い時間から宿を取った。
ともかく状況を整理したかった。そして装備。というか準備が必要だ。俺達はろくな衣服も荷物を運べるような鞄すら持っていない。部屋に飾られている地図をテーブルに広げ、俺達はそれを囲むように椅子に座った。確認しなければならない事は山ほどある。